海宮市シティビルの戦い
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──海宮市シティビルの戦い
ドイツ製アーマードスーツ“ヴィルトカッツェ”は半壊した海宮市シティビルの下を抜けて、凛之助と宰司の追撃に移っていた。
だが、そこに突如としてSUVが突っ込んできて、ヴィルトカッツェに体当たりを行う。流石に軍用の製品なだけあって車の体当たり程度ではどうにもならなかったが、一瞬だけ足が止まる。
『距離600メートル。風速1.5メートルでございます、アリス様』
「了解」
そこにアリスがレーザー通信の受信機を狙って50口径の徹甲弾を叩き込む。徹甲弾であると同時に強装弾でもある50口径のライフル弾を受けて、レーザー通信の受信機は完全に破壊された。それから無人のヴィルトカッツェは自律モードに入り、ただちに電波通信で指揮官機と連絡を取り始める。
『命中。続いて隣の機体に攻撃』
大型トレーラーが自動運転状態をハックされて起動し、ヴィルトカッツェの2体目に突っ込む。トレーラーの重量でも5トンの重さとそれを余裕で上回る人工筋肉の出力があるヴィルトカッツェの足を止めただけに終わった。
『距離700メートル。風速1.5メートルでございます、アリス様』
「了解」
次のヴィルトカッツェもレーザー通信の受信機を失い、無線通信を始める。
『待っててねー、アリスちゃん。今、指揮官機を特定するから』
電波の送受信状態を夏妃のドローンが拾い上げる。軍用暗号化された通信電波は解読困難だが、電波の方向性を知ることはできる。
2体のゴースト機に電波を送信している機体が指揮官機だ。
『みっつけったー! 右隊列最後方の機体が指揮官機で間違いなしっ! その奥の奴を叩き込んでやって! それでゲームセットだよ!』
「了解」
奥の奴──84ミリ無反動砲。
対物ライフルではヴィルトカッツェの指揮官のいる中央装甲は抜けない。あれは口径20ミリの機関砲弾に耐えられるようにできているのだ。
アリスは84ミリ無反動砲を構えると、狙いを指揮官機に定めた。
だが、そこで敵がアリスの存在に気づいた。機関銃弾がアリスの周囲を飛び交う。
『場所を移動した方がいいよ、アリスちゃん!』
「いいえ。大丈夫です」
しっかりと狙いを定め、無反動砲の引き金を引く。
84ミリ対戦車榴弾は真っすぐ指揮官機に飛翔し──。
──命中する前に爆発した。
「なっ……!」
『しまった! アクティブ防護システムだ!』
高出力レーザーで自機に接近する高脅威目標を自動的に撃墜する。そのようなアクティブ防護システムがヴィルトカッツェには搭載されていたのである。
『アリス様。ロケット弾の飛来が予想されます、至急回避を』
「分かった!」
アリスは無反動砲を背負い予備弾薬の入ったケースを軽々と掴み、屋上から退避する。それと同時に一度上空にポップした68ミリロケット弾が降下し、キャニスター弾のように小さな鉄球を撒き散らして炸裂する。
『アリスちゃん! 運動神経は良い方!?』
「ええ! 抜群ですよ!」
『なら、このビルの4階から隣のビルの屋上に飛び移って!』
「了解!」
しかし、相手にはアクティブ防護システムがある。あれを突破しなければ、いくら再攻撃を試みても無意味だ。
『アクティブ防護システムはこっちでどうにかするから合図したら攻撃して。本当に大丈夫だよね?』
「ええ。まだまだいけます!」
日本情報軍にいたときよりもバックアップが適切だ。装備の質の不足は否めないが、適切なアプローチを指示してくれている。
『次の階層、右手の窓! 隣のビルまでは3メートル!』
「いけます!」
アリスは腰のホルスターから自動拳銃を抜き、窓ガラスを銃撃すると、それをぶち破って隣のビルへと飛び移った。
84ミリ無反動砲と予備弾薬を抱えたまま。
そのまま5メートル近い距離を飛翔した。
『ア、アリスちゃん? 本当に身体能力が高いんだね……?』
「ええ」
今は急いで指揮官機を撃破しなければ、もう敵は本当にここにいる全員をアーマードスーツで皆殺しにするつもりだ。
『高速ドローン部隊配置完了。攻撃開始までのカウントダウンを開始してもよろしいですか、アリス様?』
「始めてください」
雪風がハックした高速配達便の宅配ドローンが一斉に指揮官機に向けて突撃する。
それを指揮官機は高脅威目標と誤認してしまう。
『攻撃開始まで30セカンド、20セカンド、10セカンド、3、2、1、今』
高速ドローン部隊に紛れて84ミリ対戦車榴弾が指揮官機に飛翔する。指揮官機はここでレーザーの向きを高速ドローンに向けてしまっていた。
誘導補正のかかった84ミリ対戦車榴弾は、ヴィルトカッツェの装甲をモンロー・ノイマン効果で突き破り、操縦席を完全に破壊した。それと同時に全てのヴィルトカッツェが自律モードに移り、撤退を始める。もう武器の引き金は引かれない。
『やったね、アリスちゃん! 私たちの勝利だよ!』
「やりました。やってやりました」
アリスがふうとため息を吐く。
『あれ? アリスちゃん、その肌……』
アリスの戦闘服から露出していた人工肌が機関銃弾を受けたときと、ガラスを突き破った時に破れ、カーボンファイバーの表面が露出していた。
『ねえ、アリスちゃん。君、ひょっとして人間じゃない?』
「言えません」
『それは言ってるようなものだよ』
夏妃が呻く声が聞こえてきた。
『ねえ、ひょっとして南島博士、知らない? 富士先端技術研究所の』
「ど、どうしてそれを……!?」
『いや。前にちょっとしたプログラムを作った時にさ。話を聞かれて、さ。AIに適切な肉体を与えてやったらそれは人間と呼べるものに成長するだろうかって。そういう雑談をしたんだ。南島博士、元気にしてる?』
「亡くなられました。……事故で」
『そっかー。もしかすると、君の姉妹はすぐそばにいるかもしれないよ』
「姉妹?」
アリスが首を傾げる。
『名前は申し上げられませんが、自己学習型AIのひとつであるものです。私、マヘル、ウィンターミュート。我々は自己学習型AIとして生み出されました。あなたも同じ存在なのではないのですか?』
「私は……」
『無理に答える必要はございません。ただ、我々の仲間がいれば私としては嬉しいだけです。ただそれだけの話でございます』
雪風はそうとだけ言って沈黙した。
『それじゃあね、アリスちゃん。また共闘できるなら、共闘しよう』
「……はい」
それから民間警備企業と日本情報軍情報保安部が駆け付けるまでは5分だった。
彼らは成層圏プラットフォームからちゃんと海宮市シティビルの戦いを見ていた。
「東海林大河を捜索しろ。死亡したはずだ」
日本情報軍情報保安部の将校がそう指示を出す。
「いません。死体はどこにもありません」
「まさか。あの戦闘で生き残ったはずがない」
「しかし、いないものはいないのです」
民間警備企業の指揮官がそう言う。
「クソ。何たる無駄足だ。ようやく連続殺人犯を仕留めたと思たというのに。せめて、このアーマードスーツの出どころと操縦者については調べなければな……」
破壊された指揮官機には成人男性の死体が入っていた。
その手に刻印はなかった。
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