宰司の捜索
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──宰司の捜索
『坂上宰司は行方不明です。昨日出ていったきり、自宅には戻っていません』
「了解した。引き続き、監視を継続せよ」
神奈川県警に出向中の日本情報軍情報保安部の大佐にそう連絡が入る。
「私です。坂上宰司の行方は不明。可能性とすると例の民間警備企業の二度目のサーバーダウンが要因かと。はい。その通りです。引き続き経過の監視を続けていきます。はい。万全の注意を払った上で」
日本情報軍は全体的に緊迫感があった。
まるで日本で内戦をしているかのような緊迫感が。
『坂上宰司は喫緊の情勢から見て、敵対者の庇護下に入ったと思われる。情勢を注視しつつ、坂上宰司の排除に向けて動きたまえ。彼が日本国の法に触れていなかろうと、我々には坂上宰司の排除が求められている』
「畏まりました、閣下」
そして、日本情報軍から土佐大佐に命令が下る。
「坂上宰司の追跡は?」
「断絶しています。先ほどの大規模な民間警備企業へのサイバー攻撃で再び生体認証スキャナーと街頭監視カメラのサーバーがダウン。日本情報軍情報保安部が監督していますが、復旧には72時間ほどの見通し」
「人的情報取集は?」
「日本情報軍情報保安部が実施中。現在、現住所にて両親に聞き込み中です」
「それを待つしかないか」
アリスはバックアップ作成中。動ける駒は限られている。
だが、この作戦を監督する日本情報軍少将はだからと言って、受け身のままにいることに納得しないだろう。民間警備企業にとって日本情報軍情報保安部が政治将校であるように、日本情報軍第401統合特殊任務部隊にとっては日本情報軍少将が政治将校的な役割を果たしているのである。
相互監視世の中にあって、日本情報軍情報保安部にだけ見張られてる日本情報軍の将官たち。彼らもまた見張られている。
だが、彼らには特権がある。見張られているようで、その監視が甘いという特権が。
何度も言った通り日本情報軍情報保安部は同じ軍を見張る存在として発足した防諜組織だ。それゆえに誰もかれも見張らなければならない。
だが、日本情報軍情報保安部のことを知り、かつクルーガー・ローウェル式忠誠度テストとネテスハイム方式脳神経の直接のダウンロードに耐え、かつそれらに問題のなかった日本情報軍の将官は日本情報軍情報保安部の見張りを緩やかにさせられていた。
少なくともクルーガー・ローウェル式忠誠度テストに合格し、ネテスハイム方式のニューロン発火を確実に捕えるテストに合格したならば、その忠誠度は疑う必要もないという具合である。
もちろん、それでも疑り深く偏執病を患った日本情報軍情報保安部がそう簡単に監視を諦めることはないが、僅かばかり監視が緩められるのも事実だ。
このテストが受けられるというよりも受けることを義務付けられているのは日本情報軍の将官たちだけだ。他はクルーガー・ローウェル式忠誠度テストを受けさせられるとしても、ネテスハイム式意識のダウンロードは行われない。
日本情報軍には何十万という兵力があり、それらをいちいち調べている時間的、人的余裕なないのである。
入隊の際にもクルーガー・ローウェル式忠誠度テストは行われる。各種ストレス下での脳の動きも調査される。どういう状況で嘘を吐き、どういう状況で精神的安定を保たれるかが調べられる。当然ながらそれはネテスハイム式意識のダウンロードとは異なる。日本情報軍に二重スパイが入り込むのを阻止するためだ。
日本情報軍は常に恐れていた。自分たちの中から二重スパイ──が生じるということにを。すなわち米中央情報局の機能が英秘密情報部のキム・フィルビーの二重スパイの発覚によって、アングルトンの二重スパイ狩りが加速したように、そしてCIAという組織がそれによって機能不全になったように。
自分たちは同じ過ちを犯さないと日本情報軍は決意していた。日本情報軍はそれゆえに情報管理を徹底し、ナノマシンでその人物が見た資料やメールを復元し、その忠誠心を調べるのである。もちろん、脳に過負荷のかかるネテスハイム式記憶・意識のダウンロードも踏まえたうえで、である。
日本情報軍情報保安部は全ての人員が定期的にクルーガー・ローウェル式忠誠度テストとネテスハイム式意識のダウンロードを行っている。ダウンロードされた情報は高度な分析AIによって解析され、日本情報軍の上層部に伝えられる。
日本情報軍内ではかくも苛烈な情報戦が繰り広げられているのである。日本情報軍の外に至ってはいわずともがな。
他国に利敵するような政治家は真っ先に消された。それからマスコミ関係者が相次ぐスキャンダルでパニックに陥り、最終的には日本情報軍に頭を下げた。
こうなると市民団体など赤子の手を捻るように潰せる。
政治家が援護せず、マスコミが報道しない中で、日本情報軍にとって邪魔な市民団体は次々に潰されて行った。ほとんどが外国の息のかかった組織であったとしても、日本国民は権利のひとつを奪われたのだ。自由に発言する権利を。
しかしながら、日本国民に危機意識はなかった。
市民運動家の活動は日本情報軍が介入する前から激減しており、その平均年齢も大幅に上昇していた。若者は政治に興味を持たない。日本国が存在し続けるならば、どんなディストピアになろうと受け入れるのだ。
警察も、民間警備企業も、そして市民そのものすらも味方につけた日本情報軍は日本国内で展開できない作戦はないまでに進化していた。
「日本情報軍情報保安部は動かせるか?」
「一部であれば動かせます」
「この坂上宰司という人間をテロリストとして手配させろ。神奈川県警も民間警備企業も動員しろ。我々はなんとしても勇者を仕留め──」
そこで土佐大佐の声が止まった。
「そうか。そうだったな。勇者同士で殺し合わせればいい。ネットのアングラ界隈から坂上宰司という人間が特殊能力を持っているものだと広めろ。我々はその後に殺し合いの結果を観測する。殺し合いによって勇者の数が減るのは好ましい」
日本情報軍は通信インフラと国民総監視社会というシステムを掌握している。彼らは待っているだけで、勇者たちが勝手に自滅していく様子を見ているだけでいいのである。日本情報軍には大日本帝国海軍のような決戦の場は必要ない。
裏で潜み続け、これと言った時に攻撃を行えばいいのだ。それは難しいことではないはずだった。最初からそうしていたのならば。
だが、日本情報軍は先に魔王である凛之助を排除しようとして、確認されてしまっている。これは痛恨のミスだ。魔王側にアドバンテージを与えてしまったようなものである。そして、このミスを挽回できなければ土佐大佐の昇進もいよいよもって見込みがなくなってくるんである。
いや、昇進云々で語っていられる間は良い方だ。
昇進どころか日本情報軍の機密を晒そうとしたとして、軍法会議に掛けられる可能性すらあるのである。
「なんとしても成功させなければ……。上は期待をしている……」
土佐大佐の背中に冷たいものが流れた。
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