収穫なし
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──収穫なし
結局、あれからかなりの時間、凛之助と宰司は粘ったが、民間警備企業が離れる様子はなく、さらには建物を狙った狙撃チームの存在まで判明したために、凛之助と宰司は引き上げることになった。
「収穫、なかったですね」
「仕方ない。日本情報軍に先手を打たれてしまった」
だが、日本情報軍の勇者が連続殺人事件の犯人を仕留めてくれるかもしれないと凛之助は宰司に語った。彼らが姿の見えない勇者を殺す準備を進めてるならば、その可能性は皆無ではなかった。
「そうですよね。無理に俺たちがやる必要はないですよね」
「ああ。最後まで生き延びていればいいのだ。日本情報軍の勇者と連続殺人事件の犯人が殺し合えば、間違いなく日本情報軍の勇者が勝つ。正義はなされるだろう。日本情報軍という組織が正義を標榜していなくとも」
日本情報軍という組織は聞けば聞くほど、国を守ることや正義から離れていく気がする。彼らの秘密主義的体質と与えられたあまりにも大きな権限がそうさせているのかもしれない。少なくとも凛之助には一国の軍隊が行うことではないことまで、日本情報軍は行っているように思えていた。
「問題は日本情報軍の勇者と対峙したときに我々は勝てるのかということだ」
「そう言えば、まだ日本情報軍の勇者について聞いてませんでしたけど」
「天沢アリス。固有能力は武器の瞬間的な召喚、と見ている。今まで3度交戦したが、武器以外のものを召喚した様子はない。だが、能力を隠している場合もある。油断しないように相手にしよう」
「ええ。分かりました」
宰司は少し驚きながらも頷いた。
そこでスマートフォンが鳴る。
「もしもし、夏姉?」
『そこに宰司君もいる? いるならスピーカーにして』
「分かった」
凛之助がスピーカーで会話を流す。
『宰司君の能力ってバリアを張るだけ? 他のことに応用できたりしない?』
「ふむ。どうだろうか、宰司君?」
確かに宰司は身を守るための手段としてしか、固有能力を使ってこなかった。他に使い道があるならば、把握しておきたい。敵を知ることも重要だが、味方を知ることもまた重要なことなのである。
「まだそんなに能力試したことはないんですけど、自分の手でならバリアというか結界を動かせる感じです。こんな感じで。“誰かを守る力”」
宰司は一方に結界を展開すると、それを自分の右手で押して相手にぶつけるように動かした。いわゆる盾で殴る。シールドバッシュという状況だ。
「そういう使い方もできるか」
「ええ。あまり使いたくはないんですけど」
「何を言っている。危機に晒されている以上、戦うより他ないんだ」
「そう、ですよね……」
宰司はどこか気落ちした様子だった。
『ねえねえ。バリアの中に相手を閉じ込めて、そのままバリアを小さくして潰しちゃうっていうのは無理なの?』
「夏姉。流石にそれは……」
結界で相手を殴ることすらも躊躇う宰司にそれは過酷すぎるように思われた。
「それは無理です。一度範囲を決めた結界は大きくしたり小さくしたりはできません。試してみたから間違いないと思います」
『そっかー。けど、バリアの中に相手を閉じ込めたら、相手は逃げられない?』
「それは、はい。結界は閉じ込めて、相手の身を拘束します。結界を破壊して出てきたことは一度もありません」
『なるほど、なるほど。となると、戦闘では相手をバリアに閉じ込めつつ、シールドバッシュで殴るというのがよさそうだね。一方的に相手を殴れるよ』
夏妃がそう提案した。
「後は結界がどれだけの攻撃に耐えられるか、だな」
「ですね。今まで相手にしてきたのは拳か鉄パイプ程度でしたけど、それが銃火器になった場合、どこまでやれるのか……」
宰司は不安そうに右手の刻印を見つめた。
『今のところ、銃火器で襲い掛かってくるのが確定しているのは、日本情報軍の勇者であるアリスちゃん。そして、鏡花と公安の捜査官。重武装なのはやっぱりアリスちゃんだろうけど、残りのふたりも油断できる相手じゃないよ』
鏡花は爆薬でビルを吹き飛ばしたし、警察と民間警備企業には重武装の特殊作戦部隊が存在するしと夏妃は付け加える。
「厄介な相手が多いな。どうしたものか」
「凛之助さんの言う通り、やるしかないですよ。戦争が終結するまで隠れ潜むことはできるかもしれません。だが、いつか敵は自分たちを見つけ出して、攻めてくる。最後まで生き残った勇者が最悪の勇者かもしれません」
「そうだな。やるしかない」
何を迷っている。しっかりしろ。この戦争に敗北するということは夏妃を悲しませることになるのだぞと凛之助は気合を入れた。
「今できることは?」
『連続殺人事件の犯人を追うか、アリスちゃんをもう一度襲撃するか、あるいは公安の百鬼直樹って人を襲うか。鏡花は完全に行方不明。どれだけ情報を参照しても影も形も出て来ない。もしかして、連続殺人事件の犯人って鏡花……。いや、彼女はテロリストだけど、選んで殺すタイプだ』
「選んで殺す、か。確かに今回の事件と鏡花という人物のイメージは合わない」
『お姉ちゃんとしては連続殺人事件の犯人を捕まえてほしいけど、そっちはもう日本情報軍に任せた方がいいかもね。迂闊に近づくと、アリスちゃんとその犯人を同時に敵に回すことになるかもしれない』
「そうだな。もっとも許せない敵だが、同時にそのことで多くの勇者を敵に回している。犯人が自滅するのも時間の問題だろう」
連続殺人事件の犯人はその危険性と勇者であることを隠そうともしない姿勢から、既に日本情報軍、民間警備企業、そして神奈川県警を敵に回している。いくら犯人が姿を隠せるとしても、犯人の発覚までにはそう時間はかかるまい。
発覚すれば犯人は日本情報軍の勇者であるアリスと警察の勇者である直樹を敵として戦う羽目になる。ひとりの危険な勇者を潰すのに複数の勇者が共闘するのは凛之助も考えたことはなかったが、今回はそれが実現しそうだ。
そもそも勇者として選ばれた人間に殺人鬼とテロリストが含まれている時点で今回の戦争は何かがおかしい。勇者としての刻印を奪った? いや、それほどの知識が彼らにあるだろうかと凛之助は思う。
この世界に魔法はない。本来ならば魔王と勇者の関係を知る術もない。
事実、宰司はそのようなことを知らなかったし、恐らくは連続殺人事件の犯人もそのことを知らないだろう。
だが、日本情報軍は知っているし、直樹と鏡花も知っている可能性が高い。
彼らはどこで情報を手に入れたというのだ?
凛之助は少し悩んだが、何かしらの情報ソースがあることが分かったとして、今の戦況を有利にしたり、不利にしたりすることは難しいだろうと考える。
だが、由来を知ることができれば、元凶が分かる。
誰だ? 何者だ? 誰が魔王と勇者の関係をこの世界に伝えた?
「雪風。まだ有意な情報は見つからないか。魔王と勇者について」
『メティス・グループにあったデータだけです』
「そうか」
誰であれ、この世界に事実を伝えた人間を凛之助は恨むだろう。
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