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犯人のプライド

……………………


 ──犯人のプライド



 “東海林大河”にとって女子供は憎むべき存在だった。


 無力な子供は死ななければならない。それは過去の自分を思い出させる。


 横暴な女は死ななければならない。それは過去の母親を思い出させる。


 大河が殺人を始めたのは、偶然にもこの海宮市からであった。


 都心に近いにもかかわらず、民間警備企業の杜撰な警備体制下にあり、偽装IDの存在はいつまで経っても発覚しない。生体認証スキャナーと街頭監視カメラの数も当初は少なく、殺人はやりやすかった。


 だが、いつからか急に生体認証スキャナーと街頭監視カメラの数が増え始めた。


 殺人はやりにくくなったが、今さら何だというのだ。少しでも多くの女子供を地獄への道連れにしてやると大河は殺人を続けた。今よりもずっとささやかで慎ましく、それでいて絶対的に冷酷に。


 在日米軍の横流し品である軍用ナイフは最初から使っていた。その刃を見るたびに殺人における復讐心の達成と社会的満足感が得られた。


 大河は20歳。整った顔立ちとすらりとした体型をしてる。だが、彼はその己の体が大嫌いだった。それは母親のことを思い出させるからだ。自分の顔立ちに母親の面影を感じるたびに吐き気がした。自分からどぶのような臭いがしている気がしてならなかった。


 ただ、殺人の最中だけは全てを忘れられた。


 無力なガキが死ぬ。それは大河にとって子供時代に母親に逆らえなかった愚かで、無知で、無力な自分を殺すことを連想させた。子供を殺すことはある意味では自傷行為だった。代行的な自殺行為だった。


 横暴な女が死ぬ。それは大河にとって忌まわしい思い出を刻み付けてくれた母親への復讐そのものだった。全ての女性があの女のようになるのかと思うと怒りが湧き起り、殺さずにはいられなかった。


 そして、殺人を続けていた時に右手に刻印が浮かんだ。


 それと同じくして、民間警備企業が大河を一時的に追い詰めた。


 犯行現場から逃げ損ね、警報が鳴ったのだ。大河は重武装の民間警備企業の警備員──そのほとんどが元日本陸海軍の兵士だが──に追い詰められ、彼らが赤外線センサー型の暗視装置で建物の中を探し回るのと命がけの鬼ごっこをしなければならなかった。


 民間警備企業の警備員は大河を活かして捕まえるつもりはなく、手榴弾や機関銃まで装備して大河を包囲網の中へ、中へと追い詰めていった。


 もはや、これまでと大河が思った時、彼はある言葉を呟いた。


「“何者でもない(ミスター・オーエン)”」


 その時、大河が自分の体が透明になったことを知った。


 彼はこれに活路を見出した。


 その固有能力は犯人を追尾不能にするだけの能力を含んでいた。返り血は透過されて水滴となって消え、赤外線センサーにも第4世代の熱光学迷彩以上に検知できず、まして肉眼では判別不可能だった。


 大河はするりと包囲網を抜けだし、逃げおおせた。


 それからはその勇者としての固有能力を駆使して殺人を続けた。


 犯行はより大胆になり、事件の間隔は狭まり、残虐性は増した。


 大河は殺し、殺し、殺し、殺し続けた。まだ民間警備企業や警察の把握していない事件もある。死体が腐敗しても誰も気づかないような殺人が何件もある。


 大河はその鬱屈した過去の自分と決別したのだと初めて感じた。


 今や大河は自由に誰だろうと殺せる。そして、大河を殺せる人間は逆に存在しない。まさに神のような存在だ。そういうものに大河はなったのである。


 大河は満足して殺人を続けていた。


 子供が死ぬ。女性が死ぬ。過去の自分から解放されていく。過去の自分を捨てて、新しい自分になっていく。この神のような力を震える選ばれた存在になっていく。


 彼はマスコミが事件に怯えているのに満足していた。


 今は海宮市でしか殺人は行えていないが、いずれは全国で殺人を繰り広げたいと夢見ながら。今はただ海宮市が居心地がいいので、海宮市で活動を続けていた。


 しかし、事態はそこまで大河に味方しなかった。


 日本情報軍が動いたのだ。


 民間警備企業に日本情報軍情報保安部の将校を送り込んだ日本情報軍が、大河の捜索を始めた。何を間違ったか、自宅に民間警備企業がやってきているというひやりとするような状況にも出くわしていた。


 何が起きている? 何故日本情報軍が?


 大河は疑問に感じると同時にストレスを感じた。


 大河はまた戻りつつある。矮小で、取るに足らない、無力な子供の大河に。


 それだけは許せない。自分は今や自由になったのだ。過去の自分とは決別したのだ。それなのにまたあんな情けない自分に戻ることなど認められるか。大河はそう決意した。


 そして、日本情報軍が動いていようといまいと、殺人を繰り広げた。


 だが、彼は気づいていなかった。自分がじわじわと追い詰められているということに。日本情報軍は包囲網を狭めつつあったのだ。彼らは既に大河の戸籍すら入手し、彼の過去すら知っていた。


 そこに爆弾が投げ込まれた。


 宰司の動画である。


『女子供しか殺せないチキン野郎』


『隠れ続けている臆病者』


『タイマンで勝てないから逃げている』


『自分ならあんなクソ野郎、すぐに始末できる』


『それを証明してやるから7日後にこの住所に来い』


『来なかったら俺の言ったことは全部当りで、犯人は臆病で、クズの卑怯者だ』


 宰司は大河を徹底的に挑発しきった。


 動画は凄まじい速度で拡散していき、ネットのSNSではトレンド1位になっていた。


 大河は怒り狂った。


 自分を今になってもなお馬鹿にする人間がいることに。自分を卑怯者だと罵る奴がいることに。自分が無力だと断言する過去のトラウマに刃を突き立てるガキがいることに。それら全てに彼は怒り狂った。


 彼は勇者としての固有能力を使ってネットカフェに潜り込み、殺した少女の写真をSNSにアップロードする。


 そして、メッセージを添えた。


『挑戦には応えてやる。貴様をズタズタに引き裂いて、ミンチにしてやる』


 この投稿はSNSの運営企業が削除するまで残り続け、宰司の動画と同じく瞬く間に拡散していき、いくら削除されてもどこかで投稿されていた。


『犯人がついに現れるぞ』


『どっちが死ぬんだ?』


『殺人鬼くたばれ』


『絶対に殺人鬼が死ぬべきでしょ』


『ガキの方もウザい』


『↑お前は何ができるの? ん?』


 ネットの書き込みをイライラしながら大河は眺めていた。


 分からないが、いつもは茶化すだけのネットの書き込みがどうにも大河の敵に回っているのだ。テロリストですら賞賛することのあるネットの低俗で、くだらない書き込みが今回に限っては大河のことを正義感を持って非難している。逆張りをする人間もいるが、すぐに論破され、晒し物されている。


 何かがおかしい。何かおかしなことが起きている。


 大河はそう感じながらも、事前に決闘の舞台となる海宮市シティビルを視察した。民間警備企業は意外なことに現場を封鎖していなかったが、ビルのテナントは全て退去し、本物の幽霊ビルになっていた。


「幽霊ビルで幽霊と対決か」


 大河は満足そうに笑った。


……………………

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