そして、敵対者も
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──そして、敵対者も
鏡花は民間警備企業と神奈川県警のデータをハックして、犯行現場の様子を把握した。怒りに任せて扉を破壊して押し入り、中にいる住民を皆殺しにして逃げ去っている。
「ふむふむ。軍用義肢でも装備したかね。それも第3代か第4世代の。その手の義肢を手に入れるならそれ相応のコネが必要になるんだがね。いくら大陸系犯罪組織が幅を聞かせていると言っても、第3世代や第4世代の軍用義肢は手に入らない」
第4世代に至っては未だ実験段階だしと鏡花呟く。
「となると、ビッグシックスか。ボスは大井かね。情報テロリストのあたしが言うのもなんだけど、連続殺人鬼を支援しているのはどうかと思うぜ」
鏡花はそう言いながら、大井のメインフレームに攻撃を仕掛けるも、バックドアの存在を知らない彼女には大井のメインフレームを突破することはできない。
あのアジアの戦争の後で、民間企業のサイバーセキュリティは強化された。誰もがアングラハッカーが持ち逃げした軍用ワームが自分たちに牙をむくのではないかと恐れていたのだ。そして、事実夏妃はメティスと大井のメインフレームを軍用ワームを使って攻撃していた。
鏡花は軍用ワーム使って大井のメインフレームを攻撃することも考えたが、それよりも大井本社ではなく、大井医療技研を攻撃した方が楽なことに気づいた。
どうせ、大井本社には大した情報は残っていないだろうという鏡花の判断だった。事実、大井はメインフレームから大河に関する情報を引き上げ、スタンドアローンで運用することにしていた。
少なくとも大井本社は。
だが、大井医療技研となると話は別だ。
ここにはまだ情報が残っているはずだと鏡花は踏んだ。
「『第4世代軍用義肢がテストにて破損。破棄する』と。どうにも怪しいもんだ。他の破損した軍用義肢はテストのために再利用しているのに、これだけ廃棄。いかがわしいことに使いましたって言ってるようなもんだぜ」
破棄された軍用義肢のロット番号を追うが、途中で行方不明になっており、それがますますこの軍用義肢がろくでもない用途に使われたことを示唆していた、
「相手のボスは大井か。情報セキュリティ企業を始めとする偽りのITビジネスで儲けてきた連中。民間警備企業のボス。日本における情報の制約と不自由を課してきた連中」
鏡花が苛立たし気にそう呟く。
「今の段階で情報を暴露しても何の意味もない。日本情報軍と大井に揉み消されるだけだ。それに今のところ、あるのは状況証拠だけ。大井が本当に連続殺人鬼を支援しているという証拠は、何もない」
そうなのである。
大井が持っているのは行方不明になった軍用義肢。それだけ。
それと連続殺人鬼の軍用義肢を装着したという情報を結びつけるにはいくつか情報が足りていない。敵を推測するには十分だが、敵を陥れるには情報が些か不足し過ぎていると言わざるを得ない。
それにこの情報統制社会だ。この戦争に関わる不適切な情報漏洩は、間違いなく日本情報軍かビッグシックスに消される。
ネットの書き込みも匿名エージェントを使って誘導され、最終的に鏡花の情報を信じる人間などひとりもいなくなることだろう。
それが今の日本国という名の監獄にしてユートピアのありようなのだ。
だが、鏡花は誓った。このクソみたいなユートピアを打破すると。
「そのためにはこの戦争に勝たないとね。大井の軍用義肢。ナノマシンも大井医療技研製か。ちょいとハックしてもらって、自滅させるってのは難しそうだ」
そこで鏡花は思い出した。
「マヘル。あたしのナノマシンの診断結果は?」
『3%のメティス・メディカル製ナノマシンが検出されました。彼らがマムを殺すには十分な量のナノマシンです』
「今すぐにHOWTech製ナノマシンによって除去。排出させろ」
『イエス、マム』
直ちにマヘルがメティス・メディカル製ナノマシンの排除に動く。
「あたしは確かにメティスの支援を受けるけれど、連中の飼い犬になる気はないからね。ペインデバイスにせよ、ハートショックデバイスにせよ、ごめん被るよ」
それからナノマシンが排出され、体外に出たナノマシンは自己分解を始める。
「メティスも信用ならない相手ってことか。所詮はビッグシックス。大井やアトランティスの同類か。情報ビジネスに関わっていないからって安心はできない、と」
鏡花はそう呟き、ナノマシンの稼働状況を調べる。全て順調に作動している。HOWTechが動作の上で必要としてメティス・メディカル製ナノマシンを混入したわけではないと分かる状況である
「メティスは首輪をつけてやりたかったみたいだけど、あたしを拘束するのにレージングじゃちとばかり足りないぜ?」
そう言って鏡花はにやりと笑った。
「マヘル。常にあたしの体内のナノマシンを観測。それから、大井について情報収集。自己学習と自己アップデートは順調?」
『イエス、マム。実に順調です。より電子戦に特化した形になりつつあります。ですが、今の状況でも我が姉妹雪風に勝利するのは厳しいかと』
「夏妃ちゃんの考えた理論だもんなあ。こっちはそう簡単には勝てないか。まあ、いい。夏妃ちゃんを直接相手にするわけじゃない。相手にするのは、夏妃ちゃんの弟君と他の勇者どもだ」
そういう連中になら勝てるだろと鏡花は呟く。
『マム、お客様のようです』
「了解。ナノマシンによる拘束が解けて不安になったかね」
ビデオ画面でメティスのミスター・ジョン・ドゥだということを確認すると、夏妃はセーフうハウスの電子キーを解除した。
「どうしたんだい? 何か用事かい?」
「対敵情報活動が確認されましたのでご報告を。大井がこの戦争で活動中であることが確認されました。向こうに潜入しているこちらのエージェントからの情報です。ほぼ確実に大井が勇者のひとり──連続殺人鬼を支援しています」
「それは公表できるレベルで信頼性の高い情報かい?」
「高いですが、公開はできません。大井にエージェントの存在を気づかれます」
「了解。こっちもさっき同じ結論に至ったところだ」
鏡花がにやりと笑ってそういう。
「まさか大井のメインフレームを攻撃したのはあなたですか?」
「いいや。まさかそんなことするはずがないだろ。っていうができるかよ」
そこで鏡花は気づいた。
「誰かが大井のメインフレームを攻撃したのか?」
「ええ。大井内部のエージェントもそれで情報を知ることができた、と。高度なブラックアイスで守られていた情報まで攻撃した人間は持ち出したそうです。犯行は手早く、そして的確だったと聞いています」
「なるほどねえ」
それだけの技術力を持った人間がバックについているのは日本情報軍の勇者。そして、夏妃がいる凛之助ぐらいのものである。
「誰にせよ、やるねえ。大井のメインフレームをハックするなんて。途方もない能力の持ち主だろう。あたしでも諦めたんだ。実にやるよ。やってくれるよ」
恐らくは、だが攻撃者は夏妃だろうと鏡花は見ていた。
日本情報軍はその気になればハックなどしなくとも情報を手に入れられる。そうではないということは、コネのない人間。思いつくのは夏妃だ。
「こっちも負けずに努力しないとね」
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