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11.二人の婚約者

 メイアナが王都を出発して一週間。

 ある意味目立つ存在だったせいで、噂は瞬く間に広がった。

 フェレス家の落ちこぼれ、役立たずの妹が第二王子の下で働いている。


「噂の妹はどこにいるの?」

「殿下と一緒にローリエの街にいるらしいわ。この間出張で訪問した彼が見たって」

「へぇー、二人で何をされてるのかしら」

「わからないわ。とても大事なお仕事をしてるなんて噂があるけど」


 遺跡調査の件は、一部の人間にしか伝達されていない。

 故に、メイアナの任務も秘匿されていた。

 知らないからこその憶測が広まる。


「もしかして男女の関係なんじゃないかって」

「殿下とあの落ちこぼれが? ありえないわね」

「落ちこぼれのフリをしていただけって話よ。ほら、レティシアさんのほう」

「あー聞いたわ。仕事で手いっぱいで一日中研究室に籠っているんでしょ? 一人抜けただけでそんなに変わるかしら? 私も助手がいるけど、休みの日もあげてるし、そんなに変わらないわよ?」

「つまりそういうことよ。レティシアさんを支えていたのが――」


 妹のメイアナだったのだろう。

 落ちこぼれ、姉の出がらしと罵られてきた彼女の功績が努力が認められ始めている。

 逆に言えば、姉の怠慢が露見した結果でもある。

 信頼は積み上げることは難しいが、崩れるのは一瞬だ。

 優秀だと思われている人物こそ、一つのミスが信用失墜につながる。

 今のレティシアのように……。


「……」


 もっとも、彼女にその声は届いていない。

 周りの声を聞く余裕もなく、日夜終わらない仕事に明け暮れていた。

 不眠で肌も荒れ始め、目の下にはくっきりクマができている。

 いつもの晴れ晴れしたオーラも、どんよりした雰囲気に変わっていた。


 トントントン――


 ドアをノックする音が響く。

 レティシアは無視して仕事を続けていた。

 どうせ新しい仕事が来るだけだと、気づかないふりをする。

 もう一度ドアがノックされる。


「っ、誰よ」


 舌打ちと苛立ちをセットに、大きくため息をこぼす。


「どうぞ」


 低い声で呼ぶ。

 扉の先に立っていた人物を見て、不愛想な態度を取ったことを後悔する。


「ジリーク様!」

「こんにちは、レティシア。随分と大変そうだね」

「す、すみません! ジリーク様だとは気づかず」

「いや僕のほうこそ悪かったよ。ここまで忙しくしているとは思わなかった。最近外で見かけないから心配していたんだよ」

「ジリーク様……」


 先日婚約者になったばかりのジリークが、自分のことを心配してくれている。

 追い詰められた彼女には救いの一言だった。

 彼女は期待した。

 ジリークは宮廷に属しているわけではないが、腕のいい魔術師でもある。

 私が忙しいのを見て、手伝いに来てくれたのか。

 だが、すぐに期待は裏切られる。


「ところで、メイアナの話は聞いているかな?」

「――! 話、というのは……」

「第二王子付きの役職に就いたそうじゃないか。一体いつの間にそんな話を貰っていたのだろうね。僕と婚約している時には一度も話してくれなかったのに。君は知っていたのだろう?」

「……いえ、私も知りませんでした」


 どうして今さら、婚約破棄した相手に興味を持つのか。

 レティシアの胸に、沸々と負の感情が渦巻き始める。


「言ってくれていれば僕も……」

「ジリーク様」

「ん? あーいや、勘違いしないでくれ。君と婚約したことはよかったと思っているよ。ただ、せっかく婚約したのに君が忙しそうにしていると、少々僕も寂しい。だから――」

 

 僕も手伝おう。

 そう言ってくれることを一瞬、期待する。

 ジリークは笑顔で言う。


「早く仕事を終わらせてくれると嬉しい」

「――」


 期待なんてするものじゃない。

 一瞬でも期待したせいで、裏切られた時の怒りが大きくなる。

 レティシアの心は、能天気に笑うジリークへの怒りでいっぱいになる。


「すみません、仕事があるので、退出して頂けませんか?」

「ん? あ、ああ、そうしよう」


 レティシアの表情から怒りが漏れ出ている。

 それに気づいたジリークは慌てて目を逸らし、部屋から出ようと扉を開ける。

 すると目の前に、ある人物が立っていた。


「レティシア、僕はもう行くけど、もう一人お客さんだよ」

「……どちら様でしょう?」

「僕と同じだ」

「同じ?」


 入れ違いで部屋に入ってくる。

 その人物を見て、彼女は慌てて席を立つ。


「ノーマン様!」

「やぁ、レティシア。随分と険しい顔をしているね」


 そう言って冷たく笑う。

 ノーマン・ホイッシェル公爵。

 若くしてホイッシェル家の当主となり、宮廷魔術師の資格も持つ若き大貴族。

 レティシアのもう一人の婚約者である。


「何の御用でしょう? ノーマン様がこちらに来られるなんて珍しいですね」


 レティシアは無理やり笑顔を作る。

 婚約者には力関係がある。

 それは個人としてではなく、背負う家名の格。

 フェレス家とホイッシェル家、どちらも名門と呼ばれる貴族の家系だが、ホイッシェル家のほうが王家に近く、国の内政にも関わっている。

 二人の婚約も、フェレス家の現当主から懇願し、ホイッシェルが受け入れたことで実現した。

 故に、レティシアはノーマンに嫌われるわけにはいかない。

 ジリークを篭絡するのに時間がかかったのは、ノーマンの了承を得る機会を窺っていたからに他ならない。


「メイアナ・フェレス、君の妹について話を聞きに来た」

「――!」


 この人も、メイアナの話を……。

 苛立ちを必死に隠し、レティシアは笑顔で答える。


「申し訳ありません。メイアナは今不在で、私も事情は聞いておりません」

「君も? フェレス侯爵も知らないと言っていた。おかしな話だ。実の娘、妹の昇進を知らないなんて……」


 ノーマンの冷たい視線がレティシアに刺さる。

 探る様な言い回しを前に、彼女は黙るしかない。


「本当に知らないみたいだね」

「申し訳ありません」

「責めているわけじゃない。ただ、与えられた仕事も満足にできないのは、いずれ責められるかもしれないが」

「……」


 見抜かれている。

 仕事で手いっぱいなことを……。

 メイアナの存在が、これまでの仕事を支えていたことを。

 レティシアはノーマンが苦手だった。

 この相手を見透かしたような眼が、冷静で機械的に笑う様が、気持ち悪いとさえ思っていた。

 彼は見た目の美しさには興味がない。

 自分にとって有益か否か。

 それだけが、彼の行動を決める物差しである。


「メイアナか……少し興味が出てきたよ」


 そんな男の興味が、出来損ないの妹に向けられる。

 優秀な姉はさぞ悔しいだろう。

 まるで、婚約者を奪われたような気分だろうか。

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