その死の衝撃
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──その死の衝撃
宰司はセーフハウスでカップ麺を啜っていた。
セーフハウスでの暮らしは不便ではあるが、これが生き残るためにもっとも適切な方法なのだと自分に言い聞かせている。それに何より、引き篭もることには慣れている。
カップ麺を啜りながらネットニュースを眺める。
情報は大事だ。日本情報軍も連続殺人事件のニュースには報道管制を敷いていなかった。メディアは好き勝手に犯行を分析していたし、偉そうな大学の先生や元警察官僚がプロファイリング染みたことも行っていた。
『では、犯人は過去に性犯罪の経歴がある人物なのでしょうか?』
『そう思われます。この手の連続殺人事件は性的暴行がエスカレートした形でして、自分の歪んだ性的欲求を満たすために犯行を繰り返しているのです。犠牲者が全員女性や子供であるという点も、犯人の歪んだ性的欲求を連想させます』
『それでは、この恐ろしい連続殺人事件を前に警察はどのように捜査を進めていくべきなのでしょうか。ここは元警察──』
警察は民間警備企業に仕事を取られているじゃないか。警察の意見なんて聞いてどうするんだと宰司は思う。
民間警備企業はこの手の番組では取り上げられない。こういう昼間からやっている俗っぽいバラエティの色があるワイドショーには姿を見せることはない。もし、マスコミが民間警備企業をこういう番組で面白半分に批判しようとすれば、テレビ局のトップの首がすげ変わることになるからだ。
ビッグシックスとはかくも強力な権力を握っている。
民間警備企業は常に優しいイメージで報道される。地域住民の心強い味方。どこまでも親切な警備員。行き届いた配慮。そして、市民を守るという強力な意志。
だが、実態は?
民間警備企業は金にならないことはしない。それに彼らの役割は地域住民との交流ではなく、テロの制圧だ。迅速に、重武装の戦力を展開し、第二の新宿駅を防ぐ。それが彼らの役割であった。少なくとも彼らと契約した都道府県や自治体はそう思っている。
だが、民間警備企業は契約の手を広げるためにクリーンで、スマートな企業イメージを広げる。『私たちは市民の皆さんと手を取り合って地域社会に貢献し、あなた方を犯罪から守ります』と。
民間警備企業がその手を広げたことで割を食ったのは宰司が思ったように従来の警察だ。従来の警察は予算を削減され、権力は小さなものとなり、それでいて何かあれば真っ先に叩かれるサンドバッグとなった。
民間警備企業は完全には治安維持を代行しているわけではないというのが注意点だ。今でも警察は空き巣から殺人までの各種捜査を──民間警備企業が参加を認めるならば行っているし、都道府県を跨ぐ犯罪──例えば組織犯罪などには権力を持っている。
だからこそ、何かあれば民間警備企業は警察を盾にして自分たちの身を守るのだ。
『ここで速報です。神奈川県海宮市で連続している殺人事件について新しい情報が入りました。現場の堂島さん、中継をお願いします』
そこで映像が神奈川県警の海宮市中央署に変わった。
『はい。先ほど、神奈川県は海宮市で連続している殺人事件について新しい被害者が出たことを発表しました。現時点で氏名や年齢は明らかにされていませんが、犯行はこれまでのものと同様であったとのことです』
『警察はまたしても犯行を阻止できなかったことについてコメントは?』
『被害が連続していることについては全く以て遺憾であるとのコメントを発表しています。神奈川県海宮市よりお伝えしました』
そこで中継の映像が終わり、スタジオに映像が戻る。
『警察は一体何をやっているんでしょうね。これは戦後最悪の連続殺人事件ではないでしょうか? しかも、被害者はただ殺されたというだけではなく、激しい暴行を受けた末に死亡したと言われています。犯人の残虐性は恐ろしいものです』
『こういうのはですね。やはり、今の無責任な子育てを助長する政府の政策にあると思いますね。何もかも政府が援助するものですから、親は全く責任を持たない。それが今の若い人たちに悪い影響を与えているのではないでしょうか?』
『我々はもっと真剣に子育てと向き合わなければ、いつ自分の息子や娘が怪物にいなってもおかしくはないというわけですね。その通りだと思います』
そしてコマーシャルが差し込まれる。
『ナノマシンでもう老化とは無縁の生活を! 我々はいつまでも若々しいあなた方を応援します。メティス・メディカルのアンチエイジング・ナノマシンは全世界で使用されています。美容だけではなく、内側も若く保つにはナノマシン施術を』
『EVには魂がない──。エンジンの、車の魂の鼓動を聞こう。次世代完全水素燃料自動車“ネクスト・ハイパワー”。その車は人類に刻まれたかつての記憶を呼び覚ます。全国の大井モーター販売店でお会いしましょう』
テレビでは被害者の名前を発表することはほとんどなくなった。
被害者の自宅の前に押し寄せるマスコミの姿は今では完全に途絶えた文化だ。プライバシーの権利。こういうときだけその権利が発動される。街中、生体認証スキャナーと街頭監視カメラだらけなのにと宰司は思う。
だが、凛之助──というよりその姉の夏妃が連絡をくれるはずだった。
夏妃の境遇には正直、宰司もかなり同情していた。ナノマシン・アレルギーの人を見たのは初めてだった。その上、遺伝性身体欠損。彼女は車椅子がなければどこにも行けないのに、今の社会はもう義肢を装着することを前提とした社会になっている。
魔王の力でもどうにもならないらしいと宰司は聞いている。
しかし、夏妃は凄い人だと宰司は尊敬していた。映画やドラマ、アニメ、漫画に出てくるような凄いハッカー。民間警備企業のサーバーをハッキングしたり、総務省のサーバーをハッキングしたり、縦横無尽の戦いぶりだ。正直、宰司は自分がまるで役に立っていないような気がするほどであった。
野次馬根性があるわけではなく、次の犠牲者が明らかになったら、凛之助とともに捜査に赴くことになっていた。また民間警備企業、日本情報軍、警察がいるかもしれない。それでも少しでも犯人に繋がる手がかりが欲しい。
今は連続殺人事件の犯人を叩く。宰司は凛之助とは違って諦めてはいなかった。
他の勇者たちも犯罪を犯してるかもしれない。だが、無防備な女性や子供ばかりを狙った犯罪を繰り返しているのは、この犯人だけだ。
宰司は凛之助と夏妃に頼み込んで、まだ調べ続けるようにした。
正直、凛之助は日本情報軍の勇者や警察の勇者に連続殺人事件の犯人を始末させたいようだったが、それではダメなのだ。宰司は自分がこの力を手にしたのは、こういう時のためだと思っているのだ。
誰かを守る。そのための力。
そこでスマートフォンが鳴った。
『宰司君? 君、通ってた中学校海宮市市立第一中学校だったよね?』
夏妃が何故かそう尋ねてくる。
「そうですけど、どうかしたんですか?」
『……今回の犠牲者の女の子も海宮市市立第一中学校なの』
「そんな」
学校にいい思い出は確かにない。だが、同じ学校の生徒が被害に遭ったと聞いて、宰司は世界がひっくり返ったかのような気持ちを味わった。
「名前は?」
『大島桜花さん。中学3年生。知り合い、じゃないよね……?』
「……知り合いです」
そう、その名前は知っている。
それは宰司をいじめていたグループの中心的人物だったからだ。
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