人工の腕
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──人工の腕
雪風の指摘を受けてから、夏妃と凛之助は大河と大井の関係を暴こうとしていた。
「この国で軍用義肢を扱っているメーカーは2社だけ。大井医療技研と富士先端技術研究所。これ以外のメーカーとなると海外からの輸入や闇取引されている東側の義肢になる。そして、今回考えれるのは最新の第3世代、あるいは第4世代の軍用義肢」
『はい。犯行現場の画像を見ますに、闇市場に出回っている型落ち品ではありません。間違いなく第3世代か研究中の第4世代の軍用義肢の出力と耐久力を有しています』
夏妃が言うのに雪風がそう返した。
「夏姉。人工義肢の第3世代とは?」
凛之助が不可解そうに尋ねる。
「第1世代はただの人工筋肉を利用したもの。第2世代はナノマシンによって人工筋肉の神経系とユーザーの神経を接続したもの。第3世代は人工筋肉の量を増やすこととナノマシンの力で耐久性を引き上げたもの」
要は世代が上に上がるごとに頑丈になっているんだよと夏妃は語った。
「第2世代ならともかく、第3世代は軍でもまだほとんど採用されていない実験的なものだよね。第3世代も先進国の軍隊が採用しているだけだし。犯罪組織からの横流し品って線はこの時点で消えるか」
『はい。そして、現場の状況から判断するに犯人を先に確保したのは大井傘下の民間警備企業です。そして、この義肢。大井はこの戦争に参加するつもりのようです。連続殺人事件の犯人を駒にすることによって』
雪風がそう分析する。
「新しい挑戦者、か。恐らくは願いが叶うことは告げてはいまい。連続殺人鬼に願いが叶うなどということを教えれば、破滅的な結果になるのは分かり切っている」
「それは納得。それらしい理由をつけて利用しているんだろうね。ビッグシックスのやりそうなことだよ。しかし、となると鏡花もメティスに利用されているんだけなのかな。彼女はそう簡単に利用されるような人種じゃないと思うけれど」
夏妃は頭を悩ませる。
「いずれにせよ、殺人鬼の願いを叶えさせることはあるまい。情報テロリストというものにはまだ信念があるが、殺人鬼にそんなものはないのだから」
「そうだね。となると、大井はどこまで情報を掴んでいるんだろう?」
「恐らく、勇者から刻印が引き剥がせることは知っているだろう。今、それをしないのは彼らが勇者の刻印が他人に移すことによって形を変え、固有能力が変化することを恐れてるからだと思われる」
「実際にそうなの?」
「ああ。勇者の固有能力は勇者個人によって異なる。今の犯人の固有能力は強力だ。それを安易に手放したくないというのが、大井という会社の考え方なのだろう」
勇者の刻印はそのまま別人に移すことはできない。刻印は勇者個人で変化しており、その刻印から導き出される能力は個人に応じて変化する。
「不可視化。これほど強力な能力もない。大井という会社がこれを手放したくないと思うのも当然だろう。上手く使えれば、勇者を全て始末できる。大井という大きな会社がどれほど援護できるかによるが」
「仮にもビッグシックスだからね。それなり以上の支援はしてくると思うよ」
大井の歴史は江戸時代初期にまで遡る。
明治維新以降は海運業で富を築き、今の海運を始めとするロジスティクス事業で世界的なシェアを獲得している。そして、そこから金融からIT事業、そして民間警備企業までの様々なサービスを提供することで、企業帝国を築いている。
歴史的に海軍との繋がりが深く、今も海軍の補給艦の運用支援などを行っている。軍隊におけるアウトソーシングの一環だ。
対して日本情報軍とは日本における権力闘争から鍔迫り合いを繰り広げており、未だに決着がつく様子はない。
「しかし、国家を巡って民間企業やひとつの軍が主導権争いをしているなど、なかなか信じられないことだ。民間企業がそこまでの権力を持っているとは。日本情報軍にしたところで軍が国家を保有するなど信じられないことだ」
この世界の常識は何もかもが凛之助が知っている常識とは違っていた。
日本情報軍というひとつの軍隊が国を牛耳っている。国家が軍隊を保有しているのではなく、軍隊が国家を保有しているという歪な状況。
ビッグシックスという多国籍巨大企業が国家に匹敵する権力を有している現状。彼らは莫大な富を生み出し、国家から国家の行うべきことを営利目的として奪い取っている。
何を取っても凛之助には信じられない状況だった。
「今はそういう時代だからね。国連にしたところでそうだよ。国連包括的平和回復活動及び国家再建プログラム。これを主導しているのはビッグシックスだ。ビッグシックスが軍隊を送り込んで武装勢力を武装解除し、インフラを整備し、選挙を管理し、自由世界に復帰させ、資本主義の名の下にありとあらゆるものを奪い取る」
失敗国家と言われる国々を回復させるのも国家の役割ではなくなっていた。昔ならば、国が平和維持活動を行い、選挙を管理し、その国を国際社会に復帰させていた。だが、今は民間軍事企業から土建企業、コンサルティング企業までを含めた企業帝国が国連の名の下に、失敗国家を国際社会に復帰させ、そして市場として奪えるものを奪い尽くしていく。
「とにかく、今のビッグシックスは強大。それを敵に回すとすれば覚悟をしないとね」
「うむ。ビッグシックスの脅威は大体分かった。私もできる限り用心してことに当たろう。とは言え、今まで通りだが」
「そうだね。日本情報軍に狙われている時点で用心は最大限。さて、大井に仕掛けるとしても、ちょっと難しいんだよね」
夏妃はモニターを見つめて唸る。
「大井の防壁の穴が見当たらない。ワームを使えば強行突破はできるだろうけど、またブラックアイス! とかになると背筋がぞっとするし。ここは大井のセキュリティを開発した人にちょいとばかり情報提供を頼んだ方がいいかもしれないね」
「そんな人間を知っているのか?」
「お姉ちゃんはこの界隈では知り合いが多いほうなんだよ。アングラハッカー仲間も多いし、その中で企業のサイバーセキュリティを行っていた人間も知ってる。そして、そういう人間はいざという時のためにバックドアを準備しているものだ」
私は富士先端技術研究所に、そしてウィンターミュートにバックドアを作っておいたようにねと夏妃は言う。
「しかし、情報の提供には対価を求められるだろう」
「そこはお金で解決。アングラハッカーってのは大抵お金に困っているから、こっちがそれなりの額を提示すれば気前よく情報を分けてくれるはずだよ。アングラハッカーのほとんどはお金目的のハッキングじゃなくて、好奇心からのハッキングをしているから、仕事じゃなくて趣味的な?」
夏妃はそう言って車椅子を走らせると部屋の隅に行った。
そして、壁に埋め込まれていた金庫を開く。
「とりあえず2000万。これでダメなら、もういっそリンちゃんの能力で洗脳して聞き出しちゃって。恐らくは私の名前を出せばそこまではごねないと思うけれど」
「分かった。それで、そのアングラハッカーとやらはどこにいるのだ?」
「横浜。今も大井のサイバーセキュリティコンサルタントをやってる」
横浜。港湾都市。
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