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殺人鬼を追う

……………………


 ──殺人鬼を追う



 凛之助は夏妃と雪風のナビゲーションで連続猟奇殺人事件の最新の事件が起きる、ひとつ前の現場にやってきた。


 ここから過去視でマナの流れを追うことになる。


 この事件では生体認証スキャナーは何もスキャンしていないし、街頭監視カメラは何も映していない。完全に犯人の姿が消えている。恐らくはこの時点で犯人は勇者としての固有能力を既に知っていたのだろう。


 夏妃に事件を再調査してもらっているが、凛之助が魔王としてこの世界に転生した少しあとになったから、犯人は姿を消すようになり、犯行の速度も、残虐性もエスカレートして行っているいるという。


 勇者としての固有能力を活かした殺人の手段を見つけたというわけだ。


 凛之助はこれまで勇者に好感を抱いたことなどないが、虫唾が走るほど憎んだこともなかった。結局は彼らも神の定めた運命に則って、彼らの役割を果たしていただけなのだから。少なくとも彼らは何かしらも信念があった。


 だが、こいつには、この連続猟奇殺人事件の犯人にはそういうものはない。


 ただの殺人者だ。女子供ばかりを狙う卑怯者だ。許すべきではない相手だ。


 過去のトラウマは言い訳にはならない。トラウマを克服したければ、精神科医に見てもらえばいいのだ。今はナノマシン治療が精神科学分野でも取り入れられている。人のストレスを感じる反応を記録し、そのようなときにストレスを抑えるという技術もある。


 だから、戦闘適応調整などという技術が生まれたのだ。兵士の脳にナノマシンを叩き込み、彼らの脆い精神を戦場のストレスから保護し、同時に的確に人を殺せる精神状態を維持させる。適度な緊張感と全く感じないストレス。そして、痛覚をマスキングすることによって『痛い』という感覚を感じず『痛み』を認識する。


 まるで魔法のような技術だと凛之助は思った。


 だが、その技術が戦争のためだけではなく、精神疾患に悩む人間のためにも使用されていると聞いて、安堵に似た感触を覚えた。人間は人殺しのために延々と技術を発達させてきたが、その副産物は平和利用されているのだなと。


 そして、そういう技術があるにもかかわらず、だ。


 この連続猟奇殺人事件の犯人は他者を傷つけることで自分の傷を癒そうとしている。そんな身勝手が許されるはずがない。


 凛之助は正義の味方になるつもりはない。そんなものになったところで、何の得もしないことは分かっている。


 だが、自分が転生したことで生じた勇者とその固有能力が悪用され、罪のない女子供に向けられているとすれば、それを解決するのは魔王ではなく、人間として必要なことだ。これぐらいしなければ夏妃に顔向けできない。


「マナの流れを過去視して……」


 時間が遡り、事件当日の様子が再現される。人の幻覚が見え、凛之助には僅かだが消費された大気中のマナの流れが見える。


 徐々に時間を進めていき、マナの流れを追う。マナは消費されているが、人の姿は見えない。殺人鬼だ。透明な殺人鬼。その流れを追い続ける。殺人鬼も永遠に隠れ潜み続けるはずはないだろう。どこかで顔を見せるはずだ。


 追跡を続ければ、犯人の自宅も特定できるかもしれない。


 凛之助はその思いで、マナの流れを追い続ける。


 マナの流れは複雑に動いている。一度通った道を引き返したりして、尾行されることを理解しているかのようだった。だが、その程度では凛之助の尾行を交わすことはできない。彼は過去視ができるのだ。最大で100年、過去の映像が見れる。


 思えばこの魔法を使っていれば、夏妃について理解するのも早かったのではないだろうかと思う。今はもう戻れないが、あの自宅で記憶を再現していれば、夏妃と凛之助の過去についての記憶をみることもできただろう。


 だが、そうして知った知識は意味も分からず読んだ本と一緒だ。思い出の本質を理解するにはやはり、自分の力で思い出さなければならない。


 そうしなければ、夏妃はすぐに気づいてしまうだろう。


「この先か。行き止まりのようだが……」


 凛之助はビルとビルの間の路地裏に入る。


 そこで魔力の流れは途切れていた。


 ということは、である。


「いた」


 突然、何もない空間から男が出現した。


 身長175センチ前後。やせ型。マスクをし、フードを被っている。夏妃の言う生体認証スキャナーが最低限判別できるだけの格好。そして、その格好から見える顔は夏妃と雪風が検索した街頭監視カメラに映っていた男と一致していた。


「こいつが……」


 男が路地裏を出て歩き始めるのに、凛之助がそれを追いかける。


 男はマスクとフードを外さず、生体認証スキャナーと街頭監視カメラを嘲るかのように通り過ぎていき、真っすぐ道を進む。


 わざわざ自宅の外で能力を解除するのはリスクだろうに、どうしてだ? と凛之助は疑問に思いながらも、ある程度の見当を付ける。


 恐らくは能力を過信していないのだ。自分がこれまでやってきた方法の方を信頼している。それはそれとして能力はある程度活用する。そんなところだろうと凛之助は当りをつけた。この世界の勇者たちは魔王と勇者の関係を知らないものすらいるはずだ。自分の能力についてもそこまで自信が持てないのは当然だ。


 明確に魔王を倒すという目標を持っているだろう勇者は3名。


 ひとりは天沢アリス。真っ先に接触してきた日本情報軍陣営の勇者。日本情報軍という組織がどうやって勇者と魔王についての情報を得たのかは謎だが、強力なバックアップがついている。


 ひとりは京極鏡花。あの半グレ集団のアジトに乗り込み、魔王の正体を探っていた。背後にいると考えられるメティス・グループは50年近く前から勇者と魔王に関する情報を手に入れ、この日のことを予想していた。


 ひとりは百鬼直樹。鏡花同様に半グレ集団のアジトに乗り込み、恐らくは拷問の末に殺害した。死体は清掃されている。公安警察だそうだが、今のところ目的も背後に日本の警察機構が存在するかも、全てが不明。


 この3名は恐らく固有能力もその使用方法も、そして戦争の目的も把握している。


 だが、他の勇者──この殺人鬼以外に存在するとすれば──はまだこの戦争の目的について把握していないと思われる。


 本来はそのために転生したのだ。誰も魔王と勇者の関係を知らない。だからこそ、凛之助が平穏に暮らせる。そのために魔法のないこの世界へと転生した。


 だが、魔法はないにもかかわらず、勇者の固有能力は覚醒し、さらには戦争の目的を理解しているものたちまで現れた。最低最悪の状況だ。


 これでは転生した意味などないではないかと嘆きたくなるが、まだ全ての勇者が目的を理解したわけでもないし、そしてそれぞれの陣営はいがみ合っている。これで神の介入さえなければ、勇者たちが共闘し、ともに魔王を打ち倒そうということにはならないだろう。都合のいいことに、この世界では神の影響力は微弱なものだ。


「ここが奴の根城……」


 凛之助がアパートの一室を見つめてそう呟く。


 凛之助の結界が12.7x99ミリNATO弾を弾いたのはその時だった。


……………………

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