死体の謎
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──死体の謎
日本情報軍はアーマードスーツの出どころと操縦者について調べていた。
操縦者についてはすぐに分かった。
だが、それは事態を混乱させるだけだった。
操縦者は死後3日が経過した死体で、行方不明になっていた人物だったのだ。
34歳の会社員。4日前から行方不明。
殺害されたような痕跡はなく、心臓麻痺で死亡していた。少なくとも検死解剖とナノマシンのメディカルログでは、そのようになっていた。
だが、3日前に心臓麻痺で死んだ人間がどうやって、アーマードスーツを操縦し、あれだけの騒動を起こしたというのだ? 事前に爆弾テロの警告が出ていたから、日本情報軍としては情報の隠匿をする必要こそなかったものの、敵はアーマードスーツで暴れまわり、爆弾ドローンを飛ばし、日本情報軍の将校1名が犠牲になったのだ。
あれだけのことを起こすには死人には不可能だ。
「アーマードスーツの出どころが分からない?」
「はい、大佐。アーマードスーツの出どころは不明です。製造された場所も、最終使用者証明がどうなってるかも不明です」
「そんな馬鹿な。製造ナンバーを調べればそれぐらいのことは分かるだろう」
「製造ナンバーは架空のものでした。製造メーカーのアトランティス・ランドシステムズに問い合わせても、そんな製造番号のヴィルトカッツェは製造していないと。何者かが、製造ナンバーを書き換えたか、アトランティス・ランドシステムズが虚偽の報告をしているかです」
「相手はビッグシックスか……。アトランティスの息のかかった勇者がいないとも限らないな。アトランティスの日本支社について、連中のアーマードスーツについて調査を進めろ。いかなる手段での情報収集も認める」
この時点で土佐大佐はミスを犯していた。いや、日本情報軍情報保安部もミスを犯していた。彼らはアーマードスーツの製造ナンバーが偽装された可能性について考えていなかったのだ。
無理もない。国際的な武器輸出入の厳格化が決まり、武器製造者は銃と同じように戦車やアーマードスーツにも国際的な規格である追跡IDを登録しなければならなくなっていた。武器が独裁者やテロリストの手に渡るのを阻止するためだった。
いわゆる、兵器産業におけるデューディリジェンス。非人道的な行為の行われている紛争地帯や国家に対して武器を売るのは企業の価値を貶めた。
そのID制度は絶対的で、揺るぎないものだと誰もが思っていた。偽装したり、書き換えたりするのは製造メーカーにしかできないと思っていた。
だが、彼らは考えていなかった。同じビッグシックスが書き換えに挑めば、それが成功するのかどうかについて。絶対に不可能で、不変的と思われていたID書き換えが、同じビッグシックスならば可能なのではないかという可能性について。
可能だったのだ。
世界で3位のスパコンを有するメティスは自社の傘下企業であるベータ・セキュリティの保有しているアーマードスーツのIDを書き換えた。そして、それを穀物輸送船に紛らわせて入港させ、密かに日本国内にアーマードスーツを持ち込んだ。
もし、書き換えの事実に気づいていたとしてもヴィルトカッツェは欧州の多くの国々で採用されている。どこから漏洩したか特定するのは、恐ろしく時間のかかることだろう。だが、書き換えを疑わないよりもマシであったはずだ。
「アリス。君は敵のアーマードスーツと交戦している。何か不信な動きはみられなかったか? 我々は全機が自律型致死性兵器システム規制条約違反のゴースト機であった可能性も考えている」
「いえ。あれは人間に間違いなく指揮されていました。全機がゴースト機であったならば、もっと動きはぎこちなく、反応速度も遅かったはずです。ゴースト機は指揮官機があることが前提の機体なのでそこまで高度なAIは搭載されていないはずです」
アリスの言う通りだった。
ゴースト機のAIはアリスたちのように賢くはない。あくまで自動撤退と一時的な自律モードがあるだけに過ぎない。組織的な戦闘を行うには人間による状況判断とそれを補佐する指揮官機のAIが不可欠であった。
指揮官機のAIも脅威の接近や自動反撃の可否を問うだけで、あくまで指揮を執るのは人間だった。あまりAIに頼る比重が高すぎると自律型致死性兵器システム規制条約に接触する可能性があったのである。
いくら引き金を引くのが人間であるという条件こそ満たせばいいものの、本当に引き金を引くことだけが人間の役割だったとすれば、それは重大な責任問題を招きかねない。攻撃ドローンが民間人を巻き込む誤射が発生したとき、照準から兵装の選択、攻撃命令の助言まで行った場合、本当に責任を取るのは引き金を引いた兵士か?
そこまでAIが指示を出してしまった場合、ドローンの製造者の責任も問われるのではないか? あるいはドローンの導入を決定した軍の装備調達を担当する部門の責任まで問われるのではないか?
そこまで責任が拡大するのは困るし、自律型致死性兵器システム規制条約が強化されるようなことがあっても困る。
だから、ヴィルトカッツェの製造者であるアトランティス・ランドシステムズ──アトランティス・グループという名のビッグシックスの傘下企業──は、ゴースト機における自律モードに制限をかけた。
だから、あの場にいたヴィルトカッツェが全てゴースト機であったという可能性は低い。全てゴースト機であったならば、あの海宮市シティビルで起きたような戦闘は起こり得ない。少なくともアーマードスーツは人間に指揮されていた。
「だが、操縦席にいたのは死体だった」
「ええ。それが勇者としての能力の可能性は?」
「ふむ。ありえるな」
死体を操る能力が存在するのではないか。
勇者としての固有能力は強力なものだ。アリスの“永劫に続く悪意”といい、“誰かを守る力”といい、“何者でもない”といい、常識外れの力を持っている。
であるならば、存在の不確かな何者かが、死体を操る能力があっても間違いないのではないか? そして、その予想は当たっていた。アーマードスーツでアリスと凛之助たちを強襲した鏡花の固有能力は“死者のダンス”という死体を操ることである。
「しかし、まだその固有能力の持ち主の正体も明らかではなく、アーマードスーツの出どころも不明。これでは戦争ができるものではない。少しでも早くアーマードスーツの出どころと死体の調達方法について探らなければ」
「心臓麻痺という死因は事実ですか?」
「確実だ。ナノマシンのメディカルログがそう示している。それに心臓疾患こそなかったものの、血圧は高いというメディカルログも残されている。ナノマシンの医療機能を超えた健康状態の悪化だったらしい。職業はシステムエンジニアでトラブルが多発していた大手金融機関の仕事で睡眠も不足していたそうだ」
日本からブラックな職場はなくなっていなかった。インドからのエンジニアなどの招致などもしたものの、システムエンジニアやプログラマーは不足していた。労働人口の減少というツケを支払わされていたのだ。国民をいくら増やしても、彼らをきちんと教育しなければ専門的な仕事はできず、そして教育を施しても、労働環境が悪いならばすぐに人は転職してしまう時代だった。
その大手金融機関は昔からトラブルが多いと有名な銀行で、その仕事を避ける人間は多く、運悪く仕事を引き受けてしまったその男性はまさにスパゲティになったコードを解読し、トラブルを修復しなければならななかった。
そのストレスはとても大きなものだっただろう。
普通、30代という若さで、体内循環型ナノマシンを体に入れている人間が心臓麻痺を起こして死ぬことはない。だが、大きなストレスと不規則な生活が何日も続けば、いくらナノマシンでもリスクを押さえられない可能性はあった。
「そうであれば、勇者のひとりはどうやって死体を調達したか、です」
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