被疑者の両親
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──被疑者の両親
アリスと直樹は宰司の実家を訪れた。
警察が来たと聞いた宰司の両親は飛び出るように出てきた。
「悪い友達なんかができたんじゃないかと思っています」
直樹に宰司が家を出ていった原因はどのようなものだろうかと聞かれて、宰司の父親はそう答えた。
「学校でもいじめられたとか情けないことを言って。VRだかなんだか知りませんが、それで授業を受けるっていうんですよ。そんなので勉強が身に付くはずがない。まともに学校にも通えないのに、社会に出てやっていけるか」
宰司の父親はそう宰司について愚痴った。
「ここ最近で変わったことは?」
直樹がそう尋ねる。
アリスは直樹の質問と宰司の両親の答えを聞くだけにし、首は突っ込まなかった。
「そうですね。夜中に出かけるんですが、帰りが遅くなったってところでしょうか。家で引き篭もっている間に、ネットで悪い友達ができたんじゃないかと思っているんです。ほら、半グレ集団とかそういうのがいるでしょう? そういうのとつるむようになったんじゃないかって」
宰司の母親はそう言った。
「率直に申し上げますと、宰司君はテロの容疑がかかっています。海宮市シティビルを爆破した容疑があります。本当に悪い友達とつるんでいたのですか?」
「テ、テロ? それは流石に何かの間違いじゃあ……」
「しかし、悪い友達とつるんでいたんですよね。その友達がテロリストだったという可能性はありませんか? 彼に危険思想を示すようなものは?」
「い、いえ。至って普通の子で……」
宰司の両親は打って変わって、宰司は普通の子供だということをアピールし始めた。
「いいですか。私は公安警察の捜査官です。そして、我々はテロの現場に宰司君がいたという情報を得ています。無関係だと言えるならば、部屋などを確かめさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「か、構いません。どうぞ、こちらです」
宰司の両親は2階にある宰司の部屋に直樹たちを案内した。
「それでは、何かありましたら……」
「ええ」
それから直樹は慣れた様子で個人端末を調べていく。
「ふうむ。メールやアクセス記録などに不審な点はありませんね。もし、あったら日本情報軍の方が先に気づきますか」
「どうでしょうね」
日本情報軍が日本国民のほぼ全ての情報端末にアクセスできることは公然の秘密だった。だが、多くの情報にアクセスできるとしても、それを分析する人間がいなければ情報は情報足り得ない。
日本情報軍は軍縮による人員削減の影響を受けて分析活動をAIに任せるようになっていた。日本情報軍電子情報軍団の有する分析AI“天満”は電子情報軍団が収集した情報のみならず、空間情報軍団、特別情報軍団が収集した情報も分析する。
しかしながら天満は自己学習型AIではなく、アップデートは人間の手で行われている。日本情報軍は軍隊にありがちが保守的な思想から、自らで自らをアップデートするような自己学習型AIを信頼できずにいた。
全ての情報は天満が分析し、特別情報軍団、電子情報軍団、空間情報軍団の3つの組織が集めた情報を統合的に分析し、膨大な情報の中から有意な結論を導き出す。
人員の削減された日本情報軍ではAIである天満に頼るしかなかったのである。
とはいっても、天満のリソースも限られている。スパコン“敷島”の内部に収められている天満とて、無差別に集められた日本国民全員のデータを分析することはできない。ある程度分析する情報はふるいに掛けなければならない。
そういうわけで、日本情報軍も無分別に情報を集めているわけではないのだ。
「宰司君は真面目な子だったようですね。VR環境の授業でもしっかり整理して板書している。成績もなかなかいい。大抵の子はVR環境の授業になるとモチベーションが下がるという分析結果が出ているんですがね」
「そのような真面目な子が本当にテロリストなのか」
「テロリストが全員不真面目な道を外れた人間とは限りませんから。中には真面目に学問をしていて、急に危険思想に染まった人間もいますよ」
直樹は公安らしい分析を示した。
「しかし、危険思想に繋がりそうなものはなさそうですが?」
「相手は居場所を特定させず動画を投稿できるような電子情報戦のプロと組んでいるんです。後になってから端末から情報を消すことぐらい容易いでしょう。VR環境の授業ともなれば、空いた時間も多いはず。その時間で危険思想に染まった、という可能性も否定はできないのでは?」
「分かりかねますが、結論ありきの分析のような気がしてなりません」
そうだった。直樹はもう宰司をテロリストと決めつけ、それを補強する証拠を探しているようでならなかった。
「確かにその通り。私は坂上宰司をテロリストだと思っています。その状況証拠は揃っている。後は物的証拠を探すだけだと。どこでどう危険思想と結びつき、テロリストのメンバーになったかの証拠を探しています」
「結論が尚早すぎるのでは? 私は坂上宰司をテロリストと断定するには証拠が不足し過ぎていると思います。確かに彼は海宮市シティビルにいたかもしれない。かもしれないです。中学生が投稿した動画を状況証拠とするのは。殺人鬼に怯えて、いざという時になってやめたかもしれません」
自分は宰司を庇おうとしているとアリスは思った。
これも無意識故だろうが。だが、アリスの無意識は、人間になるという目的のために殺意を秘めているはずだ。魔王と勇者全員に対して。それなのにどうして自分は宰司を庇おうとしてるのかとアリスは思い悩む。
アリス自身の無意識はもはやアリスにも分からない状況だった。ウィンターミュートの言うように演算が複雑化することで生まれた無意識であるが故に、もはやその根源をシステム診断で探ることはできないのだろう。
「どうでしょうね。あれだけ挑発的な動画を作成し、それも投稿場所は隠蔽したのですから、それなりの覚悟はあったんじゃないですか? それに現場に残っていた連続殺人事件の犯人の言葉です。『俺は何度でも挑戦を受けてやる』と。それは一度は挑戦が行われたことを意味しませんか?」
「だとすれば、挑戦は真っ当に行われ、テロとは関係ないはずです」
「海宮市シティビルは崩壊した」
直樹がそう言うのにアリスは黙り込んだ。
確かにその通りなのだ。宰司の指定した海宮市シティビルを爆破した。被害者がいなくともこれはテロだ。だが、アリスは知っている。ビルを破壊したのは別のテロリストの操るアーマードスーツであることを。
しかし、そのことを直樹に伝えることはできない。
「状況証拠は揃っています。後は物的証拠を押さえるだけです。あるいは──」
直樹が個人端末を操作する。
「坂上宰司本人を聴取するか。それが一番確実なのでしょうが」
しかし、居場所が分からないことにはと直樹は唸る。
アリスは宰司が直樹に捕まらないことを祈った。
だが、宰司がどう動くかはアリスには分からない。
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