振るわれる凶刃
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──振るわれる凶刃
彼は獲物を探していた。
だが、同時に自分がじわじわと追い詰められていることにも気づいていた。
自宅は撤収する前に制圧された。民間警備企業がどうやって自分を追ったのかは分からないが、彼らはやり遂げたのだ。そして、どうも日本情報軍が関与しているらしいということも分かってきた。
日本情報軍がテロなどの捜査で動くことは彼も知っているが、今回の事件に日本情報軍が動く要素はあるのかと彼は自分自身で悩む。
だが、日本情報軍が動いているという事実は受け入れなくてはならない。しかし、彼らに応戦し、彼らを殺す? 馬鹿馬鹿しい。その必要は彼にはないのだ。彼は姿を完全に消せる。自由自在に行動できる。
ならば、このまま殺人を続けながら生きていけばいい。
日本情報軍の相手などする必要はないのだ。
彼は獲物を探す。
女子供。なるべくなら美しいものがいい。だが、純粋無垢である必要はない。汚れた女でも構いはしない。全ての女子供は死ぬべきなのだ。そうすることでしか、彼は救われないのである。
今でも思い出す。忌々しい思い出を。
それから逃れるためには殺し続けるしかない。
殺して、殺して、殺して、バラバラに斬り刻んで。
そうすることで彼は救われるのだ。
さあ、殺しを続けよう。
彼は獲物を見つけた。中学生ほどの少女だ。
息のかかりそうな距離まで迫っても、相手は気づかない。早く斬り刻みたい。バラバラにしてやりたいという思いが込み上げてくるのを必死に抑える。今はまだ殺せない。現場を目撃されるわけにはいかないのだ。
少女はファーストフードの店に入っていく。
彼はファーストフードが嫌いだった。子供のころを思い出させるからだ。子供のころの嫌な思い出を思い出させるからだ。それにファーストフードなどジャンクだ。彼は自分のような人間には相応しくないと思っていた。
暫し、ファーストフードの店の前で待つと少女が出てきた。
少女は駅に向けて歩き始める。
「それでさー。ついにあいつVR授業にも出席してないんだって。ウケる。もう人間的に終わってるよね。社会的に死んでるのかな。さっさと死ねばいいのにね」
少女はスマートフォンに向けてそう喋っていた。
こういう人間だ。こういう薄汚れて、腐臭のする女を殺さなければ。
少女をバラバラにした時にどれほどの快楽が湧き起るかを男は考えて、少しばかり身震いした。それは性的な興奮ではない。社会的な達成感とも言える快楽である。自分が成し遂げた偉業とも言えることへの快楽。
少女を尾行し続け、少女が一軒家の前でカギを開けているのを彼は見た。彼はぴったりと少女に引っ付き、一緒に扉を潜る。
「ただいまっと」
少女の声に返事はない。家には誰もいない。
実に好都合だ。
彼は少女が自室に向かうのをつけ、そしてしっかりと在日米軍からの横流し品であるコンバットナイフを握りしめた。
少女が部屋に入り、着替えようとしたところを後ろから押さえつけ、口にダクトテープを貼り、後ろ手に両手を拘束する。少女は必死に抵抗したが無意味だった。彼の方が何倍も力があり、少女をねじ伏せた。
「いいか? これからゆっくりたっぷりと時間をかけて、お前を生きたまま解剖してやる。苦痛を味わえ。屈辱を味わえ。死にゆく感触を味わえ」
彼はコンバットナイフで少女の頬をうっすらと斬ってからそう言った。
それからは血の惨劇であった。
少女の自室のベッドは真っ赤な血に染まり、少女の虚ろな瞳は苦痛の形に歪んでいた。肉片や臓物、汚物が広がり、周囲には異臭が漂っていた。
男は満足げに犯行現場を撮影すると、現場を去った。
その後、少女の両親が帰宅し、事件現場を目撃する。
ただちに民間警備企業が駆け付け、周辺を封鎖する。
「今回も生体認証スキャナーと街頭監視カメラには犯人の姿は記録されていません。現場のホームセキュリティも無反応です。こうもこういうことが続けて起きると、我々としても対処に困りますね」
「それは事件を解決する意欲がないという意味かね?」
「別にそういうわけでは」
日本情報軍情報保安部の将校がじろっと民間警備企業の指揮官を見るのに、民間警備企業の指揮官は肩をすくめた。
「上と話し合って、もっと高度な索敵手段が動員できないか考えてみなければ」
索敵と民間警備企業の指揮官は口走った。彼は元日本陸軍の将校で、退役後にこの民間警備企業に再就職したのである。つまり、銃で撃ち合うのは得意だが、犯罪捜査の専門家ではないということ。
神奈川県が対テロ政策において警察力では対応は困難として民間警備企業に業務委託を行った事実を考えれば、民間警備企業は適切な人材を派遣したと言えるだろう。
彼らがパトカー代わりに使っている軍用四輪駆動車は50口径のライフル弾に耐えるし、機関銃を据え付けることもできる。警察でこのような装備を持っているのはそう多くはないが、民間警備企業はこれが標準装備だ。
警備員たち自身も常にサブコンパクトモデルのカービン銃か、あるいはPDWで武装している。そして、彼らの引き金は警察より遥かに軽いし、そのことを法律は許容している。民間警備企業は法執行権限があるのだ。
日本情報軍が介入している今においても、民間警備企業の権力は民間企業のそれとは思えないほどである。これがビッグシックスと日本政府の妥協した形なのだろう。ビッグシックスは仕事を得たかったし、日本政府は各都道府県や自治体がテロを恐れて民間警備企業に業務委託するのを容認した。
この話で面白くない思いをしているのは警察と日本情報軍情報保安部ぐらいのものである。その日本情報軍情報保安部にしたところで、こうして民間警備企業に介入できるのだから、完全に割を食ったのは警察だけだろう。
警察は優秀な人材を引き抜かれ、形だけの存在になっている。
神奈川県の他にも複数の都道府県でこの手の民間警備企業に対する業務委託は行われており、ビッグシックスの貴重な財源かつ発言力の源となっている。
「索敵手段にドローンは?」
「既にドローンは導入済みです。しかし、どうも調子が悪いのが多いみたいで。例の生体認証スキャナーと街頭監視カメラのサーバーに対する攻撃があった後からですかね。エラーがよく出るようになって」
そう言って民間警備企業の指揮官は空を指さした。そこには戦術級小型ドローンが飛行しているところだった。日本情報軍のもののように第4世代の熱光学迷彩を装備しているわけではないが、地上を熱赤外線センサー0から通常のカメラに至るまでの各種センサーでスキャンして行っている。
「ふむ。ここまでやって効果なし、か」
「お手上げですよ。犯人は凄腕のハッカーか、そうでなければ幽霊そのものです」
民間警備企業の指揮官はそう言ってため息を吐いた。
「大尉。鑑識が到着しました」
「すぐに現場を調べさせろ。前に発見した犯人自宅で採取したDMAや指紋の類がないか、徹底的に調べさせろ。それからホームセキュリティにハッキングの痕跡がないかも同時に調べておけ」
「了解」
そして、また何も見つけなかった。
また少女がひとり死んだ。
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