決闘開始
……………………
──決闘開始
夏妃の予想通りだった。
ネット上に海宮市シティビルにて爆破テロ予告が出たという騒ぎになり、民間警備企業が周辺を封鎖するという情報が流れた。
だが、実際にはビルは封鎖されてなどいなかった。
そして、民間警備企業は出動などしておらず、ビルの周囲は人気がさった静かな状態になっていた。周辺の住民もテロの警報を聞いて、逃げ去ったようだ。
「あれだけの情報でこのような状況になるのか」
「みんな、テロを恐れていますから。2030年の新宿駅爆破テロ事件。あれ以降、テロの情報が少しでも出ると市民は逃げ出すようになっていますよ」
「そうか」
凛之助は新宿駅爆破テロ事件について調べたが、犠牲者はなんと1500名に上るものだった。ひとつの駅を数名のテロリストが襲撃しただけでそれほどの犠牲者が出たのだ。この世界にとってもそれは衝撃だったらしく、テロ対策を名目に様々な自由を制限する法律が可決され、国民は熱狂的にそれを支持した。
そして、今の日本情報軍と民間警備企業の台頭に至る。
人々は手放した自由を何とも思っていないのだろうか?
いや、思っているからこそ、夏妃たちは日本情報軍に対して行動したのか。その結果が破局だったとしても。
「テロとは恐ろしいものだな」
「罪もない人たちが無差別に殺される。本当に怖いことです。でも、その恐怖を利用するのはテロリストたちだけではなかったんですね」
今の日本情報軍の横暴なやり方には宰司も怒りを覚えているようだ。
「では、行こう。それからすぐに固有能力の発動を頼む。狙撃手がいると夏姉が言っていた。君の固有能力を頼りにしている」
「了解です。“誰かを守る力”」
凛之助と宰司の周りに薄い黄色の壁が生じる。
「狙撃手はあの建物にいる。何かあれば夏姉か、雪風が教えてくれる」
凛之助は視線だけを狙撃手のいる建物に向けると、そのまま海宮市シティビルに入った。宰司が指定した正面フロアはテナントの入る場所はひとつもなく、受付とエレベーター、そして非常階段があるだけだった。
「ここを指定したのは何か作戦があってのことなのだろうか?」
「いや。ここならそんなに目立たず、それでいて犯人も逃げにくいかなと……」
「ふむ。確かに目立つことはなさそうだ」
周辺には偽のテロ警報が出ていて、テナントの従業員も、周辺住民も逃げ散っている。これで目立つということはあり得ないだろう。
「本当は少しは目撃者がいてほしかったんですよ。犯人が俺たちを狙っている間に、犯人の顔を覚えてくれるような人が。けど、この方がよかったのかな。人質でも取られたら、手に負えないですからね」
「ああ。私も人がいるのに、その人たちを巻き込まずに戦える自信はない。この点は日本情報軍に感謝しなければならないな。その目的が生き残った方を彼らが殺すつもりで準備していたとしても」
凛之助は夏妃からの説明も受けていたし、この戦争のシステムも理解していた。だから、日本情報軍のやろうとしていることは分かる。
勇者同士を殺し合わせ、勝った方を殺す。
暴虐にして残酷であるが、効果的。まさに漁夫の利を得るというものだ。
「犯人、来ますかね」
「私の知り合いは犯人はプライドが高いと分析している。あれだけ挑発されて動かないということはないだろう。犯人は必ず動くはずだ」
央樹の分析では犯人は自尊心が高い人間だということだった。
それをあれだけ動画で煽って、雪風もネットのSNSで匿名エージェントを使って犯人を馬鹿にしまくったのだ。
これで動かなければ犯人は腰抜けのレッテルを貼られる。犯人としてはそれだけは避けたいはずだ。プライドが高いが故に、犯人は動かざるをえないのである。
凛之助は念のためにマナの量を追跡する。
まだ犯人はここを訪れてはいないようだ。
待ち伏せという可能性も考えたが、それもやはり犯人のプライドが許さないのだろう。プライドで殺し続けた犯人だ。今になってそのプライドを投げ捨てることはできない。奴は正面からの戦いに応じる。ただし、自らの姿を隠した上で。
「夏姉の作戦が上手く言ってくれるといいのだが」
「凛之助さん。そのアクションカメラは?」
「ん。これは夏姉の作戦に使うものだ。私には理解できないが……」
凛之助と宰司がそんな会話を交わしていたとき、正面ホールの扉が開く音がした。
「クソガキども。死ぬ準備はできているか? 無様に泣きわめいて命乞いをする準備は? 鼻水ながらしながら内臓を抉られる準備は? 臓物から汚物を垂れ流して、生きたまま解剖される準備は?」
犯人──東海林大河がそう宣言した。
「姿も見せられない割には口だけは達者だな」
「臆病者」
凛之助と宰司がそう言う。
「お前たちだってこういう力を貰ったんだろう? それで俺に勝てると思ったわけだ。だけどな、お前たちみたいなガキが俺に勝てると思うなよ」
そして、声が消えた。
同時に大河の位置が分からなくなる。
「夏姉!」
『了解!』
既にこの海宮市シティビルの正面ホールに省エネモードで待機していたドローンが一斉に動き始める。そして、ドローンは赤い粉をばら撒き始めた。
「なんだこれは!?」
大河の声が響く。
『リンちゃん! カメラで周囲を見渡して! この赤い粉は吸い込んでも無害な食品加工用の染料を細かな粉末にしたものだから息はしても大丈夫!』
「分かった、夏姉」
凛之助がカメラで周囲を探る。
『いた! 4時の方向から3時の方向に移動中! 距離50メートル!』
凛之助は夏妃の指示する方向に向けて魔力の塊を放つ。
染料が舞い散り、魔力の塊が何かにぶつかる音がした。
「ち、畜生! やりやがったな! やりやがったな!」
威力は押さえて放ったが大河には傷を負わせられたらしい。
『リンちゃん! カメラ、カメラ! 私と雪風が犯人の背格好から粉塵の舞い散るパターンを計算しているから、間違いなく犯人の場所は分かるよ! 手に取るようにね!』
そうである。
夏妃と雪風は染料を利用した粉塵を使い、それが舞い散るパターンから大河の動きを予想しているのだ。既に凛之助が過去視した情報から大河の背丈やおおよその体重は分かっている。後はそれに応じた粉塵の舞い散り方をシミュレーションし、それによって大河の居場所を特定するだけだ。
『続いて犯人は6時の方向から宰司君に向けて突撃中! 宰司君!』
「分かりました、夏妃さん!」
宰司は思いっきり結界を強力に張り、それを目に向けて叩きつけるように突き出した。ゴンと激しい衝突音が響き、大河が吹き飛ばされる。
「畜生……。クソガキども……!」
もはや勇者としての固有能力を無力化された大河はただの狂った殺人鬼であるだけだった。勇者である宰司と魔王である凛之助を前にしてはあまりにも無力な存在になり果てていたのであった。
……………………
面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!




