将来の夢
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──将来の夢
「宰司。いるか?」
「いますよ!」
凛之助は宰司のセーフハウスを訪れていた。
「アイスを買ってきた」
「ありがとうございます、凛之助さん」
宰司は今のところセーフハウスに缶詰めだった。
「しかし、すいません。買い物から何まで」
「君はテロリスト扱いされて手配されている。そして、君の顔は鮮明に動画に映されている。君よりも私が雑用をこなした方がリスクは低いだろう?」
「それはまあ、そうなんですが……」
警察はまだ正式には宰司をテロリストとして手配してはいない。
だが、民間警備企業のやり取りを掌握している夏妃によれば、間違いなく近日中に手配されるだろうということだった。
その時、下手に出歩いていて、民間警備企業や警察に発見されるのは避けたい。
なので、足りない食料などは凛之助が買いだしていた。
「君は今のところ唯一信頼できる私の同盟者だ。失いたくはない。君のためならば何だろうとするつもりだ」
「ありがとうございます。でも、俺、全然役に立ててなくて……」
「大丈夫だ。君という人間が味方であるということが重要なんだ」
勇者のひとりが魔王の味方である。
それはこの戦争が終結しないことを意味する。少なくとも同じ勇者同士で争わなければ、この戦争は決着しない。魔王の首を取る意味はない。
それとは別に凛之助には歳の近い仲間がいることが心強かった。夏妃には頼りっぱなしだったし、少しは頼られたいという思いがあったのは事実だ。それに夏妃に何かあり、自分が動けない時には宰司が動いてくれる。
「他の勇者も仲間に引き込めたらいいんですけどね」
「夏姉はアリスという勇者を一時的に味方にしたと聞いたが、本当に一時的なものだったらしい。アリスは日本情報軍の勇者だ。そう簡単には仲間にはならないだろう」
「そうですか……」
宰司はそう言って肩を落とした。
「我々だけでなんとか切り抜けるしかない。私と宰司ならばそれが可能だろう。例の殺人鬼ももう一歩のところまで追い詰めたんだ」
「けど、敵はアーマードスーツを使ってきましたよ?」
「うむ。あれは脅威だな。夏姉に対策を考えてもらわらなければ」
今の凛之助の発揮できる魔力ではアーマードスーツを破壊するのは難しい。だが、全盛期の凛之助となれば、アーマードスーツですら屠れるだろう。
「日本情報軍は攻撃ドローンも持っているし、テロリストはアーマードスーツを持ってるし、本当にこれは戦争なんですね……」
「ああ。戦争だ。私も経験するのは初めての規模の戦争だ」
これまで凛之助は多くの戦争を経験してきた。
騎士団や僧兵たちも脅威であったが、少なくとも彼らは人間だった。鉄の、無人で操作される化け物ではなかった。上空から飛来するのは翼竜程度で、それも遥か高空から対戦車ミサイルを撃ち込んできたりはしない。
「俺たち、本当に勝てるんでしょうか?」
「勝てる。いや、勝つ。そこで宰司にお願いしたいことがある」
「なんでしょうか?」
急に凛之助がこの上なく真剣な表情になって言うのに、宰司は背筋を正した。
「宰司。君に叶えたい願いはあるか?」
「この戦争に勝利してって意味ですか?」
「そうだ」
「いえ。ありません。他の人を傷つけて叶える願いなんてないです」
宰司は首を横に振った。
「それではお願いしたいことがある。もし、私が死に、君が最後まで生き残った場合、夏姉のナノマシンアレルギーを治療できるよう願ってほしい。そうすれば夏姉は義肢を手に入れられるし、体調管理もナノマシンに任せることができる」
「でも、それって凛之助さんが……」
「ああ。だから、私が死んだ場合だ。私が死んだ後でも夏姉には幸せに生きてほしい」
「そんなの……。それなら凛之助さんを生き返らせた方がいいではないですか」
「無理だ。魔王を倒して叶えられる願いでも死者の復活だけはできない。できても不完全な形に終わる。それではダメなのだ」
魔王を倒しても死者の復活だけは願えない。それだけは禁忌とされている。
死者の復活を願った勇者がかつていたが、肉体だけが蘇っただけで魂の抜けた植物人間が残されただけだった。
「夏妃さんはきっと喜びませんよ」
「それでもだ。夏姉には少しでも幸せになってほしい」
「分かりました。努力します」
宰司が頷く。
「頼む。君は私が死んだ後の希望だ」
凛之助は正直、この戦争を生き残れるかについて疑問に思い始めていた。
敵は強力だ。今は敵陣で戦っているに等しい。
敵の監視網の中、どこまで戦えるだろうかと問いかける。
勝てないかもしれない。死ぬかもしれない。夏妃を悲しませるかもしれない。
それでの夏妃には、宰司には生き延びてほしかった。
「凛之助さんは将来の夢とかありますか?」
「ん。ああ。この世界のテクノロジーを可能な限り理解すること。そして、夏姉を幸せにすることだ。私は今はまだ勉強中の身だ」
凛之助はこの世界のテクノロジーに興味を持っていた。スマートフォンやインターネット。それらは実に興味を引かれる話題だった。そのようなことが少しでも理解できれば、この先生きていくのが楽しくなるだろうと思っていた。
そして、凛之助は何より夏妃の将来が幸せであることを望んでいた。
夏妃には幸せであってほしい。自分を受け入れてくれた夏妃には、この世界で暮らすうえで助けになってくれた夏妃には、素敵な女性である夏妃には幸せでいてもらいたかった。どんな時であっても幸せで会ってほしかった。
「宰司。君の将来の夢は?」
「実を言うと昔は何もなかったんですが、夏妃さんの活躍を見てああいうことができる大人になりたいなって思ってます。サイバー空間を駆け抜け、自由自在に駆けまわる。そんなことができる技術者になりたいな、と」
「いい夢ではないか。是非とも叶えるべきだ」
「ええ。叶えたいですね」
宰司はそう言って笑った。
「夏姉に教えを乞うてみてはどうだ? 雪風でもいい。ただ、今はふたりとも忙しそうにしているから、難しいかもしれないが」
「分かってます。今はまずこの戦争に勝たなければいけませんよね」
宰司が気合を入れるように両頬を叩く。
「まあ、とりあえずはアイスでも食べるといい。溶けてしまうぞ」
「はい」
凛之助は初めてアイスを食べたとき、この世にこのような菓子があるのかとびっくりしたのを覚えている。そもそも魔王のような人間くらいしか持てない冷却機能がある箱──冷蔵庫がどこの家庭にもあるということにも驚いていた。
「お互いに将来の夢が叶えられるといいな」
「そうですね。まずは自分はテロの容疑者ではないということを証明しなければなりませんが……」
「む。そうだったな。どうすればいいのだろうか?」
「この戦争が終わって願いを叶えてしまえば、日本情報軍もビッグシックスも、警察も自分には用のないはずです。法廷で無罪を勝ち取れば、それで大丈夫でしょう。事実、俺たちはテロとは無関係ではないですか」
「そうだな。願いさえ叶えてしまえばこちらのものだ」
「ええ。その手段でいくつもりです」
宰司はそう言った。
「だが、その場合私は死ななければならない」
「あ。そうでした……。魔王を倒すことが勝利条件だったのですね……」
「安心するんだ、宰司。夏姉は海外にもセーフハウスを持ってると言っている。いざとなればこの国を出るんだ。連中の手の届かないところまで。私と夏姉も同行しよう。逃げることはときとして優れた行いとなる」
「そうですか。そうですよね」
宰司は安堵したように微笑んだ。
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