1.不出来な妹
連載版スタート!
技術は時代と共に変化する。
その時代を生きる人々の手によって作られ、使われ、最適化される。
魔術も同じだった。
太古昔に生まれた原初の魔術は、長い年月をかけて魔術師にとって最適な形へと変化する。
今も尚、その変化は続いている。
更新される常識や解釈に乗り遅れてしまえば、周囲からは時代遅れと馬鹿にされる。
そう、私のように。
「メイアナ、君との婚約を破棄する」
「――え」
突然の出来事だった。
だけど私は、心の中でこうも思った。
ついに来たのか、と。
「婚約の解消……ですか?」
「そう言っている。聞こえなかったのか?」
「いえ……」
念のために聞き返しただけだ。
私の婚約者であるジリーク様が苛立ちを表情に見せる。
早くわかったと答えろ。
表情からそう言いたいのだろうとわかっても、立場上すぐ答えるわけにはいかない。
私は言葉を振り絞る。
「どうして急に……」
「それを尋ねるか? 言わずともわかっているはずだろう? 君が一番」
「……」
「図星だね」
そうだ。
言われなくても理解している。
彼がどうして、私との婚約を解消したがっているのか。
私ではなく、誰を選んだのかも。
「正直不憫だとは思うよ。優秀過ぎる姉と比べられて……気の毒だね。だけどそれが現実だ。姉と違って才能のカケラもない。地味で目立たない妹……それが君だ。ハッキリ言って僕は、君に魅力を感じていないんだよ」
彼は呆れた表情で長々と口にする。
一応数年近く時間を共にした婚約者に、心をえぐる様な悪口を言っている。
悔しい気持ちがこみ上げる。
言われたことに対して反論できない自分に……。
「ジリーク様のお気持ちはわかりました。ですが婚約の解消は私たち個人の意思だけでは決められません。一度両家で話し合いの場を」
「その必要はない。すでに話は済んでいる」
私の話を遮り、ジリーク様は得意げな表情で語る。
私とジリーク様の婚約は、いわゆる貴族同士の友好関係を築くためのものだった。
ジリーク様のインギア侯爵家と、私のフェレス侯爵家はどちらも魔術の名門。
長い王国の歴史の中で、数々の優秀な魔術師を輩出している魔術界でも権威のある一族の末裔だ。
それ故に、この血を次代に繋ぐ必要がある。
魔術師の才能は遺伝する。
優秀な魔術師同士の子供は、一部の例外を除いて大成する。
だから魔術師の家系は、同じように魔術師の家系の者と婚約することが多い。
より優秀な才能を、一族の中に取り込むために。
私たちの関係も、魔術師だから定められたもので、お互いに甘い感情なんて持ち合わせていない。
ジリーク様が話を続ける。
「本当に苦労したんだよ。婚約の解消をしたくても、君の家との関係を失うわけにはいかない。ただの我がままじゃ父上も納得してはくれなかった。だから、代わりを見つける必要があったんだ」
「代わり……」
「彼女が君の代わりになるかと問われたら微妙だけどね? 何せ、彼女のほうが君より何倍も優秀で、女性としても魅力的だからだ!」
彼は興奮気味に話し始める。
もはや最後まで聞く必要すらなかった。
いいや、最初からわかっていた。
知っていた。
「紹介しよう。と言っても、君のほうがよく知っているか」
ガチャリと音を立て、部屋の扉が開く。
タイミングを合わせる様に、彼女が帰ってきた。
この部屋の主……宮廷魔術師であり、私の実の姉――
「レティシア・フェレスだ」
彼女が私の前に立つ。
ニヤリと不敵な笑みを浮かべて。
「お姉様……」
「そういうことよ、メイアナ。ごめんなさいね? 貴女の婚約者、私がもらっちゃったわ」
彼女はニコリと微笑む。
悪いなんて少しも思っていない清々しい笑顔だった。
いつもこうだ。
姉は私のものをあっさりと奪っていく。
「お姉様は……ノーマン様との婚約はどうされたんですか?」
「もちろん継続しているわ。お父様とノーマン様にも理解は頂いた上での決定よ」
「理解のある方々で本当によかったよ。これで両家の関係も保たれる。協力してくれてありがとう。レティシア」
「そんな、これは私も望んだことですから」
二人はにこやかに向き合い、楽しそうに会話をする。
幸せそうな二人を見て、胸が苦しくなる。
別に私も、ジリーク様を愛していたわけじゃない。
あくまで家同士が決めた関係で、それ以上でも以下でもなかった。
だけど、やっぱり悔しい。
私は二人の関係をずっと前から知っていた。
私たちが婚約をした二年前から、二人は影で繋がっていた。
影でこっそり会ってイチャイチャしていることも。
そういう場面を見て見ぬふりをしてきた。
だから必然だったんだ。
今日、私たちの関係が終わり、姉に奪われてしまうことも。
「そういうわけだから、理解してくれるかい?」
「……はい」
「ありがとう。今まで楽しかったよ」
そんなこと微塵も思っていない癖に。
私にお礼を言いながら、視線と意識は隣にいるレティシアに向いている。
ジリーク様は彼女にメロメロだった。
対する彼女も得意げな表情で私に視線を向ける。
「メイアナ、私はジリーク様をお送りするわ。残りの仕事もやっておいて」
「……」
「返事が聞こえないわよ」
「……はい」
威圧感を前に逆らえず、私は返事をしてしまった。
すると彼女はニコリと微笑み、ジリーク様と一緒に部屋を出て行く。
ぽつんと一人になった私は、部屋に響くほど大きなため息をこぼす。
「はぁ……」
わかっていたことでも、実際に体験すると心にグッとくる。
婚約を破棄され、姉に奪われた。
ショックで倦怠感に襲われる。
テーブルの上に積まれた山のような書類も、私をゲンナリさせる要因の一つだった。
「……やらなきゃ」
書類仕事に手をかける。
黙々と仕事をしながら、私は考える。
自分自身のことを。
私は……姉の出がらしだ。
よく他人からも言われるけど、自分でもそう思う時がある。
姉は優秀だった。
魔術の名門フェレス家に生まれ、現代魔術の最先端を学び、その才能を遺憾なく発揮した。
史上最年少の十四歳で宮廷入りを果たし、魔術を開発する魔導士の一員となった。
宮廷入り後もその才能を発揮し、様々な魔術の考案、開発を手掛けている。
対して、妹の私には才能がなかった。
現代魔術を扱う才能が皆無だった。
いくら知識を得ようと、実用できなければ価値はない。
私は目が痛くなるほど本を読み、毎日遅くまで練習したけど、姉のようにはできなかった。
そんな私が唯一、使えるようになったのはルーン魔術だ。
ルーン魔術は古代の魔術系統の一つで、魔術が誕生した時代に使われていたもの。
現代では使われていない化石みたいな技術だ。
誰も使わないから、時代遅れの産物と言われている。
私にとっては便利な力だけど、現代の魔術師には理解されない。
それ故に、私は魔術師としても三流扱いだ。
若くして宮廷入りした姉と違い、十八の成人を超えても資格を得られなかった私は、姉の補佐役という形で宮廷で働いている。
両親が手を尽くし、才能のない私を少しでもよく見せようとしたのだろう。
父はよく私を罵倒する。
お前はフェレス家の恥だ!
これ以上恥を晒すな!
せめてレティシアの役に立て!
同じ両親から生まれたのに、どうしてこんなにも差があるのか。
努力はしているつもりだ。
それでも……足りないのだろうか。
【作者からのお願い】
新作投稿しました!
タイトルは――
『残虐非道な女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女の呪いで少女にされて姉に国を乗っ取られた惨めな私、復讐とか面倒なのでこれを機会にセカンドライフを謳歌する~』
ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!
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