正義の味方
……………………
──正義の味方
宰司は普通の中学生である。
彼はIDを偽造する手段など知らないし、生体認証スキャナーと街頭監視カメラを騙す手段も知らない。民間警備企業や日本情報軍の目をごまかす手段など知りようがない。
そもそも彼はそんなことをする必要があるとは思っていなかった。
彼は自分の行うことを正義の行為だと信じていた。
夜の散歩のついでにパトロールを行う。
海宮市は一般的な日本の地方都市と同程度の治安だった。
民間警備企業は警察に特別劣っているということはなく、彼らは定期的にパトロールを行い、海宮市の治安維持に貢献していた。
とは言え、警察ほど熱心でなかったことも事実だ。半グレ集団の存在を見ればわかるように海宮市の治安は平均的だが、ならず者が存在しないというわけではない。この生体認証スキャナーと街頭監視カメラで全国民を監視するシステムを構築しても、そこから犯罪はなくなりはしなかった。
ただ、目に映りにくくなっただけだ。
善良な市民を犯罪者が傷つけるということはなくなってなどいない。
不審行動分析AIに引っかからずに、犯罪を犯すものはいる。それは恐喝であったり、暴行であったり様々だ。そして、被害者はAIが犯罪と判断しなかったのだからという理由で、そして報復を恐れる思いから、被害届を出そうとはしない。
それは許されることではないと宰司は思う。
宰司は右手の甲の刻印を見る。
これは行動しろという誰かからの助言なのだ。そして、助力でもある。今の宰司には行動することができた。この刻印のおかげで誰かを助けることができるのだ。
宰司は民間警備企業があまりパトロールせず、そして生体認証スキャナーと街頭監視カメラが少ない地域をパトロールする。
普通ならばそんなところには近づかない。宰司は喧嘩は弱いし、精神的にも臆病だ。だが、今はしなければならないことをする。すなわち、誰かを助けることをする。
「ひいっ! ゆ、許してくれ!」
「ああん? 何言ってたんだよ、このクソ親父。ぶつかっておいて謝礼金も払えねえってのか。あーあ。こいつの肩を見ろよ。ひでえありさまじゃねえか。ちゃんと誠意を示してもらわなきゃ困るんだよな」
宰司はこのパトロールを始めてから初めて犯行現場に居合わせた。
恐喝だ。
心臓が破裂しそうなほどに脈打ち、全身が緊張する。自分にできることがあると言っても、それを実行に移せるかどうかは本人次第なのだ。
やらなければという思いとやっぱりやめようという思いが拮抗する。
「おい! さっさと財布だせ!」
「そ、そこまでだっ!」
咄嗟にそう叫んでいた。
「あ? なんだ、クソガキ。関係ない奴は黙ってろよ」
「か、関係ある。俺は正義の味方だ。悪い奴は許しておけない!」
「は?」
中年男性を恐喝していた4名の若者が顔を見合わせてから笑い出した。
「ばーかじゃねえの、お前。そういうのは小学生で卒業しとけよ」
「あほらし。こいつからも迷惑料取ろうぜ」
男たちが宰司の方に向かって来る。
「ほら、正義の味方ならこのパンチ受け止めてみな!」
「“誰かを守る力”!」
男の振るった拳が淡く黄色い光を放っている結界とでもいうべきものにぶつかり、骨の折れる音がした。男は悲鳴を上げて、手を押さえる。
「て、てめえ! 何しやがった!」
別の男が向かって来るのに宰司はしっかりと結界を保持する。
男は壁にぶつかり、鼻から血を流して、地面に倒れた。
そこで民間警備企業の警備車両のサイレンの音が響き始めた。
「に、逃げるぞ!」
「畜生! 顔覚えたからな! 覚悟しとけよ!」
男たちはそう言って生体認証スキャナーと街頭監視カメラの薄い方に逃げようとする。ここで逃がしてしまえば、また犯行に及ぶだろう。それではダメだ。
「逃がさない!」
逃げようとする男たちを結界の中に閉じ込める。
「な、何なんだよ、これ!?」
「ふざけんな、畜生!」
男たちはパニックになって結界に蹴りを入れたりするが足を痛めただけに終わった。
「そこを動くな! 我々は神奈川県より法執行権限を委託されている!」
「クソッタレ!」
結局男たちは逃げきれず、宰司が結界を解くと、そのまま民間警備企業の警備員に逮捕された。民間警備企業の警備員たちは生体認証スキャナーと街頭監視カメラの映像を確認し、男たちが恐喝に及んでいたことを確認した。
それから事情聴取が行われる。
宰司が助けた男性が宰司が助けてくれたことについて賞賛しながら語った。男たちの凶悪さについてもしっかりと民間警備企業の取り調べで語った。
宰司は偶然通りかかったことを話し、男たちは不思議な力で勝手に倒れたと話した。事実、宰司の手や足には相手を殴ったり、蹴ったりした痕跡がなかったため、民間警備企業の警備員たちは首を傾げながらも、その証言を記録しておいた。
そして、宰司は無罪放免。
宰司はこのことで少しだけ自信をつけた。
「これならやっていける……!」
それからだった。彼の正義の味方としての活動が始まったのは。
最初はなかなか飛び出す勇気が出なかったが、その時は思い出す。これまで助けてきた人たちの感謝の言葉を。
『どうもありがとう!』
『助かった! 本当に助かったよ!』
人々は宰司にお礼を言ってくれる。
両親は夜中に宰司が出歩いていることを知って、学校にも行かず、夜中に歩き回るとは完全に不良だとスクールカウンセラーやソーシャルワーカーたちに文句を言っていた。一刻も早く、宰司を学校に行けるようにしてくれとも。
だが、宰司の話は民間警備企業から学校に伝わっていた。彼が夜中に犯罪に巻き込まれている人々を助けているという話は、民間警備企業から義務として学校に伝えられていた。当然ならがスクールカウンセラーもソーシャルワーカーもそれを知っている。
彼らは宰司はもう少しで復帰できるはずだから長い目で見ましょうと宰司の両親に訴えたが、宰司の両親は酷く不機嫌そうにしていた。
実際のところ、宰司の成績はよく、VR環境での授業は彼の都合にあっていた。このまま高校に進めば、自信を持った宰司は高校で新しいスタートを切ることができるだろう。いわゆる高校デビューというのも夢ではないかもしれない。
宰司は勉学にも取り組み、そして正義の味方として夜中は戦った。
とは言え、夜中の22時を過ぎて中学生が街中をうろうろしているというのは、今や警察の代わりになった民間警備企業の目を引く。彼らは何度か宰司を補導しようとし、コンビニに行く途中だという説明を受けては解放していた。
民間警備企業は警察よりドライだ。所詮は営利組織というべきか、利益にならなそうなことには首を突っ込まない。中学生が事件に巻き込まれて死んだということが起きれば、より強固な警備プランを顧客に勧め、契約を改めるだけだ。
だが、ある人物は宰司のことを見逃さなかった。
「坂上宰司、君?」
「え?」
……………………
面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!




