連続猟奇殺人事件について
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──連続猟奇殺人事件について
日本情報軍情報保安部はまたしても犯行が防げず、かつ犯人を取り逃したことに怒っていた。本来ならば日本国という名の監獄の中で、このような事件が連続して発生するなど許されたないというのに。
きっと問われる。誰の責任か? と。
その時日本情報軍情報保安部は民間警備企業の責任にできるようにアリバイを作っておかなければならなかった。自分たちは最善を尽くしていたが、民間警備企業と神奈川県警の無能によって台無しにされたと言えるように。
日本情報軍情報保安部は権力を握っている。だが、責任を追及されないわけではない。日本情報軍情報保安部を直接運用する日本情報軍情報保安部本部長と日本情報軍情報保安部を監督する日本情報軍情報保安委員会は互いを監視し合い、日本情報軍内で日本情報軍情報保安部が権力をより以上に握らないようにしている。
日本情報軍にとっても、日本情報軍情報保安部は脅威なのだ。彼らが私利私欲のために情報を濫用し始めたら、健全な情報収集活動は行えない。ジェームズ・アングルトンの支配する世界になってしまう。
だから、日本情報軍情報保安委員会が軍内部に設置され、中将ひとりを委員長に極秘に集められた委員会のメンバーが日本情報軍情報保安部の活動を監視する。
権力とは鎖につないでおかないと、誰にでも噛みつく手に負えない犬になる。
既に日本情報軍がそうであったとしても、ある意味では日本情報軍情報保安部がそうであったとしても、日本情報軍にとっては健全な情報収集活動ができればそれでいいのである。彼らは日本情報軍のために尽くしている限り、文句は言わない。
だが、任務失敗の責任は当然問われる。
だれに責任があったのか?
クラウン作戦は極秘作戦だが、少なくとも土佐大佐は現場責任者として責任を問われる。もしかすると詳細不明な日本情報軍少将も責任を問われるかもしれない。
そして、日本情報軍情報保安部もまた責任を問われる立場にある。
彼らは連続猟奇殺人事件について調べるように命令されていた。民間警備企業と神奈川県警を監督し、捜査を行えと。それが失敗すれば日本情報軍情報保安委員会は日本情報軍情報保安部の責任を問うだろう。
あの日本情報軍情報保安部本部長も将官だが、責任を問われればただでは済まない。
しかし、今のところ、捜査は手詰まりだった。
犯人は全く足取りを掴ませない。第4世代の熱光学迷彩を使用しているとしても、何かしらの痕跡は残るはずなのだ。それがまるでない。髪の毛一本も落ちていないし、足跡ひとつ残っていない。
生体認証スキャナーと街頭監視カメラは依然として役立たず。完璧であるはずの国民総監視社会にデカい穴が開いたかのようだった。
「つまり、追跡に使える情報は全くないと?」
「その通りだ。またしても民間警備企業のサーバーが攻撃を受けたのが痛い」
バックアップを終え、行動可能になったアリスが日本情報軍情報保安部の将校に尋ねると、将校は不満そうな表情でそう答えた。
民間警備企業の生体認証スキャナーと街頭監視カメラのサーバーはまたしてもワームによる攻撃を受けた。既に日本情報軍電子情報軍団から専門家が派遣され、セキュリティホールを塞いだはずなのに、である。
ワームは以前使用されたものをさらにアップグレードしたもの。電子情報軍団の専門家たちはアジアの戦争中に大陸で猛威を振るった軍用ワームだと分析している。それを何者かが元にして、改良し、再び投入したと見ている。
暴れまわる軍用ワームを捕えるのも一苦労だが、それを改良するとなるとさらに困難だ。だが、その何者かはやってのけた。高度な電子情報戦の専門家がいるだろうと電子情報軍団は分析していた。
日本情報軍情報保安部はアングラハッカーを手当たり次第に挙げていっている。それしか方法はないとでもいうように。確かに今回は連続殺人事件の発生と民間警備企業への電子攻撃はほぼ同時に起きている。関係性が全くないとは思えない。
実際は全く関係ないことなのだが、日本情報軍情報保安部は関係性を見出していた。これが彼らの過ち。日本情報軍情報保安部は魔王である凛之助と連続殺人事件の犯人を別人だと考えている。だから、高度な電子攻撃が行われたときに夏妃を疑わない材料ができてしまった。
夏妃は幸運に恵まれたということだ。
日本情報軍情報保安部はあらゆることを調べているくせに、夏妃がただの在宅プログラマーであるという印象から抜け出せていなかった。確かに部屋にあったパソコンはそこまでスペックがあるものではなかったが、彼らは夏妃が密かに富士先端技術研究所のスパコン“大和”を使用していることを知らなかった。
富士先端技術研究所のサイバーセキュリティコンサルタントが夏妃であることに気づいていれば、両者を結びつけられたかもしれなかったのだが。
「捜査はどのような方針で進められるおつもりで?」
「ローラー作戦が進行中だ。過去に前科のある性犯罪者を片っ端から取り調べている。アナリストは犯人には過去に性犯罪の前科があると断定している。我々もそれにならって行動している」
日本情報軍情報保安部のアナリストたちは今回の連続猟奇殺人事件について、犯人には性犯罪の前科があると見ていた。このような暴力的な行為に及ぶ前に、軽い性犯罪を起こしている可能性は極めて高いと見ていた。
性犯罪の前科がある人間はいくら偽装IDを使っても体内に埋め込まれたナノマシンが位置情報を送信するので、意味がない。だが、今回のローラー作戦の結果、今のところ前科のある人間で現場周辺に近づいた人間はいなかった。
民間警備企業はさらに範囲を拡大し、未解決の性犯罪についての捜査を進め、その犯行と今回の犯行に関係性がないかを調べていた。未解決事件の解決が急がれ、日本情報軍情報保安部と民間警備企業は持てるリソースを総動員していた。
しかし、彼らの捜査にはとんと進捗がない。
日本情報軍情報保安部も、民間警備企業も、神奈川県警も焦っていた。このうち誰かが無能の烙印を押されることになるのだから。
「犯人が性犯罪とは無関係とは考えられませんか?」
「君は日本情報軍情報保安部の出した分析結果を疑うのかね?」
「確かに可能性としてはあるでしょう。ですが、そればかり見つめていたら、もし違った場合、致命的なことになります。分かっている事実は以上です。敵は偽装IDを入手できるぐらいアングラ界隈に詳しい。犯人は難の痕跡も残さない。そう考えると、犯人は組織犯罪者と繋がりがあったと考えるべきではないでしょうか?」
「ふむ。確かに一理あるな」
アリスの分析結果に日本情報軍情報保安部の将校が唸る。
「ローラー作戦に組織犯罪も付け加えよう。単純な犯罪組織から未だに死に絶えていない政治的な犯罪組織についても調査を実行する」
未だに死に絶えていない政治的犯罪組織。日本情報軍がカラスの色を決める世界では、この手の犯罪組織はいくつも生じるものだ。夏妃が所属していた日本情報解放運動のような緩やかなものから、非合法と合法のすれすれを歩いている政治団体まで。
「我々は残されたものを追います」
「犯人は何も残していない」
「そうです。あまりにも何も残していない。森の中に木が生えていない。それを追うのですよ」
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