14.会いたくなかった
ローリエ滞在から十日。
私もすっかり仕事には慣れて、殿下との会話も少しずつ緊張しなくなっていった。
今日も午前中は殿下の視察に同行している。
「そろそろ時間か」
「はい。遺跡に向かいます」
石板の解読も順調に進んでいる。
早く殿下にいい成果を見せたくて張り切っていた。
「無理せずな。時間になったらちゃんと休むんだぞ」
「はい。ありがとうございます」
殿下の暖かなお言葉を頂き、私は一人遺跡へと向かう。
足取りは軽やかだ。
職場なんて窮屈で、叶うなら行きたくない場所だったのに……。
今では一秒でも早く仕事に取り掛かりたいと思っている。
終わらないからとか、後ろ向きな理由でもなくて。
今日も頑張ろうと、思える。
嫌だったこととか、悲しかったこととか、今は忘れられていた。
「メイアナ」
「――!」
彼と会ってしまうまで……忘れていたんだ。
婚約者を奪われたことが、つい最近の出来事だということすら。
私は立ち止まり、振り返る。
「ジリーク……様?」
「ようやく見つけたよ」
見間違いではない。
あの顔、声を忘れるはずがない。
私が最も長く、多く言葉を交わした男性なのだから。
突然のことで理解が追い付かず、頭がショートする。
私は絞り出すように尋ねる。
「どうして、ここに?」
「もちろん君を探していたんだよ」
「私を……?」
どうして?
今さら私に何の用があるというの?
私は身構える。
自然と体重が後ろへと偏る。
そんな私に、彼はにこやかな表情で言う。
「ねぇメイアナ、僕ともう一度婚約したくはないかい?」
「……え?」
あまりに予想外の発言に、困惑する。
もう一度、婚約したい?
何を言っているの、この人は……。
「聞いたところによると、君は第二王子付きの役職に就いたそうじゃないか。ここへも仕事できているんだろう?」
「……はい」
「見たところひとりみたいだけど、何をしているんだい?」
「それは……」
私が請け負っている任務は極秘だ。
遺跡の発見や魔神の手掛かりは、未だ公にはされていない。
王族と一部の人間だけが知っているだけだ。
ジリーク様も貴族だけど、王族に近しいというわけじゃないし、この反応は知らない。
なら、失礼だけど教えられない。
「もうしわけ、ありません。お伝えできません」
「そうか。それは残念だよ」
わずかにムスッとしたのがわかった。
怖くはあるけど、私の背後にはアレクトス殿下がいる。
彼も無暗に突っ込んで聞いては来ないはずだ。
「まぁいいさ。そこはあまり興味もないしね。君が何を任されているかは関係ない。大事なのは、第二王子に認められているということだ。喜ばしいことじゃないか! レティシアのお荷物だった君が、今や彼女より上の地位にいるなんて」
「……」
彼は高らかに語る。
その表情から、言葉から、目論見が透ける。
ああ、そういうこと。
「僕も誤解していたよ。君にも才能はあったんだね。途中で見限ってしまったのは失敗だったと反省している」
私が殿下の下で働くようになったからだ。
有用な地位に就いたから、手の平を返している。
私との婚約を戻して、殿下との繋がりを得ようとしている。
私を……利用する気だ。
「君との婚約を戻そう。今の君なら僕も満足だし、レティシアやご両親も喜ばれるはずだよ」
「……何が」
満足だ。
私はちっとも嬉しくない。
自分に都合がいいことばかり言って、私の気持ちなんて考えもしない。
断られるとも思っていない。
言ってやりたいと思った。
私は貴方なんて知らない、と。
だけど……。
「……」
「ご両親には僕から話を通してあげるよ。君は何も心配しなくていい」
私はこれでも、フェレス家の人間だ。
貴族の婚約には個人の意思よりも、家同士の関係性が重要視される。
私が嫌だと言っても、フェレス家が定めれば逆らえない。
ここで声をあげたところで意味はない。
私にはこの理不尽を跳ねのけるだけの力も、度胸も……。
「白昼堂々逢引きか。随分と無礼な奴だな」
「――誰……!? で、殿下!」
弱虫な私の肩に、ぽんと手を置く。
殿下は優しく微笑みかける。
その笑顔に、冷たくなっていた心が温められる。






