警察の動き
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──警察の動き
ビッグシックスの一角であるメティスがテロリストとされる人物を支援しているのか? その疑問は持ち越されることになった。今の段階では断言できる情報ではないからである。雪風はまだ状況証拠しか揃っていないことを自身で認めている。
そうこう考察を重ねている間に、次の人物が現れた。
次は男性。夏妃の放った新しいドローンが顔の映像を撮影する、
「雪風。顔を鮮明にして、総務省のサーバーのデータベースを参照」
『了解しました、マスター』
今度の男性は何の電子戦も仕掛けなかったことから、半グレ集団の仲間か、あるいはその手の戦闘に疎い人物であることが予想された。
『データベースから情報を検索。ヒット。百鬼直樹。神奈川県警警部所属。公安警察の捜査官です。具体的な情報については公務員情報保護プログラムによって、開示されていません。探りますか?』
「お願い。けど、公安警察か」
テロリストの次は公安警察とはねと夏妃が唸る。
「この街の官憲は民間警備企業というものに代わったのではないのか?」
「うーん。一般的にはそうだね。交番にいる警備員も、生体認証スキャナーと街頭監視カメラの運用も、パトロールも、一定の事件捜査も民間警備企業がやっている。この街だけではなく、神奈川県全体で」
夏妃は説明を続ける。
「けどね、テロリストや外国のスパイなんかの調査は未だに地方の都道府県警察が捜査を行うように権限を持っているし、犯罪捜査も広域かつ重大な事件はやっぱり都道府県警察が行っている。他県に跨るような犯罪となると、民間警備企業では追いつけないし、民間警備企業はあくまで民間警備企業だから」
昔は何の権力もない、ただの交通整理のおじさんたちの会社だったんだよと夏妃は語った。それが今や警察とほぼ同等の法執行権限を持ち、日本国内で自動小銃や機関銃、ヘリや装甲車で武装した集団になってるなんてとも語る。
「ふむ。では、公安警察とはそのような事件を捜査する官憲なのだな」
「具体的には対テロと防諜。もしかして、鏡花が来たことに通報を受けたのかな?」
公安警察の宿敵ともいえるテロリストが現れたことに、公安警察の捜査官である直樹が現れても何の不思議もない。本当にそれだけならば。
直樹はバーに入ってから数十分後に彼は出てきた。
そして、何食わぬ顔をして、車で走り去っていく。
それから15分後、さらに車がやってきた。
「雪風。さっきと同様にお願い」
『了解』
雪風が画像を鮮明化し、外見的特徴を特定。総務省のデータベースを参照する。
『出ました。“平田平蔵”、“柱春樹”、“神楽坂賢人”の3名です。偽装IDを使用している痕跡はなし。正規IDを特定したものと思われます』
「ご苦労様。前科は?」
『平田平蔵は強盗。柱春樹は金融取引法違反。神楽坂賢人はなし』
「前科持ちが2名か。さてさて、何をしに来たのかな?」
夏妃のドローンが見張る中、男たちは車を降りてバーに入り、死体袋を持ち出していく。その中身が死体であることに間違いはないということは雪風の画像分析で明らかになっていた。彼らは死体を回収しているのだ。
「……どうやらさっきの人、ただの公安警察の捜査官じゃないみたいだね」
「奴らは一体何を?」
「殺人現場の清掃をしているんだよ。証拠隠滅。死体を隠し、事件性を疑われるものを隠蔽する。つまり、鏡花か、さっきの公安警察の直樹って人が殺したってわけ。恐らくは公安警察の方だろうけどね」
これだけの数の死体を警察が見つけてたら、増援を呼んで捜査を始めるに決まってるからと夏妃は言った。
「確かに官憲らしからぬ行動だ。そして、今回のこの犯罪者集団は勇者を釣り上げるための餌として配置されていた。つまり、さっきの男も勇者ということか」
「そうなるね。しかし、鏡花ときて公安警察まで敵に回るか。ますます厳しくなっていくね……。私たち、これを乗り切ることができるかな?」
「ああ。必ず乗り越えて見せる」
「そっか。あたしもリンちゃんを信じるよ」
ふたりの間には確かな絆があった。
「しかし、公安警察と日本情報軍の結託はあり得るのではないか?」
「どうだろうね。警察は日本情報軍情報保安部に仕事を奪われてて、かつてのプライドはズタズタ。監視する側から監視される側に回っちゃったから。そういう恨みつらみが全くないとは思えないよ」
「なるほど。結託しない可能性もあるわけだ」
「けど、どっちも日本のためと称して無茶をやる組織だから、どうだろうね。案外既に結託しているのかもしれない」
「国のため、か」
多くの勇者たちも国のためにと送り込まれてきた。その願いを果たすのはほとんどの場合、勇者たちではなく、彼らの背後にいる国々だった。
今回の戦争に参加したのは、どれも日本人。彼らが国のためにと団結する可能性はあったが、彼らの理想とする日本とはどれも異なっているかもしれない。ある意味ではテロリストの鏡花ですら、国のためを思っているかもしれないのだ。
そのような理想の食い違いは戦争を激しくする原因となり得るだろう。
「そう、国のため。お国のためにってのは何よりも優先されることみたいだね、ここ最近では。国という体制のためにはあらゆることが犠牲にできる。自由も、平等も、プライバシーすらも。日本情報軍はあらゆる人の持つ権利を侵害している」
「だから、夏姉は一時期鏡花というテロリストと行動を共にしていたのか」
「私たちは一緒にいたときにやっていたのは、せいぜい落書き程度のいたずらに過ぎない。『日本情報軍は秘密警察だ!』ってネットの壁にスプレーで落書きしていただけ。鏡花はそれじゃ満足しなかった。だから、彼女は悪戯から手を引き、本物の犯罪に手を染めた。彼女は私のことを恨んでいるかもしれない。なんだかんだで、彼女の運動に積極的だった仲間は私だったから」
「夏姉……」
夏妃は少し寂しそうにモニターを見つめていた。
「いいんだよ。もう過去の話だし。今の鏡花は間違いなく、私たちの敵。彼女がどんな大義を持っていようと、私たちは彼女と戦わなければいけない。そうでしょう?」
「ああ。勇者と魔王は戦う定めにある」
「戦うなら勝たないとね。それにある意味ではいいニュース。日本情報軍は鏡花の参戦を知ればそっちにリソースを割くはず。彼らにとって最大の敵は鏡花のようなテロリストだからね。公安警察も同様。彼らが組織のために動くというなら、ふたつの組織の目は鏡花に向かうはずだよ」
これで勇者同士内輪もめしてくれればもうけものじゃないと夏妃は言った。
「しかし、バックにはビッグシックスがいる可能性があるのだろう? ビッグシックスも政治への影響力を持っていると聞いているが」
「ううむ。難しいところだね。日本は大井グループってビッグシックスがいて、そっちの影響力は確かに大きい。新宿区やこの神奈川県の警察業務を請け負っているのは大井グループ参加の大井統合安全保障システムズって会社。けど、メティスの影響も無視できない。彼らは日本で消費される食料の5割を製造している。人工的なプラントで、人工的に栄養素を付加した遺伝子組み換え作物を国内製造し、さらにはカナダとメキシコから輸出している。そう考えると政治的影響力は、あるのかなあ?」
「食料を握られているということは、その国の命運を握られているということだ。間違いなく政治的影響力はあるだろう。しかし、5割とは。そこまでこの国は外国の企業に依存しているというのか……」
「今はグローバルな社会だから。そして、多国籍巨大企業はまさにそのグローバルな社会におけるモンスター。誰も彼らを糾弾できない。国連すらも」
そんなのと鏡花は手を結んだのかなと夏妃は呟いた。
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