共同戦線
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──共同戦線
凛之助の提案に宰司は戸惑っていた。
凛之助が嘘をついていないという保障はない。
だが、わざわざ知らなければ、もっと簡単に利用できたところを敢えて説明し、リスクがあることを知らせた。それは明らかに単純に宰司を利用してやろうという考えとは異なるように思えた。
「一度帰ってから考えていいですか?」
「待ってくれ。先ほど言ったように相手には日本情報軍がいる。民間警備企業も連中の味方だ。迂闊に出歩けば、また生体認証スキャナーと街頭監視カメラに捕捉される」
それを聞いて宰司は凛之助は陰謀論者じゃないだろうかと疑った。
日本情報軍の暗部について知っている人間は少ない。ほとんどの市民が自分たちが監視されているという事実も知らずに監視されるという状況を受け入れてしまっている。夏妃や央樹と言ったハッカーや元刑事は日本情報軍の悪辣さについて知っているが、宰司はそのようなことに関わる立場になかった。
だから、日本情報軍が民間警備企業と結託して、宰司のことを殺そうとしていると言われても信じられないのが現状であった。
「そうか……。私は信じられたが、君には信じられないか。君の判断を尊重しよう。だが、覚えておいてくれ。勇者の中で確認されている全員が何かしらの犯罪に関わっている。そして、半分以上がこの戦争で勝利することを狙っている。つまりは他の勇者たちを殺すことによって」
宰司は自分に現れた力から、凛之助が言っていることが全くのでたらめだとは思えなかった。凛之助は無理強いもしなかった。
「……俺にできることはあるのかな?」
「ああ。ある。敵は軍隊だ。狙撃銃で狙われたこともある。私にも君に似たような力を使うことができるが、君ほどではない。私の本来の力を引き出すのに、この肉体では力が不足しているのだ」
凛之助が語る。
「今、私たちは連続殺人事件の犯人を追っている。その人間が勇者である可能性があるのだ。姿を見せない勇者。生体認証スキャナーと街頭監視カメラにも記録されない。私は過去視でマナの流れを追って、その犯人を探していたのだが、運が悪いことに日本情報軍の勇者と鉢合わせた」
そして、狙撃を受けたと凛之助は語る。
「私の結界では敵の攻撃を受け止めきれなかったため、撤退に追い込まれた。だが、君ならば、君の力ならば、攻撃に耐えられるかもしれない。私自身、何の保障もできないが。だが、勇者としての固有能力は魔王を倒すために強力なものとなっている」
「つまり、あなたの能力を超えると?」
「恐らくは。少なくとも勇者であるならば、その能力は強力だ。勇者が魔王を倒す。そのシナリオ通りに進められるように神々は能力を与えているのだから」
そこで凛之助のスマートフォンが鳴った。
「もしもし、夏姉?」
『リンちゃん? そこにまだ宰司君、いる?』
「ああ。今話をしていたところだ」
『見せたいものがあるから、スピーカー機能にして画面を宰司君に見せて』
「分かった」
凛之助はスピーカー機能にしてからスマートフォンの画面を宰司に見せる。
『ハロー。宰司君って呼ばせてもらうね。君の自宅の映像があるから見せるよ』
民間警備企業の生体認証スキャナーと街頭監視カメラはダウンしているが、夏妃のドローンは生きている。そのドローンが映像を送ってきていた。
『見える? 都市型デジタル迷彩の男がふたり。ふたりとも日本情報軍情報保安部の将校だよ。君のことを探しに来ている。日本情報軍情報保安部は通常スパイ行為やテロを阻止するための組織だけど、どうして君の家に来たのか見当つく?』
「い、いえ。そんなことには全く関わっていないです……。スパイやテロだなんて。きっと何かの間違いだ」
『けど、君の自宅周辺3か所に日本情報軍が監視ポイントを設けたよ。帰宅すれば、日本情報軍が踏み込んでくる。街をある程度歩く分には大丈夫。偽装IDを勝手ながら準備させてもらっているから。それに今、生体認証スキャナーと街頭監視カメラはダウンしているし。だけど、自宅は監視対象だよ』
「……もう帰れないんですか?」
『君が殺される危険を覚悟しているなら帰れる』
夏妃は冷淡にそう言った。
「宰司。みすみす君が殺されるのを見ているわけにはいかない。夏姉のいう通り、日本情報軍が監視している。だから、安全な場所にいてくれ」
「こ、ここは安全なんですか?」
宰司が凛之助に尋ねる。
『安全だよ。私が偽装IDで購入したセーフハウスのひとつだから。けど、気を付けて。外を出歩けば、生体認証スキャナーと街頭監視カメラの映像を分析AIが解析して、君の居場所を探り出そうとする。今のところ両方騙せるけど、日本情報軍がどれだけ本気で君を排除しようとしているのかが分からないから』
リアルタイムハックとか方法はあるんだけどねと夏妃は告げる。
「じゃあ、ここに隠れています。いつ頃まで隠れていればいいんですか?」
「戦争が終わるまで、だな。他の勇者が全滅すれば敵も諦めるだろう。他の勇者から刻印を奪って戦い続けるという方法もあるが、君の能力は攻撃には向いていない。他の勢力から狙われることはないだろう」
「具体的な日数は?」
「すまない。見当もつかない」
宰司は日常が崩壊いしていくのを感じた。
「……こんなことなら正義の味方ごっこなんてするんじゃなかった」
宰司がそう呟く。
「いや。君は間違ってなどいない。君は正しい選択をした。勇者としての力を、本当に勇気ある者として使った。私の知る限り、勇者がそのように力を使うのは非常に珍しい。どの勇者も私利私欲のため、そして戦争に勝利するためにその能力を使う」
「けど……」
「分かっている。世界が崩壊してしまったかのような気分なのだろう。私にもその責任の一端はある。この世界に転生したことで君のような勇者を生んでしまった。本当に申し訳なく思っている」
「それはいいんです。勇者になれなかったら、今のような勇気を持つこともできませんでしたから。ただ、やっぱり日常が日常ではなくなってしまうというのは、ちょっとショックだというか……」
宰司は打ちひしがれた様子で椅子に座り込んだ。
「私もずっと平穏が欲しかった。魔王として輪廻し続け、ずっと勇者と戦わされてきた。平和な暮らしが欲しかった。誰にも命を狙われない生活がしたかった。誰かに愛され、誰かを愛する人生を送りたかった」
「ああ……。あなたはもっと酷い状態だったんですね……」
「不幸自慢をするつもりはないが、幸福とは言えない生活だったよ。今までは」
だが、ようやく平穏が手に入りそうなのだと凛之助は語る。
「私は多くは望まない。ただ、平穏な生活があればいい。それは君と同じだ。だから君の気持ちはよく分かるつもりだ。だが、戦わなければ、もはや平穏は手に入らない。だから、戦うしかないんだ」
凛之助は力強くそう言った。
「分かりました。俺も覚悟を決めます。この戦争で生き残る。そのために凛之助さんに協力する。たとえ相手が日本政府でもやって見せますよ」
「ありがとう。ともに生き残ろう。この戦争を」
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