ビッグシックスについて
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──ビッグシックスについて
「今さらなのだが」
と凛之助が言う。
「ビッグシックスとは一体何なのだ?」
彼の疑問はビッグシックスという多国籍巨大企業にあった。
「ビッグシックス、か。さて、どこから説明したものかな」
夏妃がキーボートを叩きながら考える。
「世界で最初に生まれたビッグシックスはアローって会社だった。航空宇宙事業、兵器産業、IT産業、金融事業とあらゆるものがひとつのグループ内で存在するという多国籍で、巨大な企業だった」
「そんなに多くの事業がひとつの会社で行われていたのか?」
「正式にはグループ内で、ね。株式を保有したりしてアロー本社がグループのそれぞれの事業を牛耳っていた。このやり方を真似てイギリスのアトランティス、日本の大井、カナダのメティス、ドイツのトート、オーストラリアのHOWTechが生まれた」
どれもこれも巨大な企業ばかりと夏妃は言う。
「しかし、巨大だと言っても、国家の影響を及ぼせるほどの企業といううのが存在するのだろうか? 確かに傭兵ギルドなどは国家の命運を左右するようなこともあったが」
「影響は及ぼせるよ。思いっきりね。彼らが経済制裁をちらつかせて怯えない国家はない。どの企業も何かしらの分野で寡占的状態にあるから。例えばメティス。メティスは世界の食糧生産の9割に何かしらの形で関わっている。そんな彼らにノーと言える?」
「確かに言えないな」
食料を握られていては政治家たちも逆らえないだろう。
「それから情報セキュリティ企業の存在。情報セキュリティ企業はみんなの個人情報を管理し、秘密を守りますって企業。ビッグシックスは大抵これに関わっている。だけど、全ては欺瞞。実際は情報は政府に筒抜け」
「それは詐欺ではないか」
「そう。詐欺だよ。この大規模な詐欺に多くの国民が乗ったからこそ、情報セキュリティ企業というインフラができて、政府はより国民を監視できるようになった。もうこうなったら、企業と政府は共犯だね」
だから、政府はビッグシックスに大きく出れない。ビッグシックスは情報セキュリティ企業という国民監視のひとつを担当している。ビッグシックスが手を引けば、政府は窮する。日本情報軍ですら窮するだろう。
「だから、鏡花は情報セキュリティ企業という詐欺を暴くべく、ビルを爆破した。確かに彼らのやっていたことは詐欺だったけれど、鏡花のやったような暴力が許される相手じゃない。でしょ?」
「そうだな」
テロとは恐怖で政治的目標を達成すること。
恐怖で世界を変えようなど間違っている。
「けど、ビッグシックスは詐欺と偽善と拝金主義の権化だよ。私たちも知らない間に彼らの作ったものを使っているけれど、彼らがやっていることを思えば、どうかとも思いたくなるよ。まあ、ビッグシックスは児童労働などの倫理的な問題には関わっていないとしても、ね」
「それならいいのではないか?」
「さっき言った通り、世界に影響を及ぼしすぎている。今や国連の平和維持活動もビッグシックスに丸投げ。国連包括的平和回復活動及び国家再建プログラム。それは現地の平和維持活動から経済的立て直しまでを企業に委託数るもの。もちろん、企業は喜んで引き受ける。彼らは平和を回復させた地域は彼らの市場となり、彼らの安価な労働力の供給源になるんだから」
まるで19世紀のやり直しと夏妃は言う。
「そこまで巨大な相手がふたつも相手なのだろう?」
「そう。大井とメティス。どっちもビッグシックスの中でも大きな権力を握っている企業。正直、ひとつだけでも厄介なのにふたつも相手にすることになるとはね」
夏妃は疲れたように両腕を大きく伸ばす。
「しかし、ビッグシックス同士で競合するというのはあるのか? 大手ギルドのように連携して利権を貪るということはないのか?」
「そこは資本主義だから。競合もするし、協力もする。メティスがアトランティス製のアーマードスーツを使用しているに自社にはない技術は他社から導入するし、大井のようにナノテク分野での躍進を目指す企業はメティスやHOWTechのような他社と競合する」
規模は大きくなったけど、企業としての本質は変わらない。そう夏妃は説明した。
「どこまで行っても企業は企業か。だが、ビッグシックスは寡占的に市場を独占している。そなのだろう?」
「そうだね。ビッグシックスは自分たちに都合のいいルールを作ってそれを他に押し付けている。倫理問題にせよ、環境問題にせよ、ビッグシックスがルールを定め、それを他社に強要している。そしてビッグシックスは市場を独占している」
富める者はより富む。
資金があり、権力があれば、世界のルールだって変えられる。ビッグシックスは様々な規制を自分たちの都合のいいような形にしてきた。持続可能。多様性。そういう言葉には常にビッグシックスの都合のいいルールが含まれてきた。それこそが彼らの役割だとでもいうように。
「ビッグシックスの支配は覆せない。少なくとも今はそう。だから、ビッグシックスをふたつも相手にするっていうのは、相当大変なことだよ」
「すまない、夏姉。私のせいで……」
「いや。リンちゃんを責めているわけじゃないの。ただ、本当にビッグシックスを相手にするなら用心してって言いたいの。大井は民間警備企業のボスだし、メティスはアーマードス-ツから何まで自由自在。本当に危険な相手だから、用心してね、リンちゃん」
「ああ。夏姉、あなたのためにも」
愛する家族のためにも今回の戦争を生き延びる。
「それにしても大井のメインフレームを漁ってもあれだけの情報しか出て来なかったとなると、もっと情報が欲しいな。大井の次の一手が分かれば、こちらとしても手の取りようがあるんだけどなあ」
「日本情報軍、大井、メティス、警察。規模は大きくなっていくばかりだ。我々は、我々はどこまで戦えるだろうか?」
「どこまでも、だよ。私とリンちゃんならどこまでも戦える」
夏妃がサムズアップし、雪風もサムズアップする。
『足掻けるところまで足掻いてやりましょう。ただで死んでは武士の恥』
「もー。いつから武士になったのさ、雪風は」
そうだ。ずっとこんな日々が続けばいいと思っていたんだ。
「夏姉。私たちは唯一の肉親。血のつながったものとしてともにいよう」
「リンちゃん! それって……!」
「ああ。少しだけ元の凛之助の記憶を取り戻した。彼はこう言ったのだろう?」
「そうだよ! リンちゃんはそう言ってくれたよ!」
「そうか……」
その唯一の肉親の肉体を今の凛之助は奪ってしまったのだ。
「私たちは必ず生き残ろう。そして、平穏を取り戻そう。それだけが私の願いだ」
「ええ。私たちの願い」
この醜悪な戦争の中で、肉親としての関係は非常に大事なものだ。そうあらねばならない。守るべきものがあるからこそ戦える。
凛之助は何としてもこの戦争に勝利することを決意した。
「夏姉。私にできることがあればなんだろうと言ってくれ」
「うん。よろしくね、リンちゃん」
本来は凛之助が戦うべき戦争だが、今は夏妃に任せるしかない。
凛之助には電子情報戦を戦うだけの技術はないのだ。
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