12.憂鬱だった朝
朝は憂鬱だった。
私と初めて顔を合わせる人は、大抵嫌そうな顔をする。
屋敷の中に、私の味方は一人もいない。
使用人たちからしても面倒な存在だったはずだ。
一応貴族の一員だから敬う相手だけど、出来損ないと言われている私に優しくすれば、周りの締め付けが強くなる。
結果的に誰も近づかなくなって長い。
だから私はいつも、逃げる様に宮廷へと向かった。
朝の早い時間なら人通りも少ない。
研究室に入ってしまえば、誰の目もなくなる。
お姉様も一回だけ様子を見に来て、遊びに行ったら戻ってこない。
不自由な中での自由な空間こそ、宮廷の研究室だった。
そこにいて尚、あふれる仕事という鎖があるのだけど……。
「ん、ぅう……朝……」
ふと目が覚めた。
ゆっくり起き上がり、時計の針を見る。
見習い時代なら大遅刻、慌てて支度を始める。
……のだけど、今は急ぐ必要はない。
一瞬焦りはするけど、ゆったりとベッドから下りて支度を始める。
着替えを済ませた私は部屋を出て食堂に向かった。
扉を開けると先客の姿がある。
「おはよう、メイアナ」
「殿下! おはようございます」
私より先に起きて食堂にいた殿下に、大きくハッキリと朝の挨拶を口にした。
ここはローリエにある王族が所有する別荘。
滞在中、私は殿下と共にここで生活することになる。
「相変わらず朝が早いな。ちゃんと寝てるのか?」
「はい。しっかり眠れています」
「ならいいが。朝食を二人分用意させよう。座っておけ」
「はい」
家臣と主、本来なら同じ食卓を囲むことはない。
今回は殿下の計らいで、滞在中はなるべく交流の機会を増やすため一緒にいることになった。
王子付きの家臣とは、その王子にとっての腹心、最も信頼できる部下。
私はなったばかりで、殿下のことをよく知らない。
殿下もまた、私のもろもろの事情は知っているけど、性格とか内面はわからない。
この任務を通して、お互いのことをよく理解していこう。
と、殿下は私に言ってくれた。
意外というか、驚いた。
一国の王子である彼が、家臣に過ぎない私のことを知ろうとしてくれることに。
もっと堅苦しい関係になると思っていた。
「王都では何時に起きていたんだ?」
「えっと、四時?」
「早いな。寝るのは?」
「一時とか、ですね」
「……ちゃんと寝ないと早死にするぞ」
殿下はよく私に話しかけてくれる。
私からはまだぎこちなくて、遠慮してしまう。
そういう部分も見抜いて、気を遣ってくれている。
本当にお優しい方だ。
才能だけでなく、人格者でもある。
確かに、こんな人が次期国王になってくれたら、みんな心強いだろう。
わずかな時間で、殿下のよさが次々わかる。
「朝食が終わったら視察に行くが、今日はどうする?」
「はい。お邪魔でなければご一緒いたします」
「そうか。じゃあついて来い」
「はい!」
元気よく返事をした私は、パクパクと食事を摂る。
そんな私を見ながら殿下がぼそりと呟く。
「食べるのも早いよな、君は」
「え、すみません」
「謝らなくていいけど、なんというか、もっとゆっくり食べていいんだぞ? 誰も急かさない」
「は、はい」
これもよくない癖だ。
仕事に間に合うように早く食べよう。
一家団らんの食卓は居心地が悪いから、早く食べて抜け出したい。
そういう習慣が癖になってしまった。
少しずつ直していかないと。
朝食を食べ終わった私は、殿下と一緒に街の視察へと繰り出す。
殿下が回るのは、主に街を管理する施設だ。
水路の管理、魔導力の管理、天然ガスや資源採掘など、王国の人間が働いている場所を見て回る。
それ以外にも商業施設を巡ったり、街の人たちの暮らしも観察する。
「アレクトス殿下ー!」
街を歩けば一般の方に声をかけられる。
邪魔にならないように距離を置き、手を振れば殿下も笑顔で返す。
殿下は王都の外でも大人気だった。
お年寄りから子供まで、殿下を見る目が輝いている。
今日は最初に、街に魔導力を巡らせる管理施設を訪問した。
「いらっしゃいませ、殿下」
「ああ、調子はどうだ?」
「問題なく稼働しております。特に目立った障害などは発生しておりません」
「ならよし。他に何かあるか?」
施設の管理者と殿下は淡々と話を進める。
優秀な魔術師でもある殿下は、魔導具にも詳しい。
戦うために作られた魔導具も、時代と共に進化している。
魔導具は人々の生活に欠かせないものとなった。
魔導力とはすなわち、魔導具の稼働に必要な魔力のことで、ここで魔力を生成し、街中に送っている。
人々の生活の要と言える施設だ。
ふと、管理者の男性と視線が合う。
「殿下、気になっていたのですがそちらの方は?」
「ああ、新しく俺の部下になったメイアナだ」
「これは挨拶もなしに失礼いたしました。私はここの管理を任されております。ロドニと申します。以後お見知りおきくださいませ」
「はい! こちらこそよろしくお願いいたします」
私は殿下の邪魔にならないよう振る舞うので精一杯だ。
施設の視察が終わり、外に出る。
「一週間経っても緊張は変わらず、か」
「す、すみません……」
「何度も謝らなくていい。すぐ謝る癖も直さないとな」
「すみ、あ、はい」
怒られてばかりだったから、謝る癖がついていた。
直すことがいっぱいだ。
一つずつ改善していこう。
私は決意するように、拳をぎゅっと握る。
「さて、そろそろ昼か」
「はい。殿下、私は遺跡のほうへ向かいます」
「ああ、頑張ってくれ」
「はい!」
殿下と別れた私は、一人で遺跡へと向かう。
朝食後にすぐ遺跡へ行かなかったのには理由があった。
遺跡は地下深くにあり、朝方は遺跡の中が濃い霧で覆われている。
足場が不安定で危険なため、午前中は出入りが禁止されている。
正午から、出入りの許可が下りる。
「こんにちは、皆さん」
先に遺跡を警備してくれている騎士たちに挨拶をする。
みんな丁寧に返してくれた。
騎士の一人に案内され、私は石板の前に立つ。
「さぁ」
今日も始めよう。
私だけに任された大切なお仕事を。
本日ラストの更新です!
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