(5)家政婦
リビングに掃除機をかけ終え、スイッチを止める。自分以外誰もいない家には静けさが戻る。
が、すぐにかちかちと、耳障りな音。
原因を探して顔を動かせば、壁掛け時計の秒針が、やたらと大きな音を出して動いていた。
◆
私が家政婦として派遣された、この家。
夫婦共働きで家事がおろそかになるから、手が回らないところを助けてほしいとのこと。
洗濯は、最新式の全自動洗濯乾燥機で片付くけど、その他の掃除や庭の手入れなど、一戸建ての家でやることはけっこうたくさんある。
あらかじめ家政婦派遣会社経由で、旦那さんから預かっていた鍵を使い、留守中の家にお邪魔しての業務だ。
夕方には帰る、とのことだから、それまでに申し付けられた家事をさっさと片付けないといけない。
壁掛け時計をぼんやり見つめる時間など、ないのだ。
私は再び、掃除の続きに取り掛かる。
◆
依頼主によっては、「寝室は入らないで」とか「この部屋は放置で」なんて注文もあるけど。
この家はどこの部屋でも入ってOK、隅々まできれいにしてくれればありがたい、ということだった。
家族構成は夫婦と、それからお子さんがひとり。もう県外で就職していて、この家からは離れているらしい。
それぞれの個室の掃除も頼まれているので、私は遠慮なく立ち入る。
ここは旦那さんの部屋だな。趣味のものであふれている。私にはゴミに見えてもそうでないこともあるので、気をつけて掃除する。
こっちの部屋は雰囲気的に子供部屋っぽい。お子さんも、ときどきはこの家に帰ったりもしているのだろう。ベッドには収納袋に入ったままの布団が置かれていた。
奥さんの部屋はものが少なくて掃除しやすい。壁際の文机にたたまれたノートパソコン。そっとほこりを拭う。
◆
家の中も外も一通り掃除を終えて、私は次にキッチンに立つ。
いくつか料理を作っておくことも依頼されているのだ。
夫婦ともに忙しすぎて、料理する時間が取れず、どうしても外食ばかりになるらしい。ときどきは家庭料理が食べたい、という話だった。
好き嫌いはないということだったので、適当に持ち込んだ材料を調理する。
◆
本日の業務を終え、玄関を出たところで、車が一台戻ってきた。
旦那さんだ。
私は車を降りてきた青木さんに、会釈する。
「あれ? 今日は別の人?」
「はい。本日の担当です」
私は首から下げた、顔写真入りの身分証明書を彼に提示する。青木さんはちらりと目配せをすると、いいよ、と、手をひらひらと振る。
「大丈夫、白井さんとこの紹介だし。信用してるから」
そしてそう呟いて、玄関に進む。
「おつかれさまでした」
「おつかれさまです」
私は青木さんが家の中に戻るのを見送って、それからその場所を離れた。
◆
奥さんも、そろそろ帰る時間だ。もしかしたらもう少し、遅くなるかもしれないけど。
いつもこの青木家を担当している同僚は、奥さんの姿を見たことがないらしい。仕事が忙しくて、なかなか早い時間には家に帰れないそうだ。
今日作った料理。ふたりで食べてもらえたらいいな、と。私は思いながら帰途につく。