疲れた頭には糖が効く
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──疲れた頭には糖が効く
凛之助は偽装IDでコンビニでプリンを買うと、それをセーフハウスまで持っていった。これを待ちわびていたのは夏妃だ。
「夏姉、プリンだ」
「おお、ありがとう、リンちゃん!」
夏妃は嬉々としてプリンを受け取る。
「宰司。君の分だ」
「あ、ありがとうございます」
宰司もプリンを受け取る。
「うー! 疲れた頭に糖分が染みるー!」
夏妃はここのところずっとパソコンの前にいる。凛之助たちのためのリアルタイムハックの他に作業があるらしく、熱心にパソコンとキーボードに齧り付いている。
「それで、夏姉、宰司。これからの作戦についてだ。犯人は死亡しなかった。民間警備企業は奴の死体を見つけられなかった。そうだろう、夏姉?」
「そうだね。そして、神奈川県警の捜査ログを見たけど、犯人はまた犯行を始めている。それもリンちゃんたちに挑戦する形で」
夏妃はそう言って画像ファイルを表示した。
そこには『俺は何度でも挑戦を受けてやる』とナイフで刻まれたメッセージが残されていた。明らかな凛之助と宰司へのメッセージだ。
「それから警察はこの事件をテロと断定したよ。海宮市シティビルが爆破テロ警報通りに吹っ飛んじゃあね。アーマードスーツの存在そのものを日本情報軍は隠蔽するつもりみたいだし、とんだとばっちりだね」
夏妃は軽々とそう言ってのけた。
「待ってくれ。この国のシステムはそのテロリストを排除するための仕組みだと聞いていたのだが……」
そうである。生体認証スキャナーも街頭監視カメラも民間警備企業も、全てはテロをこの国から排除するためのものだったのではないか?
「正確に言えば、そういうお題目で作られたシステムだね。実際にテロが減ったのは中央アジアの内戦が激化してから。テロリストたちがテロリストたちの国で争うようになってから。そもそもこの手のテロ対策はローンウルフ型テロリストには効果は薄いってのが示されている。同じシステムを導入したアメリカでは導入後もローンウルフ型テロリストによるテロが起きたし、日本も鏡花がテロを起こしてるし」
結局は国民を監視する口実が欲しかっただけなんだよねと夏妃は言う。
「日本国民はいいように乗せられて、テロ対策として今の状況を受け入れているけれど、これから“テロ”が多発するようになるならば、考えを改めるかもしてれないね」
夏妃が言うことの意味は日本情報軍はカバーストーリーとしてテロをそう簡単には使えないということを意味する。
日本国内でテロが多発することは日本情報軍と民間警備企業が掲げた対テロ政策に間違いがあると認めるようなことなのだから。
「しかし、現状我々はテロリストに認定されてしまっているのだろう? そう簡単に外を歩けなくなるのではないか?」
「大丈夫。みんな生体認証スキャナーの絶対性を信じてて、偽装IDの存在なんて疑ってすらいないから。お姉ちゃんがリアルタイムハックしている間は大丈夫だよ」
夏妃は未だに民間警備企業の分析AIをハックし、さらには生体認証スキャナーや街頭監視カメラそのものをハックし、凛之助と宰司が捉えられないようにしている。
雪風の補助があるとは言えど、並大抵の人間にできることではない。
「それよりあのアーマードスーツだよ。これでますます事件にメティスが関わっている可能性が高くなってきたよ」
夏妃はプリンを食べ終えてそう言う。
「メティスってあのメティスですか?」
「そう、メティス・グループ。ビッグシックスの。カナダのトロントに本社があって、北米各地に大規模な全自動食料プラントを持っていて、ナノテクノロジーで初の体内循環型ナノマシンを生み出した、あのメティスね」
世界初の医療目的のナノマシンの利用の成功は別のビッグシックスだけどと夏妃は付け加えた。
「でも、もう心配はしなくていいんじゃないですか? 凛之助さんから聞きましたよ。操縦者はアリスさんが倒したって」
「そうじゃないっぽいんだよねえ」
夏妃はそう言ってキーボードを叩く。
「これ、民間警備企業の捜査ログを盗み出したんだけど、操縦者は4日前から行方不明の男性で3日前に死亡していたって。つまりあれを動かしていたのは死人ってことになる。可能性として考えられるのは私が指揮官機だと思った機体もゴースト機だったか」
夏妃はうーんと唸る。
「死体を操るものがいる。忌まわしい術を使う人間がいる」
そこで凛之助が声を上げた。
「死者の眠りを妨げ、その尊厳を冒涜する忌まわしきものがいる。死霊術師。最悪の存在だ。この世で考え得る限り子の死霊術師という人種以上に忌まわしき存在は存在しない。連中に比べれば、日本情報軍ですら聖人に見えるだろう」
凛之助は確かな怒りを込めてそう語った。
「……前に何かあったの?」
「以前、連中を相手にしたことがある。奴らは死体という死体に爆薬を巻きつけて突撃させてきた。子供の死体も、夫婦の死体も、同族の死すらも使い、奴らは目的を達しようとした。眠るべき死者の尊厳を踏みにじった。奴らは狂人だ。今回のようなことですら余裕でするだろう」
「それだけじゃない、でしょ?」
「ああ。実を言えばその時に私の友人とも言えた部下も死霊術師に殺され、死体爆弾にされた私には攻撃できないだろうと踏んだらしい。やってくれるものだ。確かに私は友を殺すのを、友の死体を破壊するのを躊躇った。だが、最終的には破壊した」
凛之助はそう言って沈黙した。
「辛かったね」
夏妃はポンと凛之助の頭を撫でた。
「私は恐れてもいる。もし夏姉や宰司が死体爆弾として使われたら、と。いつか相手も思い浮かぶはずだ。死霊術師のような卑しく、狂った人間は容易に死者を最大限に利用する方法を思い浮かべるだろう。狂気の発想として」
凛之助にとって死霊術師は忌まわしい敵だった。
勇者の中にその手の能力に目覚めるものがいないわけではない。勇者だからと言って光り輝く剣を持って魔王に正面から勝負を挑んでくる人間ばかりではないことは、既に大河などが証明している。
やはり、卑怯者が勝利し、誠実なものは敗北する世界なのだ。
「大丈夫! 今、メティス本社のハックを試みているから。アーマードスーツの出どころも、何体のアーマードスーツが持ち込まれたかも、鏡花の情報も手に入るはずだから。だから、安心して。鏡花は私が捕まえて見せる」
夏妃はサムズアップして力強くそう言った。モニターの映った雪風のアバターも同じようにサムズアップしている。
「え? 夏妃さん、もしかしてビッグシックスのコンピューターに攻撃を仕掛けるつもりなんですか?」
「そうだよ。勝算がないわけじゃないし」
そうだよね、雪風? と夏妃が尋ねる。
『はい。勝算は7割ほどかと。北米情報保全協定の防壁は突破できます。恐らくはメティスの内部に入り込むのもそう難しいことではないでしょう。日本支社というセキュリティホールからマスターが改良した軍用ワームを流し込めば、メインフレームにアクセスできるようになるはずです』
「す、凄い……」
宰司は衝撃を受けていた。ビッグシックスという巨大企業を攻撃するのだ。ビッグシックスをハックするなど宰司には思い浮かばなかった。
「夏姉は電子の女神だからな。やってくれるはずだ」
凛之助はそう言った。
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