接触に至るまで
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──接触に至るまで
「なるほど。坂上宰司君。14歳。海宮市市立第一中学校に通っている。それが夜中に人助け。目撃者の証言では黄色い光の壁のようなものが彼を守っていた。これまで10件の事件に関与し、民間警備企業からも何度も話を聞かれている」
で、実際の画像がこれ、と夏妃は指さす。
「ふむ。強固な防御魔法のようだ。勇者としての刻印も観察できる。間違いなく、この少年は勇者だろう。だが、彼は勇者としての目的も、他の勇者に狙われているだろうことも知らないはずだ」
知っているならばこんな目立つ行動はしないと凛之助は言う。
「だが、彼は立派だ。勇者とは本来はこうあるべきものだと思っている。神々は勇者と魔王を殺し合わせるゲームを楽しんでいるが、勇者が本当に勇気ある者ならば、その勇気を以てして人々を救うべきなのだ。そのための力も与えられているのだから」
「そう思う。勇者って魔王を殺す人って意味じゃないからね。少なくとも共存や相互理解ができる存在同士なら、そうするべきだし、力は人々のために使うべきだと思う」
夏妃も凛之助の意見に賛同していた。
「けど、この子、放っておいたら日本情報軍に消されるよ」
「そうだな。もうここまで発覚しているのであれば、狙われるのは時間の問題だろう」
民間警備企業に日本情報軍情報保安部の将校がいるのは夏妃が確認済みだったし、そうでなくとも凛之助たちを探している日本情報軍が海宮市一帯を監視する生体認証スキャナーと街頭監視カメラを利用しないとは考えられなかった。
情報は利用されているだろう。そして、このままでは宰司の身は危ない。
「私としては勇者を最終的に全員倒さなければいけない以上、この少年が日本情報軍や他の勇者に殺害されることを許容する気持ちもある。だが、同時にこの少年の勇気ある態度とその高い志に同調し、助けたいという思いもある」
凛之助が難しそうな表情を浮かべる。
「助けてあげよう? この子は勇者が魔王を倒すものだということを知らない。仮に知ったとしても、リンちゃんを殺すようなことはないと思う。まずは会って見て、説得してみよう。もしかしたら、魔王と勇者で共同戦線が作れるかもしれない」
「そうだな。まずは会ってみよう」
「と、その前に。まずは宰司君って子が民間警備企業の分析AIにマークされていないか確かめるね。マークされているようなら、一時的に生体認証スキャナーと街頭監視カメラをシャットダウンさせて、偽装IDを割り込ませ、リアルタイムハックしないといけない」
夏妃はそう言ってキーボードを叩き、同時に雪風に指示を出す。
「雪風。宰司君の現在地の特定」
『検索中……。特定しました。当該の映像は分析AIによって解析されていません。不審行動識別プログラム下にあるだけです』
「オーケー。けど、日本情報軍が覗いてるってことも考えられるか、と」
夏妃は何かのプログラムを走らせて、様子を見る。
「やっぱり。外部の観察者がいる。雪風が示した映像を覗き見している連中がいるよ。間違いなく日本情報軍だね。では、パーティーの準備を始めようか」
夏妃はこの時点でかなり攻撃的なワームを放っていた。アジアの戦争中に大陸で猛威を振るった軍用ワームで、夏妃がそのプログラムを入手してから解析し、より強力なものにしている。雪風も改良を加えており、既に最初に民間警備企業のサーバーを攻撃した時以上の威力と侵入能力を有していた。
「リンちゃん。目的の宰司君までナビゲートするから合図したら接触して。リンちゃんは偽装IDを使っているからいいけど、宰司君って子はそういうのは全くないから迂闊に近づくとリンちゃんまで日本情報軍に捕捉されちゃうから」
「分かった、夏姉」
「では、グッドラック」
それから凛之助は夏妃と雪風ののナビゲートで街を進み、宰司を発見した。
宰司との距離は100メートルほど離れている。生体認証スキャナーと街頭監視カメラの認識範囲外だ。この距離を保てと雪風は指示を出している。
『凛之助様。間もなく攻撃が開始されます。攻撃開始までのカウントダウンを実行いたしますが、よろしいでしょうか』
「準備は万端だ、雪風」
『それでは。30セカンド、20セカンド、10セカンド、3、2、1、攻撃実行』
この瞬間、街を進む人間は分からなかったが、民間警備企業の生体認証スキャナーと街頭監視カメラのデータサーバーがワームに侵入され、ワームはサーバー内で急激に増殖しつつ、情報の削除や書き換え、サーバーへの過負荷などをサイバー攻撃を実施した。
生体認証スキャナーと街頭監視カメラの機能はダウン。
『どうぞ接触なさってください』
攻撃に忙しい夏妃に代わって雪風がそう言う。
「坂上宰司、君?」
「え?」
宰司は突然自分の名前が呼ばれたのに振り返る。
「私は臥龍岡凛之助という。君に君の得たその刻印と発現した能力について説明しに来た。ここでは誰に見られているか分からない。一緒に来てくれるだろうか?」
「わ、分かりました」
意外なほどあっさりと宰司は凛之助の提案に応じた。
彼自身も待っていたのだろう。この能力について説明してくれる人間が現れるのを。それに今の彼には自分の身を守ることのできる能力がある。
「こっちだ。雪風、残り何分間、監視ネットワークはダウンしている?」
『今回の攻撃では最大で72時間の効果が期待できます』
「ならば、日本情報軍に気を付けるだけだな」
凛之助は魔力を走らせるが、近くに勇者はいないし、自分たちを見張っているような気配を発してる人間もいない。日本情報軍は宰司を見張るのに、生体認証スキャナーと街頭監視カメラを頼っていたのだろう。
凛之助は宰司を先導し、隠れているセーフハウスとは別のセーフハウスに向かう。
「ここは……?」
「姉が用意してくれた安全な場所だ。端的に言おう。君は狙われている」
「お、俺が?」
宰司が素っ頓狂な声を発する。
「もしかして、これまで撃退した中の半グレ集団とか……」
「違う。まずはその刻印について説明しよう。それは勇者の刻印だ。魔王が現れたとき、勇者として選ばれたものたちにその刻印が現れる。そして、勇者とは魔王を殺し、勇者同士で殺し合い、最後に生き残ったものが願いを叶えられる」
「冗談、ですよね?」
「冗談ではない。見せよう。これが私の刻印だ。魔王としての刻印だ」
凛之助が宰司に自身の刻印を見せる。
「……魔王は何か悪いことをするんですか?」
「しない。だが、勇者は願いを叶えるために魔王を殺す。君も私を殺したいと思うか? 私を殺して叶えたい願いがあるか?」
凛之助が静かにそう尋ねる。
「ありません! 人を殺して叶える願いなんて……!」
「ありがとう。その言葉だけでも救われた気分だ」
凛之助は心の底からそう言った。
「だが、他の勇者たちにとって君は競合相手だ。排除を狙って来る可能性が高い。特にひとりの勇者などは背後に日本情報軍がついてる」
「に、日本情報軍が……?」
宰司は目を白黒させて凛之助を見ていた。
「そう、敵は強大でこちらはあまりにも力がない。なので、提案したい。共に手を組まないか? そうすることで両者が生き残れる可能性がある」
凛之助はそう提案した。
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