尋問と忠誠度テスト
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──尋問と忠誠度テスト
アリスが直樹との現場検証を終えて、帰途に就く途中のことだった。
3台の軍用四輪駆動車が停車し、そこから男たちが下りてくる。
アリスはすぐに男たちが日本情報軍情報保安部の将校たちだと理解した。
「天沢アリスだな。同行してもらおう」
「上は知ってるんですか?」
「我々に上は関係ない。どのような命令であれ、我々には調査する義務がある」
日本情報軍情報保安部の頭も固さはタングステン並みだ。
「分かりました。同行します」
「結構」
日本情報軍情報保安部の将校はアリスを車に乗せると、市ヶ谷に向かった。正確には市ヶ谷にある日本情報軍情報保安部本部へ。
「こっちだ」
そして、アリスは何人もの人間が取り調べを受けてきた日本情報軍情報保安部本部の尋問室に通される。
意外なことかもしれないが、日本情報軍情報保安部はここではさして尋問を行っていない。彼らは自分たちが非合法な尋問するのに日本ではリスクは大きすぎることを理解しているのだ。
そうであるが故にこの尋問室で尋問された人間は少ない。
非合法な尋問はブラックサイトと呼ばれる海外の日本情報軍の拠点で行われるのである。そこでは拷問まがいの尋問が行われている。使用が禁止されている尋問用のナノマシンを使用されるし、昔ながらの水攻めも行われる。
それでいて追及を受ける心配はないのだから、日本情報軍が国内の自分たちが保有する施設で尋問をわざわざしないという理由も分かるだろう。
それでもアリスはここに連行されてきた。
「天沢アリス。君の任務について教えてもらおう」
「高度な機密です」
「我々にはそれを知る義務がある」
「いいえ。ありません。これは非常に高度な命令です」
「誰が関わっている?」
「機密です」
日本情報軍情報保安部の将校たちは明白にいらいらし始めていた。
「何なら話せる?」
「何も話せないことが話せます」
「ふざけてるのか?」
「いいえ。至極真っ当に話しています」
アリスは本当に何も話せなかった。
クラウン作戦は秘密作戦だ。日本情報軍情報保安部にも通達できない。
「いいか。我々の権力を侮ってもらっては困る。我々日本情報軍情報保安部は強力な権限が与えられているのだ。今回のような背信行為がないように、と」
「背信行為? なんのことですか?」
「とぼけないでもらいたいな。百鬼直樹。警察庁から神奈川県警に出向している公安警察お捜査官。彼に我々の捜査情報を漏洩したのだろう?」
「いいえ」
「では、何故彼を封鎖されているはずの海宮市シティビルに連れていった?」
「許可を得たからです」
「許可を出したのは誰だ?」
「機密です」
土佐大佐とその上にいる少将が許可を出したのだが、それを教えることもアリスにはできないことであった。
「随分と高度な機密に囲まれているようだな、天沢アリス。日本情報軍情報保安部として警告しよう。このままならばクルーガー・ローウェル式忠誠度テストを受けてもらうことになる。構わないな?」
「拒否します」
クルーガー・ローウェル式忠誠度テストでは脳の動きもスキャンしながら行う。
クラウン作戦の最大の機密であるアリスがアンドロイドであるということが発覚しかねない。アリスの脳をスキャンすれば、それが人間のものではないと一発で分かることになるのだから。
「拒否権はない。日本情報軍情報保安部が決定すれば、行われる」
「拒否します。あなたたちがもし、私にクルーガー・ローウェル式忠誠度テストを行えば、あなた方が後悔することになりますよ」
「我々は後悔したりはしない。それとも君が正直に百鬼直樹と何をしていたか話すかだ。機密情報を喋ったりはしていないだろうな?」
「機密事項は通知していません。こちらのカバーストーリー通りです」
「ふうむ。その言葉をどこまで信じたものかな」
やはり、クルーガー・ローウェル式忠誠度テストが必要かもしれないと日本情報軍情報保安部の将校は告げる。
「後悔することになりますよ」
「我々は後悔など──」
そこで日本情報軍情報保安部の他の将校が入ってきた。
「大佐。日本情報軍情報保安委員会からです。それから──参謀総長からも」
「分かった。見せろ」
タブレット端末からタブレット端末に情報が移される。
「……君は相当高いコネがあるようだな、天沢アリス」
日本情報軍情報保安部の将校が見つめる書類には日本情報軍情報保安委員会の中将からの天沢アリスに関わる全ての取り調べを中止しろとの命令と、日本情報軍参謀総長からの同じ命令が下されていた。
「無罪放免というわけですね」
「そういうことだ。行っていい」
日本情報軍情報保安部の将校たちにエスコートされて、アリスは日本情報軍情報保安部本部の建物を出た。外にはアリスの知らない日本情報軍の下士官が立っていた。
「お迎えに上がりました」
「ありがとうございます」
アリスは下士官が用意した普通のSUVで海宮市に戻る。
「アリス。日本情報軍情報保安部の連中には何も話さなかっただろうな?」
土佐大佐はアリスが帰投すると同時にそう尋ねた。
「はい。機密ですとだけ告げています」
「それは結構だ。この情報が漏洩するわけにはいかない。日本情報軍情報保安部であろうとも、だ」
アリスは危うくクルーガー・ローウェル式忠誠度テストを受けさせられそうになったことは話しておくべきだろうかと迷った。
「どうして、今回は日本情報軍情報保安部が動いたのですか?」
「分からん。だが、連中も信用できる相手ではない。可能な限り、この作戦の情報は秘匿されておくべきだ」
「了解しました、大佐」
日本情報軍情報保安部は直樹をアリスが現場に連れて行ったのを知っていた。つまり、アリスを尾行していたということだ。恐らくは今も監視を続けているのだろう。日本情報軍情報保安部がこの作戦において最大の障害になりかねない。
「大佐。少将閣下は何と?」
「日本情報軍情報保安部については対処すると。この作戦は参謀総長の肝いりだ。日本情報軍情報保安委員会も動かせる。彼らが動けば日本情報軍情報保安部が動く心配はしなくてもいい」
本当に安心していいのだろうかとアリスは思った。
日本情報軍情報保安部はクルーガー・ローウェル式忠誠度テストをアリスに受けさせようとしたのだ。この作戦の最大の機密が漏洩するところだったのだ。それなのに安心できるだろうか?
「日本情報軍情報保安部については彼らに圧力を。彼らは私にクルーガー・ローウェル式忠誠度テストを受けさせようとしました。次に拘束されれば、この作戦の機密の一部が漏洩する可能性があります」
「分かった。少将閣下にはそう伝えておく」
問題が山積みだなと土佐大佐が愚痴る。
アリスは日本情報軍を裏切るつもりはない。だが、常に疑いの視線が向けられていることは理解している。アリスの存在は日本情報軍という組織において明白に浮いているのだ。それは日本情報軍情報保安部が疑うのも当然というぐらいに浮いてる。
今は忠誠を示し続けるしかない。自分のことを信頼してもらうしかない。
それがダメだったら?
その時はアリスは人間にはなれない。
アリスは今でも人間になりたかった。
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