利害の不一致と協力の一致
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──利害の不一致と協力の一致
今、アリスたちは奇妙な同盟関係にあった。
日本情報軍の勝利を狙うアリスと自分の勝利を狙う直樹、そして大河の勝利を望む大井傘下の民間警備企業。
この利害の一致しない3組が一致して行動していたのだ。
「犯行のペース、早まってますね」
「ええ。殺人の速度が上がっているし──」
アリスが破壊された扉を見る。
「どうやら軍用義肢の類を装備したみたいですね」
犯行現場は一軒家だった。犯人は力尽くで侵入し、そこに暮らしていた母子を殺害するとそのまま逃げ去った。民間警備企業が通報を受けて、駆けつけたときには既に犯人はおらず、母子の惨殺死体だけが残っていた。
扉は完全に破壊されている。通常の腕力でこんなことはできない。少なくとも今まで犯人はこの手の行為を行ってこなかった。
それがあの海宮市シティビルの戦いの後になってからの犯行では、このようなケースが見られるようになってきたのだ。
「軍用義肢というと大井が富士先端技術研究所ですな」
直樹は破壊された扉を見ながらそう言う。
日本における軍用義肢メーカーは二社。
大井医療技研と富士先端技術研究所である。
大井医療技研は昔は台湾やフィリピン、インドネシアなど東南アジアを市場にしていたが、最近になって日本国内でも義肢産業を支え始めた。日本国防四軍に軍用義肢を提供し始めたのも最近のことである。海外での実績から、高く評価され、日本陸軍などに導入されている。
富士先端技術研究所は国防装備庁からの委託で直々に装備の研究を行い、これまでの人工筋肉技術を活かして、装備として軍用義肢を収めてきた実績がある。彼らは片腕や片足だけでなく、四肢を全て義肢とし、さらには脊髄と骨盤を人工のものにすることで、強化外骨格に等しい行動を強化外骨格なしで行えるようにした。
どちらも実績ある企業で大井は海外にも進出している。富士先端技術研究所はあくまで日本国防四軍のためと輸出は控えている。
いずれにせよ、誰かが犯人に軍用義肢を与えた。
「大陸産の軍用義肢を不正に装備するケースもありますからねえ」
民間警備企業の指揮官はそう言って破壊された扉の様子を一緒に眺めていた。
「どれくらいの頻度で摘発されるんです、それ?」
「大陸系の犯罪組織を摘発するときに出てきますよ。まあ、こっちもプロですし、そういうことが想定される場合は強化外骨格を相違していくんで問題ないですけど。この犯人ってテロリストの可能性があるんでしょう? ID偽装ができるアングラにも知り合いがいる。大陸系の犯罪組織と繋がっていてもおかしくはないでしょう」
「ふうむ。確かに」
民間警備企業の指揮官はボスの大井から殺人犯の形跡を公安と日本情報軍に伝わらないようにしろとの命令を受けていた。彼は意図的にこの軍用義肢の出どころを、大陸系犯罪組織にしようとしていた。
彼は知っているのだ。連続殺人事件の犯人──大河に軍用義肢を装着したのがボスの大井であることを。
このまま公安と日本情報軍が大陸系犯罪組織に目を向けてくれれば成功だ。
「可能性はありますが、あくまで可能性のひとつですね」
アリスはそう言って破壊された扉をしっかりと観察する。
「軍用義肢としてはとても強度の高いものだと推測できます。犯罪組織に出回るような型落ち品とは思えません。人工筋肉の遺伝的操作による強度と軽量化が両立した第2世代、あるいは人工筋肉の断裂が起きないようにナノマシンによって補助される第3世代。はたまた謎の第4世代」
「第4世代はまだ軍ですら碌に採用されてないでしょう」
「ええ。ですので、実験ができる機関が保有している可能性はあります。そして、その実験品を横流しした可能性も」
アリスはじっと民間警備企業の指揮官を見る。
アリスには日本情報軍仕込みの尋問術が叩き込まれていた。相手の表情を見るだけで嘘をついているか、そうでないかを理解するということができるという尋問術だ。視線の動き、表情筋の微細な動き、喋っているときの唇の動き。それらを見て、嘘か真実かをある程度見定めることができる。
「あり得ますかね。そんなこと。そんな実験機関が装備品を横流しするなんて。リスクばかり高くて、メリットがないじゃないですか」
「そうですね」
民間警備企業の指揮官は嘘をついている。
大井か、とアリスは当りをつけた。
この前のアーマードスーツといい、ビッグシックスもこの戦争に乗り込んできたようだ。この前のアーマードスーツは製造元のアトランティス・グループか、それを採用しているカナダに本社のあるメティスか。
「天沢アリスさん。ちょっといいですか?」
「はい」
アリスが民間警備企業の指揮官から離れて、直樹のところに向かう。
「どうも民間警備企業は信頼できない。そう思いませんか?」
「何故? 彼らは日本情報軍情報保安部には協力的ですよ」
アリスは事実を教える必要もないだろうとそう言って返した。
「分かっているでしょう。彼らは意図的に捜査を攪乱しようとしている。このまま民間警備企業について回っても、何も得られませんよ。それどころか背後から撃たれかねません。政治将校がついているからと言って部隊が反乱を起こさないとは限らないんです」
「……部分的に同意しましょう。ですが、捜査を主導しているのは民間警備企業です。彼らの力を借りなければ、我々は証拠のひとつも手に入れられませんよ」
「公安が力をお貸ししますよ」
「公安が?」
アリスはうんざりした様子でそう返した。
警察の権威と権力は右肩下がりだ。今になって公安警察を信頼しろと言われても、民間警備企業の嘘を暴いて、そこから事実を見出す方が早いようにすら思われる。
「警察も確かに人手不足ではありますが、嘘はつきませんよ。ついでに言えばビッグシックスにどうこうされることもありません」
「民間警備企業が犯行を隠匿していると?」
「この家、ホームセキュリティがあったんですが、犯行から民間警備企業が駆けつけるまでの速度があまりにも遅いんです。民間警備企業は連続殺人事件が未だ続いているという事実を知っていてこの対応の遅さは何か感じるものがありませんか?」
「それは確かに」
直樹も気づいているのかとアリスは思った。
民間警備企業のボスである大井が連続殺人事件の犯人──恐らくは勇者を庇っているということに。ビッグシックスがゲームに挑んできたということに。
「それであれば我々は我々で動きませんか? 日本情報軍は情報の提供に前向きに?」
「一定の範囲内であれば共有は可能だと」
「それは素晴らしい。公安と日本情報軍がタッグを組めば、民間警備企業に任せているよりいい成績が出せますよ。是非とも協力しましょう。日本国民の安全のためにも」
「……ええ。そうしましょう」
直樹の言葉に嘘はなかった。
公安の捜査官が日本情報軍の尋問術を逃れる術を知っているのかどうかは謎だが、少なくとも『日本国民の安全のためにも』という言葉は絶対に嘘ではない。
直樹は公共の利益のために願いを叶えようとしているのか?
そうであるならば、自分は恥じるべきだとアリスは思った。
アリスの無意識は今も人間になりたいという欲望から発生する殺意を抱えている。
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