情報テロリスト
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──情報テロリスト
京極鏡花はVRヘッドセットを外した。
「ちっ。やるなあ、夏妃ちゃん。いや、凄いのはあの子か? どう考えても人間離れした動きをしていた。軍用義肢でも使っているのかね。とは言え、あの子を操って勝利まで導いたのは間違いなく、夏妃ちゃんだ」
まあ、車の自動運転機能をハックするわ、宅配ドローンをハックするわ、アーマードスーツ7体に対して徹底的にやってくれたじゃないかと鏡花はため息を吐く。
「夏妃ちゃんが今もこっち側にいてくれたらよかったんだけどねえ。夏妃ちゃんはこっちには来てくれなかった。私のことを理解してくれなかった。破棄するべきこの世界の仕組みを理解してくれなかった」
夏妃と鏡花は同じ反日本情報軍活動である“日本情報解放運動”のメンバーだった。当初彼女たちがやっていたのは日本情報軍による情報統制への反発だった。
2030年の新宿駅爆破テロ事件以降、日本という国のシステムは変わってしまった。
日本情報軍による情報統制。国民総監視社会。民間警備企業という営利的な法執行機関なんてろくでなしの台頭。
自由はあまりにも制限された。
かつての自由を取り戻すために立ち上がったのが、鏡花たちだった。
彼女たちは日本情報軍の不正を暴き立て、今思えばテロ行為というにはあまりにも些細なネットでの抵抗運動を行った。日本情報軍を糾弾する記事を拡散させ、匿名エージェントを使って掲示板の書き込みを誘導したり、生体認証スキャナーや街頭監視カメラを電子的に攻撃したりした。
鏡花と夏妃の相性は抜群だった。鏡花はサイバーセキュリティに関する論文で修士号を獲得していたし、夏妃は自己学習型AIの論文で学士号を獲得していた。ナノセカンドで状況判断ができる自己学習型AIにサイバーセキュリティを破らせる技を覚えさせれば、誰にも止められない究極のアイスブレイカーの誕生だ。
もちろん、現実はそこまで甘くはなかった。
彼女たちは民間警備企業のサーバー程度ならば軽くハックできたが、日本情報軍の軍用防壁となると手に負えなかった。多層性の量子暗号防壁など、スパコンがいくらあっても地球が終わるまでに解析できるはずがない。
それでも彼女たちは懸命に日本情報軍や民間警備企業の不正を暴き立て続けた。鏡花は危うく捕まりそうになったことすらある。
そんな危険を共にしあった仲だからこそ、相手を信頼し合っていた。
鏡花は夏妃に一家離散した話をしたし、夏妃も女でひとつで弟を育てている話しをしていた。お互いのプライベートまで知り合っている仲だった。
鏡花の有する自己学習型AIの元になる理論を提供してくれたのも夏妃だった。お互いの趣味嗜好も似ており、同じ作家のSF小説からAIの名前をつけていた。鏡花の有する自己学習型AIの名前はマヘル。
ふたりは必死に日本情報軍の支配に抵抗しようとした。だが、お遊び程度の抵抗運動では世界は変わりはしなかった。日本情報軍は電子情報軍団の規模を拡大し、鏡花たちのような情報テロリストに対する統合特殊任務部隊を立ち上げた。
鏡花たちは次第に追い込まれ、活動は低調なものになった。
そこで鏡花は思い切った行動に出た。
情報セキュリティ企業のサーバーがあるビルを爆破したのだ。
宅配AIに爆発物を輸送させ、ビルごとサーバーを吹き飛ばした。
それが鏡花と夏妃の関係性を終わらせるものだった。
夏妃はもう鏡花にはついていけないと運動を抜けた。多くのメンバーが運動から抜けていった。彼らはネット上で誰も傷つかない形で日本情報軍とその仲間たちによる情報統制に抵抗することは良しとしても、爆破テロなんてのは聞いていないと言った。
それでも鏡花は活動を続けた。
たったひとりになろうとも、この戦いは続けなければならないと思ったのだ。
彼女は生体認証スキャナーを爆破し、民間警備企業のサイバーセキュリティ担当者の乗った自動車の自動運転をハックして事故死させ、そういう人が死に、傷つく攻撃を繰り返した。鏡花は次第に攻撃をエスカレートさせていった。
だが、日本情報軍とビッグシックスの支配はそれでも揺るがなかった。
鏡花も次第に諦め気味になり、最後のテロのために準備をするべく、カナダに向かおうとしていた。カナダにいるアングラハッカーから強力な軍用ワームを譲ってもらうためだった。そのアングラハッカーは国家安全保障局が全ての電子通信を傍受していていると思っており、アナログな方法でしか鏡花と連絡していなかった。
だから、鏡花はカナダに向かうことになった。
そして羽田国際空港に向かった時、鏡花の手の甲に刻印が浮き出た。
鏡花はそれを病気かと思ったが、痛みもかゆみもなかったために放置して、カナダのトロントに向かった。
アングラハッカーとのやり取りは簡単に終わった。国家安全保障局のスパイではないことを証明しなければならなかったが、鏡花があのマリア・テレジアという情報テロリストであることを証明すると、アングラハッカーは途端に協力的になった。
そして、帰りのタクシーに乗った時だ。
突然、タクシーの前後を黒塗りのSUVに挟まれ、そこから黒いスーツの男たちが降りて来た。タクシーに乗っていた鏡花は日本情報軍がカナダの情報機関に連絡したのかと背筋がぞっとするのを感じていた。
「ミズ・京極。ご同行願います」
黒いスーツの男たちは懐を膨らませていた。銃を持っている。
「オーケー。降参だ」
鏡花はタクシーを降り、SUVに身柄を移され、トロント市街を駆け抜けていった。
そして、行きついた先はカナダの情報機関ではなく、メティス・グループの本社ビルだった。そこの地下駐車場にSUVは停車し、鏡花は本社ビルの中に案内されて行った。
鏡花は流石にメティスに恨まれることはしてないぞと焦っていた。彼女は外国企業も攻撃したが、攻撃したのは情報関係企業だけだ。メティスは食料生産、医療、ナノテクノロジーでのし上がってきた企業である。
そして、鏡花は黒いスーツの男たちに促されるままに会議室のひとつに通され、そこに閉じ込められた。電波が出入りできないファラデーケージ構造の会議室で、鏡花にできることはなにもなかった。
そして、暫くして会議室に人が入ってきた。
死人のような真っ白な肌と不気味な目をした女だった。死人のように虚ろであるし、狂人のように気味が悪い目をしていた。
「こんにちは、京極鏡花さん。私はヘレナ・J・カーウィン。メティス・グループのCEOの立場にあるものです」
女はそう自己紹介した。
「何かのジョーク? それともあたしを騙して情報を得ようって腹?」
鏡花は最初からヘレナの言うことを信じるつもりは欠片もなかった。
確かにメティス・グループののCEOは女性だったはずだが、顔写真は見たことがない。会見に出るのはいつもPR企業のスポークスマンだけで、メティスはまるで正体を隠すように自分たちのトップを明らかにしてこなかった。
それにメティスのCEOが情報テロリストの鏡花に何の用が?
「冗談ではありませんよ、京極鏡花さん。我々はあなたに提案したいのです。とても良い取引を。お互いの利害は一致していると分かってもらえるでしょう」
ヘレナはそう言って不気味に笑った。
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