殺人鬼の正体を探る
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──殺人鬼の正体を探る
連続殺人鬼は姿が見えない。痕跡を残さない。故に追跡できない。
夏妃が民間警備企業の捜査情報をハックして手に入れた情報はそのようなものだった。民間警備企業は犯行を予防するために、この海宮市に増援を派遣し、パトロールなどを強化しているが、それでも一向に効果は上がっていないという。
「これが勇者だとすると非常に面倒な相手だね」
「ああ。この手の能力は非常に不味いだろう。この世界においては」
「この世界においては?」
夏妃が凛之助の言葉に首を傾げる。
「勇者の固有能力も一種の魔法だ。魔力を消費する。大気中のマナが希薄なこの世界において、マナを使った痕跡は明確に辿れる。透明な水に血を滴り落としたようなものだ」
「ふむふむ。でも、生体認証スキャナーと街頭監視カメラにも引っかからないから、どこが次の犯行現場になるか、分からないよ?」
「既に犯行現場になった場所から探っていけばいい。マナの痕跡も過去視で探れる。それを追い続け、行きついた先が犯人の居場所だ」
凛之助はそう言って自分のスマートフォンでニュースの項目を見る。
「もっとも新しい殺人はこれで間違いないだろうか?」
「そうそう。そこだよ。けど、不味いよ。民間警備企業に日本情報軍情報保安部の将校がいる。近づいたら、間違いなくリンちゃんの素性がバレちゃうよ」
「夏姉も流石に本物の人間の目は騙せないか……」
「全員がスマートグラスを着用していればどうにかできるんだけどねえ」
街頭監視カメラの映像を夏妃は見ながらそう呟く。
民間警備企業の警備員はほとんどがスマートグラスを着用しているが、鑑識に当たっている警察や日本情報軍情報保安部の将校はスマートグラスを着用していない。
「捜査はいつ頃終わるだろうか?」
「分からない。雪風、現場の捜査はどれくらいで終わる?」
夏妃が雪風に尋ねる。
『最低で2日、最長で1ヵ月です』
「長いね……」
最近の鑑識は現場でDNA鑑定ができるなどハイテク技術を活用しているが、ハイテク装備が増えた分、捜査するべき項目も増え、確実に犯人を逮捕するために長期間の現場封鎖を行うことも増えた。
「警備犬もいる。流石のお姉ちゃんも犬の嗅覚までは騙せないよ」
「ふむ。現場に近づけないのでは調査のしようがないな……」
「過去に起きた事件は?」
「ああ。追えるかもしれない。だが、この連続猟奇殺人事件は一体、いつから起きているのだろうか?」
「そうだね。3か月くらい前から?」
「それは私がこの世界に転生してくる前からということだな」
「って、ことは犯人は最初は勇者としての固有能力を持っていなかった?」
「そのはずだ」
勇者の刻印は魔王が現れてからでないと現れない。つまり、当初、犯人は勇者としての固有能力を使わずに犯行に及んでいたということ。
「偽装IDを使っていたなら、こっちでも調べられる」
「頼む、夏姉」
「オーケー。雪風、バックアップしておいたデータから殺人事件が発覚した日前後の生体認証スキャナーと街頭監視カメラの映像を出して」
雪風が直ちにバックアップしておいた民間警備企業の生体認証スキャナーと街頭監視カメラのデータを検索し始める。
『該当するデータを表示します』
雪風がそう言い、雪風のアバターがファイルをひっくり返すモーションを取る。
そうすると次々にデータが表示される。
「民間警備企業の発表では最初の事件の殺人が行われた時刻は午前9時30分前後。その条件でさらにフィルタリングを実施」
『了解』
雪風のアバターがペラペラとファイルを捲っていく動きを取る。
『一致する条件のうち、総務省のサーバーを参照して、偽装IDである可能性が高いデータを検出しました。表示しますか?』
「お願い」
『データを表示します』
生体認証スキャナーと街頭監視カメラの映像が表示される。
生体認証スキャナーが最低限確認でき、エラーを生じさせない程度の変装。フードを被り、マスクとつけている。鋭い目つきが前方を歩く女性に向けられていた。
「こいつか。しかし、これだと情報が足りないね。総務省の今の情報では?」
『“嘉納勝也”となっていますが、数日前に変更された痕跡があります』
「つまり、偽装IDと。そりゃ、民間警備企業もお手上げになるね」
最近の犯罪捜査はID頼りだから、と夏妃はぼやく。
「だが、現場検証というものがあるのだろう?」
「あるよ。ただし、IDで見つけられなかった場合。ほとんどの犯罪はID照合で解決する時代になったからね。電車内にも生体認証スキャナー、コンビニにも生体認証スキャナー、学校にも生体認証スキャナー。だけど、この犯人は盲点をついているね。文字通りの盲点。つまりは生体認証スキャナーがスキャンしていない場所」
犯行現場はどこも生体認証スキャナーや街頭監視カメラが設置されていない場所だった。まさに国民総監視社会というシステムの盲点。犯人は元民間警備企業の警備員か何かかもしれないと夏妃は言う。
「個人の自宅や路地裏。そういう場所で犯行に及んでいる。指紋もDNAデータも採取できたとして、偽装IDで登録されていたら意味がない。そして、この最低限で最大の効果を及ぼす変装。生体認証スキャナーだけが頼りなのに、それが役に立たない」
犯人は犯行後に再びIDを変更しているようで、別の人物が路地裏から出てきたように表示されている。
「この時はまだ血痕とか靴のサイズは特定できたみたいなんだけどね。けど、それは犯人の逮捕には繋がらなかったのです」
「ふむ。電子戦頼りだけではこの勇者は追えそうにないな」
凛之助は最初は電子戦だけでどうにかなる世界なのかと思ったが、この国民総監視社会という名のシステムも盲点がいくつか存在するようだった。
「やはり、現場に赴くしかない。最新の事件から一個前の事件は?」
「2週間前。10歳の小学生が殺されている。信じられない」
「それを追おう。もう既にその時は勇者としての固有能力を使用しているはずだ。マナの痕跡を過去視で追い、勇者を追い詰める」
央樹も言っていた。犯人はクズだと。凛之助としてもそう思う。このような女子供ばかりを狙った殺人を起こす人間がまともなはずがない。
過去のトラウマがあろうとなかろうと、そんなことは知ったことではない。
犯人を見つけ出し、凛之助が手を下す。
あるいは他の勇者が。
この監獄のような、絶対に犯罪が起こせないはずの社会で、犯人はそれを嘲るように殺人を続ける。それは国民総監視社会の無力さと無意味さを意味しているようなものだった。ある意味では犯人はこの日本情報軍と民間警備企業による日本社会の支配に抵抗しているのである。
「まさか、鏡花……? いや、そんなことはないか」
夏妃はそう呟き、何か少しでも手がかりが得られないかと雪風とともにデーターベースを検索し続けた。
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