大河のプライド
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──大河のプライド
大河は自分の犯行に対する周囲の反応を見る。
自分のやったことで、周囲の人間が震えあがり、恐怖から右往左往する様が見たいのだ。それは最高の愉悦である。
ネットの書き込みやニュースを見る。
だが、そこに大河の求めていたような反応はなかった。
ネットニュースはそもそも連続殺人事件そのものを扱わなくなったし、ネットの書き込みは散々たるものだった。
『チキンが戻ってきた』
『こいつ、爆弾テロ起こしたんだろ? 何が挑戦に応じるだよ』
『結局チキンなんだよ』
『クソださ。だささの極み。舌噛んで死ね』
『所詮は臆病者の卑怯者ってことさ』
大河は思わず自演を疑ったが、自演ではなかった。
ただただ怒りだけがこみあげてくる。
「クソがっ! 貴様らのような低俗な人間に何が分かる!」
大河は怒りから書き込みを行う。
『犯人のレベルが高いだけ。お前らじゃ理解できないか』
『は? 人殺しなんてレベル最低だろ』
『いや、マイナスだろ』
『もしかして、犯人? ネットで自演とかウケる』
書き込みは明確に大河を虚仮にしている。
「畜生、畜生、畜生」
それから何度書き込みを行っても、犯人を擁護したり、讃えたりしようとすれば犯人認定を受け、自演だと馬鹿にされる。
ネットでは犯人は挑戦に応じるとか言っておきながら、爆弾テロで不意打ちしようとした卑怯者として大河のことは扱われていた。それに対する言葉は『チキン野郎』『卑怯者』『臆病者』『何一つまともにできない馬鹿』と散々なものだった。
「畜生! 思い知らせてやる!」
大河は殺人に走る。
無計画に目標を選び、殺人を行う。
怒りをぶちまけるように被害者をいたぶってから殺す。殺して、殺して、殺して、殺し続ける。そこに理性はなく、獣のような本能で殺人を繰り返していた。彼はこれでネットで息巻いている連中も大人しくなるだろうと思った。
『例の殺人鬼、また殺したんだって』
『ここで煽られた腹いせじゃね』
『尻の穴がナノマシンサイズ』
『ダサいわあ』
『クソダサチキン殺人鬼』
『こいつに人間としてのプライドあんの?』
その後も600件、700件、800件以上の大河を馬鹿にする書き込みは続いた。
もはや大河を擁護するのはただの逆張りとなり、早く死刑になることを望む声や、俺がぶっ潰してやるという挑戦的な声、チキン野郎と罵る声が書き込まれ続ける。少しでも大河を擁護しようとすれば袋叩きにされた。
「何なんだよ。何なんだよ、畜生! 匿名だからって調子に乗りやがって!」
今の大河には全てが敵に見えていた。
だが、実際のところはこれはペテンだったのだ。
鏡花とマヘルが作り出した匿名エージェントが書き込みを誘導していたのだ。マヘルが自動生成した文章を匿名エージェントは様々な端末をハックしてそこから掲示板やSNS、動画サイトのコメント欄に書き込む。
すると、コメント欄はそれに流されるような論調になる。ネットの社会など元より自分の意見など持たず、ただ集団意識の欲しかっただけの人間の集まりである。現実の孤独を紛らわせられれば、どのような意見でも構わなかったのだ。
鏡花とマヘルは巧みにそれぞれのネットの書き込みを操り、SNSではハッシュタグまでつけて、トレンド入りさせることで、よりネットで大河を追い込んでいった。
鏡花が追い込めば、追い込むほど大河の八つ当たりに近い殺人は加速する。
大井のミスター・ジョン・ドゥは大河の様子を見て、こいつを選んだのは失敗だったかと思いつつも、この殺戮につられて他の勇者たちが姿を見せることに期待していた。
鏡花は道化を躍らせ、大井は道化の踊りに惹かれてやってくる人間を期待する。
だが、今のところ、誰も踊りに乗ってこようとはしない。
いや、正確に言えば踊りに乗ろうとしている人間はいる。
しかし、依然として大河の居所や次の殺人現場が予想できないからこそ、動くに動けないのである。大井としては宰司のような勇者がまだやらかしてくれることを期待しているが、この前のような勇者たちが集結する事態はもはや訪れないだろう。
宰司も大勢を危険にさらした経験からもう動画を上げたりはしない。
結局のところ、道化はひとりで踊り続けるだけである。
大河がヘマをして尻尾を出して、それを捕まえることを期待していた鏡花も、諦め気味になりながら、殺人だけを続けさせていた。
ここに一種の膠着状態が始まった。
テロリスト認定を受け、もう下手な手は打てない凛之助と宰司。犯人を見つけられないアリスと直樹。殺人を繰り返すだけの大河。その大河を裏から操るだけの鏡花。
一生続くかのような膠着状態が起き、そして続いている。
「殺人を煽っているのは鏡花だね。書き込みの一部に癖があるって雪風が分析した。AIが自動生成した文章に似ているって。自己学習型AIでも癖は出るものだ。これを作ったのはマヘルでしょう?」
『そう思われます。ネットの書き込みから書き込みのパターンを学習し、溶け込むようにしていますが、少しばかり癖と意見の傾向が偏っています。間違いなく匿名エージェントを利用した意見誘導だと思われます』
雪風がそう意見を述べる。
「しかし、迷惑だね、鏡花も。こういうことされると、ますます動きにくくなるんだけど。多分、殺人鬼が尻尾を出すのを狙っているのか、また宰司君みたいに勇者が挑戦するのを期待しているんだろうけれど」
「しかし、今の我々は動けない」
「そう、動けない。テロリスト認定されているし。まあ、いくらでも生体認証スキャナーや街頭監視カメラは騙せるんだけどね。それでも用心するに越したことはない。もう殺人鬼に近づいたりはしない」
宰司君ももう勝手に動画上げたらダメだよ? と夏妃が言う。
「けど、どうにかしないと。これ以上殺人が繰り返されるのは……」
「とはいってもなあ。鏡花の意見誘導は妨害できるけど、それで殺人がなくなるとは限らないし。下手に匿名エージェントを使うと、鏡花なら特定してきそうなんだよね。雪風、鏡花に気づかれずに、匿名エージェントを使って、鏡花の意見誘導を妨害することのできる可能性は?」
夏妃が雪風に尋ねる。
『6割ほどの可能性かと。マヘルは電子情報戦に特化していると思われます。こちらが匿名エージェントを動員して動かせば、恐らくは動きに気づくでしょう。それが我々かどうかに気づくのは五分五分ということで、可能性としては6割です』
「うーん。ギャンブルだね。せめて、こう、容疑を擦り付けられる相手がいればいいんだけど。日本情報軍なら匿名エージェントを使うまでもなく、情報統制を実施するから、日本情報軍に容疑は擦り付けられないからな」
『マスター。一点いいでしょうか?』
「なになに?」
雪風が申し出るのに、夏妃が尋ねる。
『連続殺人事件の犯人の背後には大井が付いた可能性があります。あの現場から抜け出すには、何ものかの支援が必要だったでしょう。それから犯行現場の写真ですが、明らかに腕力が上がった痕跡があります。これは軍用義肢によるものかと。この国で軍用義肢を民間人に移植できるのは、大井において他ありません』
「大井、か」
夏妃は渋い表情で雪風の告げたことを繰り返した。
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