1:沈黙の夜に
ティアは迷っていた…。
サラの言葉に酷く傷ついた彼女には疑念だけが残る。
アリス本部との確執は埋められない。
成す術もなく無抵抗に問いかけられている様だ。
教会に追われる立場であるのにも関わらず、アリス機関からの使者を遠ざけ、連絡を絶ったのだから…。
噴水のある屋敷近くのベンチでうずくまっているしかない少女は孤独な視線に目を背け、音を遮断する。
風を肌で感じては、冷たい夜風に熱をこもらせる。
口から湯気が染みるように、呼吸を促す。
生きることへの絶望は、終わっていない。
胸に手をあて、首飾りのロザリオを強く握りしめた。
グゥエインの過去を知ったあの日から、立ち止まれない。
あの人は、今も何処かで地獄の様な日々を過ごしているのだと思うと胸の動力炉が締め付けられる。
ティアは腰のホルスターを確かめる様に優しく触った後、師匠から託された愛用のグロックを取り出した。
銃口に雪が吸い込まれる。
彼女は天高く、銃を掲げて発砲した。
響き渡る銃声は、12月の冬には堪えた様に、重く鈍い音を立てる。
だが同時に、彼女の冷え切った心の氷は溶けてゆく。
目の前にサラがいた。
寒そうに、毛皮製コートの内ポケットに手を入れている。
「こんなところで、風邪引くわよ」
「ジェシカ達が屋敷で待ってるわ」
サラが差し出した手には、熱がこもっていた。
しかし、…
悲しげなティアを哀れむ視線は、そこにはない。
ー彼女の眼の奥にひっそりと隠れ潜む曇りなき闇ー
これからの出来事が激化する事だけを暗示していた。
彼女が使役する炎には、偽善と傲慢が渦巻いている。
眠れる獅子を一瞬で呼び覚ます鐘に犠牲を払うのだ。
-決戦の時は近い。
グロノワールの遺産である外殿宮の地下通路。
帝国と私達アリスに関係する決定的な汚点。
それを掴み、世間に公表する道だけが彼女達に託された使命であった。