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大井重役会議

……………………


 ──大井重役会議



 大井は本社を東京に置いている。


 その日開かれた大井の親母体である大井海運の会議には重役たちが出席していた。


 大井はその起源を海運に持っている。造船と海運。そして、そこから伸びるロジスティクスこそが大井の基盤を成すものであった。


 世界最大の海運企業。それが大井だ。


 後はそこにIT産業や重工業、民間警備企業などが引っ付き、肥大化したのが、大井の実態である。ビッグシックスは何かしらの基礎となる事業を有しているが、大井の場合は海運と造船にあった、ということである。


「それでは諸君。マジックスティック作戦の進捗について説明しよう」


 重役たちが集まる場でひとりの男がそう言う。


「我々はマジックスティック作戦の進行に不可欠な駒を手に入れた。その男は魔王と勇者を皆殺しにすれば願いが叶うということを知らない」


「それは理想的ですな」


 マジックスティック作戦のネックはどうやって大井に都合のいい願いを叶える駒を手に入れるかにあった。そして、今はそれが手に入っている。関門のひとつは突破できたと言っていいだろう。


「問題は、だ。その男が精神的な疾患を抱えているとしか思えない行動に出ていることだ。こちらの思うようには動かない。こちらとしてもどう動かすべきか悩んでいるところだ。下手に動かせば駒を失いかねない。かといって動かさなければ勝利は手に入らない」


「積極的に動かすべきでしょうな。攻撃こそ勝利に繋がるのです」


 そういうのは元日本海軍の提督だった。


 大井は帝国海軍時代から海軍と良好な関係を保ち、それは海上自衛隊時代も、日本海軍時代も変わらなかった。彼らは海軍の退役将校に椅子を準備しており、それによって海軍からの仕事を獲得できていた。


「いや。しかし、敵が互いに潰し合うならば、機を待って、最大のタイミングで横合いから殴りつけるというのも考えるべきなのでは?」


「確かにそれにも一理ある」


 大井の重役会議は勇者──大河をどう動かすべきかで揉めに揉めた。


「言っておきたいのは、現状では我々が把握している勇者はふたりだけだということだ。坂上宰司と臥龍岡凛之助。もしかすると、臥龍岡凛之助の方は魔王かもしれないが、いずれにせよ殺さなければならない対象に変わりいはない」


「例の日本情報軍の娘と公安の捜査官は?」


「確認中だ。まだ確証はない」


「ならば迅速に確かめるべきですな」


 勇者も魔王も把握できていないのでは戦争にならないと重役は言う。


「今は敵がヘマをするのを待っているだけだ。ヘマをして、姿を見せたところを、こちら側の勇者を使って始末する。こちら側の勇者の力は強力だ。戦えばまず負けない。しかし、目標の位置や正体が分からないことには始末のしようがない」


 そう言って報告を行っていた男が肩をすくめる。


「だが、ひとつ策がある。坂上宰司にだけは通じる策だ。他の勇者には有効ではないが、これによって他の勇者を引きずり出せる可能性はある」


「なるほど。確かにこの策ならば上手くいくでしょうな」


 それぞれのタブレット端末に送信された情報を見て、全員が頷く。


「では、理事会はこの作戦を承認するということでよろしいか?」


「いいでしょう。存分にやられてください」


 重役会議は作戦を承認した。


「しかし、勇者と言えどただの連続殺人鬼でしょう。本当にコントロールできているのですか?」


「基本は飴と鞭だ。自由に殺人を行わせてやるが、こちらの指示に逆らうならペインデバイスを使用する。我々には奴の居場所が特定できるようにGPS発信機を装着してある。それによって使いこなしている次第だ」


「それならば問題はありませんな。上手く運用なさってください」


 重役会議の次の議題はこの戦争に勝利した暁には何を望むのかであった。


「我が社の絶対的な立場の保障」


「何でも願いが叶うというのにそれでは足りない」


 欲深い老人たちがああだこうだと願望を述べる。


「日本国、いや世界における大井の覇権の確立」


「悪くはないが、確立だけでは後に崩壊する可能性がある」


 老人たちの欲望は留まるところ知らず。


「大井による世界支配の確定」


「悪くはない。私もその案に賛成だ」


 世界を支配することを夢見る老人たち。


「願いは決して個人的なことではなく、会社の利益になる方向で決める。そのために我々のうちの誰かが勇者の刻印を引き受ける必要がある」


「信頼のおける誰か、か」


 大井が世界を支配しても老人たちが不老不死になるわけではない。


 勇者に与えられる勝利の特権を行使するには信頼のおける人間が必要だ。


 大井は大井という企業のために願いを叶えるのだ。


 老人たちは知らないが、かつての勇者たちのうちの何名かもそうであった。国に凱旋し、国のために願いを叶える勇者たち。彼らは国の絶対的安寧や世界支配を望んだ。


「クルーガー・ローウェル式忠誠度テストを全員が受けるべきだ。それで間違いなく会社のために願いを叶えると確定した人間こそが勇者の刻印を移植されるべきだろう」


「同意する。ここにいる全員がクルーガー・ローウェル式忠誠度テストを受けるべきだ。例外は認められない」


 たとえどのような役職にあろうとも、と重役は告げる。


「了解した。喜んで受けよう」


「私も会社のために尽くすつもりだ」


 重役たちはこの時点でふるいに掛けられていることを理解し、賛同していく。


「それでは決まりだ、諸君。大井という我々の守るべき会社のために全てを尽くそう」


「ああ」


 そして、大井側の願いが明らかになった。


 だが、日本情報軍はそれを許すつもりはない。彼らは他の人間が願いを叶えることを妨害するために参戦しているのだ。


 メティスも魔法という奇跡を観測するために、この戦争に参戦している。


 警察はかつての警察の在り方を取り戻すためだと思われる。


 ひたすらに欲望だけが渦巻いていく中、特に願いのない宰司が狙われていた。大井という巨大な怪物は宰司に狙いを定め、そして他の勇者を釣りだそうと考えていた。


 彼らの指揮下にある民間警備企業は忠実に命令を実行し、大河の犯罪の痕跡を隠蔽しつつ、日本情報軍や警察の目を自分たちから逸らさせようとしていた。だが、彼らも理解しつつある。大井が関与している可能性について。


 魔王を倒し、最後まで生き残った勇者が願いを叶えられる。


 どのような願いでも。


 大井は大井のための願いを叶えるつもりであり、それは非常に利己的なものだった。


 大井による世界支配など認めては、それこそ大問題だ。完全なディストピアが実現してしまう。しかし、鏡花のような情報テロリストによる願いもまた危険であることに変わりはなかった。


 このような問題の種は消滅してしまえとばかりに日本情報軍は介入している。


 欲望が渦まく、渦まく、渦まく。


「私だ。理事会は賛同した。いつでも勇者の右腕を切り取れるようにしておきたまえ。願いを叶えられる前に、な。こちらはクルーガー・ローウェル式忠誠度テストだ。大井にとって正しい選択ができる人間が選ばれる。それは私かもしれないし、他の誰かかもしれない」


 大井の重役が電話する。


『畏まりました。理事会の賛同が得られたのは重畳です。私の方も任務達成に向けて動きますので、ご支援のほどよろしくお願いします』


「君も我々を裏切らないことだ、ミスター・ジョン・ドゥ。裏切りには相応しい罰が与えられることになる」


『承知しております』


 誰がビッグシックスの怒りを買いたがるものかと大井のミスター・ジョン・ドゥは思った。不老不死になっても一生地下に監禁されては意味がない。


「それではそちらの働きに期待している。そろそろ作戦に移りたまえ」


『了解』


 そのミスター・ジョン・ドゥの言葉を聞いて重役は思った。


 企業代理人ほど信頼のおけない人間もいないなと。


……………………

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