決闘目前
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──決闘目前
凛之助は夏妃とともに最後の確認を行っていた。
「周辺に日本情報軍の戦術級小型ドローンが飛行している。姿は熱光学迷彩で隠しているけれど、周辺に飛行回避命令が出ているからバレバレ。それからこの位置に数日前から狙撃手が待機している。こっちも熱光学迷彩で姿を隠してたけど、この間の雨で姿が把握できた。それからずっと見張っているけど、動きはなし」
第4世代の熱光学迷彩はまだ雨の中だと輪郭が浮かび上がる可能性がある。その弱点を克服した第5世代の熱光学迷彩の開発は既に始まっているが、まだとてもではないが実戦配備できる段階にない。
それでも熱光学迷彩は高度な隠密性を兵士たちに与えた。今や先進国のどの軍隊も熱光学迷彩を導入している。日本情報軍は富士先端技術研究所が開発した超省力化熱光学迷彩を装備しており、戦術級小型ドローンにまで配備できるようになっていた。
省力化したことで、長時間の使用にも耐えられるようになった。太陽光の熱を利用することで最大で168時間の連続使用にも耐えられるようになっている。
だが、一度位置がバレてしまうと待ち伏せには使えない。
日本情報軍の配置した狙撃チームは雨の日に夏妃に捕捉された。
ドローンが雨天でも飛行可能なのは今では当たり前のことだ。雨天、飛行回避命令が出ていたエリアを偵察していた宅配ドローンに偽装した夏妃のドローンは飛行回避命令圏内の狙撃チームが雨で輪郭を晒していたところを捕捉した。
正確に言えば撮影した情報を雪風が解析し、発見した。民間警備企業や警察は熱光学迷彩を装備していないので、その狙撃チームが軍の部隊。そして、状況から鑑みて、日本情報軍の部隊であることは明白だった。
彼らは海宮市シティビルを見張れるビルの屋上に潜み、狙撃銃のスコープとレーザーレンジファインダー付きの双眼鏡をビルに向けていた。
「気を付けて。相手はどんな状況でも狙撃できる。もちろん、私が妨害することもできるけれど、相手はプロの狙撃手として訓練を受けている。狙いを定めれば、必ず命中させてくるはず」
現在の狙撃距離の最大記録はイギリス陸軍の3750メートルだ。
現在では狙撃手養成にもVRトレーニングや、戦闘適応調整を応用したナノマシンが使用されている。そして、実際の狙撃にもドローンと脳内のナノマシンが連動した形での狙撃を実施している。弾が届き、弾が殺傷力を有する距離ならば、狙撃手はどんな距離の相手でも殺せると言われているほどだ。
夏妃の言う通り、高度な訓練を受けている日本情報軍の狙撃手も周辺を飛行するドローンを利用して正確な狙撃を行うだろう。
夏妃たちは気づいていないが、使用される銃弾は徹甲弾タイプの50口径強装弾だ。凛之助の結界には以前、亀裂を生じさせていた威力のあるものである。
「狙撃手というものがどれだけ危険かは理解できている。だが、不意打ちを受けることがなければ、まだ対応できる」
「そうだといいんだけど……」
夏妃は不安そうだった。
それも当然だろう。凛之助はまだこの世界の兵器について詳しくない。84ミリ無反動砲の対戦車榴弾がどれほどの威力を有するかも分かっていない。
もし、相手が携行式対戦車ミサイルを使用したら? もし、相手が戦術級大型ドローンから対戦車ミサイルを飛ばして来たら? それに凛之助は本当に耐えられるのか?
夏妃はこの世界の兵器を知っている。ミリタリーオタクというわけではないが、一般人よりはやや詳しい。夏妃の好きな戦争映画で興味を持ったものについては現実の性能について調べていたからだ。
「夏姉。信頼してくれ。そして、援護を頼む。他に注意するべき点は?」
「現場に避難情報は出てないけど、今の海宮市シティビルのテナントは全ての従業員が退避している。日本情報軍情報保安部が強権を行使したみたいだね。だから、ビルは無人のはず。だけど、入ってはダメという命令は出てない」
「それだとすると、当日周囲に民間人がいる可能性があるのだろうか?」
「日本情報軍は野次馬の存在を好ましく思わないだろうから、何らかの規制はするはずだけど。だけど、彼らはこの状況を好機と捕えているはずだよ。彼らにとっては勇者同士が潰し合い、それに加えて魔王であるリンちゃんまで参加するんだから」
「つまり、野次馬は排除しつつ、私たちは誘い込むと」
「そう。リンちゃんたちが現場に入るまでいろいろな偽情報が流されると思う。テロの警告だとか、民間警備企業による急な取り締まりとか」
情報戦は日本情報軍の専門とするところだからと夏妃は言う。
「コロシアムに獲物が入るのを待ち、勝者に死を与える。恐ろしいほどの暴君の所業だが、理にはかなっている。この戦争はそういうものだ。卑怯者が勝利し、強欲なものが肥え太る。誠実なものは真っ先に死に、欲のないものは奪われる」
そういう戦いを何度も、何度も、何度も凛之助は魔王は経験してきた。
人の欲望は決して尽きない。富ある限り奪い合う。願いが叶うならば、それを巡って殺し合い、騙し合い、奪い合う。これまでの勇者たちもそういう人間が大勢いたことを凛之助は知っている。彼はその世界を去るとき、その世界の一部の記憶が読めるが故に。
魔王を殺すまでは団結していた勇者たちが魔王を倒した途端殺し合う。あるいは魔王を倒す前から裏切りが始まる。
誠実さは愚かさである。そんな世界を何度見たことか。
「お姉ちゃんはね。この戦争は悪趣味だと思うし、こんな戦争に参加する人たちはまともじゃないと思う。けど、宰司君は別だよ? 彼の良心を信じてあげてね? 彼は本当に自分の身を危険にさらしてまで、殺人鬼を止めようとしている」
「ああ。彼の誠実さが報われる。そうなることを望みたい」
宰司はこの醜悪な戦争において今のところ唯一の良心だった。
「誠実さが報われず、卑怯者が勝利する世界など。私はそんな世界を見たくなかったからこそ、あの繰り返される愚かな殺し合いから離れたかったからこそ、この世界への転生を決意したのだ」
「この世界もそんな理想郷じゃないよ。富あるものはより富み、貧しいものはより失っていく。全ては実力と言いたいところだけど、最初のスタートの段階で人生が閉ざされている子供たちが大勢いる。人は争い続け、限りある資源を奪い合う」
夏妃も今の立場を得るまでに苦労を重ねてきた。国公立大学の無償奨学金が受けられるように必死に勉強を重ね続け、両親を失いふたりだけになった家族を支えるために大学中もバイトを頑張った。勉強とバイト、そして不自由な体で倒れそうになったことは一度や二度ではない。
それでも恵まれている方なのだ。
この世界には人生が始まる前から、運命が決まってしまっている大勢の人間がいるのだ。中央アジアでやり取りされる鉱山奴隷や子供兵たち、世界的なエネルギー価値の変動によって紛争と人権弾圧の大地となった中東の女性たち。
世界はかくも醜く、そして愚かである。
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