ハプスブルク
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──ハプスブルク
夏妃と雪風、そして凛之助は半グレ集団の拠点を監視していた。
彼らは自分たちの情報がアングラ界隈から漏れたことも知らず、逃げる様子も、戦いに備える様子もなかった。
だが、仕掛けてきた側は用意周到だった。
まずは民間警備企業の生体認証スキャナーと街頭監視カメラのサーバーを攻勢ウィルスとワームの組み合わせで落とし、さらには広範囲にEMP攻撃を仕掛けて日本情報軍のドローンを周辺のドローンごと叩き落とした。それに加えて爆発物による日本情報軍監視部隊への攻撃を加えたのだ。
「やってくれるなー! だが、甘く見るなよっ! 私のドローンはこんなこともあろうかと軍用規格の対EMPドローンだぞ!」
日本情報軍のドローンも軍用規格だったが、第4世代の熱光学迷彩のための電力量の仕様のため最新のEMP兵器に対応するだけの余裕がなかった。同じ戦術級ドローンでも大型ドローンとなるとEMP対策が施されているが、小型ドローンは発見されないことが前提だった。大規模なEMP攻撃が想定されるような戦闘では、小型ドローンなど当てにならないのは分かっているからだ。
だが、夏妃のドローンはEMP対策が施されていた。その代わり、熱光学迷彩機能はない。熱光学迷彩は第4世代まで進化しても、軍が独占している技術だった。流石の夏妃にもこればかりは手に入らない。
「さてさて、どこの誰かな? 雪風、映像解析。鮮明にして」
『総務省のサーバーを参照しますか?』
「いや。多分、偽装IDを使ってると思うからいい。ここまでしておいて偽装IDは準備してませんって相手じゃなさそうだしね。相手はかなり高度な電子戦のプレイヤー。でも、そう簡単に私は負けたりしないよ」
『画像解析完了。画像情報を表示します』
そして、鮮明に表示された対象の顔写真を前に夏妃が硬直する。
「嘘……」
「夏姉。知っている人間なのか?」
夏妃が一言呟いて沈黙したのを見て、凛之助が怪訝に思い尋ねる。
「前に話したよね。日本情報軍の情報統制からこの日本を助けようって運動をしてたって。そして、メンバーのひとりが過激化して、私たちは手を引いたって」
「ああ。爆破や殺人を犯したと聞いている」
「それがこの人。京極鏡花。通称マリア・テレジアあるいはカンタレラ」
「マリア・テレジア? カンタレラ?」
知識としては有しているがこの京極鏡花という人物と結びつかない。
「京極鏡花でイニシャルはK.Kでしょ。マリア・テレジアもサインにKoniginとKaiserinのK.Kを使っていた。それが由来。それからカンタレラっていうのは、ボルジア家が毒殺に使っていた毒の名前で、教皇すら殺す毒と言われていた。それだけ危険なウィルスやワームを生み出す人物だと思われていたということ」
マリア・テレジアは匿名時代のハンドル名で、カンタレラは彼女からサイバー攻撃を受けた企業が出たときに付けられたニックネームと夏妃は補足する。
「夏姉はこの人物と親しい関係だったのか?」
「彼女が人を殺したりするようになるまでは、ね。彼女が最初に情報セキュリティ企業のビルを爆破してからは絶交した。彼女は私に一緒に戦ってほしかったみたいだけど、私は彼女のやり方は間違っていると思ったから」
それにちょっとしたハッキングならともかく、爆破や殺人は罪が重いから捜査も徹底されるし、私にはリンちゃんがいたからと夏妃は呟くように言う。
「結局、私たちは彼女ほど運動に熱心じゃなかったんだよ。彼女は本気で世界を、日本を変えようとしていた。この国民総監視社会も、日本情報軍による情報統制も間違っていると思っていた。日本情報軍を本気で恨んでいた」
凛之助には少しばかり夏妃の言うことが恐ろしくなった。
夏妃が人をそこまで言えるということは、それはかなりの憎悪を以てしてことに当たっていたのだろう。その鏡花という人間は、本気で恨んでいたのだ。この社会の歪んだ構造を、日本情報軍という怪物を。
「彼女が相手か。苦戦するかも。彼女も私と同じような多用途AIを使っていてね。それも私の好きなSF作家の作品に出てくるものの名前をしている。雪風と由来はほぼ同じ。ただ、私と彼女は違う道を進んだ」
趣味は同じで、技術も同じなのに、思想だけがちょっと違ったんだと夏妃は言う。
「勝てる相手なのか?」
「まだ分からない。彼女のことは日本情報軍がかなりの優先度でマークしてる。これまでも日本国内にはいなかったはず。彼女が日本国内に戻ってきたと知ったら、日本情報軍は真っ先に彼女を潰そうとする。そして、私たちも彼女と戦う。実質2対1の戦い。日本情報軍の規模を考えるなら2対1どころじゃないかもしれないけどね」
「勇者同士で潰し合う可能性もあるのか」
「少なくともリンちゃんが危惧していたように勇者同士で共同戦線ってのは、鏡花と日本情報軍の間ではあり得ないよ」
そうだろうと凛之助は思う。
相手は日本情報軍を憎んでいる。願いを叶えたいかもしれないだろうが、そのチャンスを日本情報軍に与えることも許さないだろう。日本情報軍にしたところで、国内でここまで大規模な作戦が展開できるのにテロリストと手を組む理由はない。
勇者同士の潰し合いが魔王を倒す前に始まったのは何もこれが初めてのことではない。確かに神は勇者たちに最初は歩調を合わせるように促し、調整するが、時として欲に溺れる人間は潰し合いをするものだ。
「げっ。鏡花、私のドローンに気づいてるじゃん。手なんか振っちゃって。あーあ。撃墜されちった。銃まで日本国内に持ち込んだ。どうやったんだろう」
「銃という武器はそう簡単には手に入らないものなのか?」
「日本じゃまず無理。ヤクザでも最近は銃は手に張らない。日本情報軍と民間警備企業の特殊作戦部隊が違法な銃は摘発してきたし、最近の銃は世界的にID登録が義務付けられるようになっているから。日本国内で生産されている銃はID付き。発砲すれば警察庁のサーバーに発砲者、発砲場所、発砲時間が通知される。だから、日本で製造された武器は使えない。昔、ヤクザが使っていたロシア製や中国製の銃も一緒」
そこで夏妃は画像解析と雪風に命じる。
「またドイツ製の銃、か。それも最新のタイプだ。ID登録が義務付けられているはずだし、ドイツ人が非合法な武器を製造するとは思えないんだけど、ID登録されてないわけだ。どういうことやら」
夏妃はそう言って肩をすくめる。
『当該の自動拳銃はカナダ軍でも使用されており、カナダでも製造されています』
「カナダ人なら法律を破るっていいたいの、雪風?」
『はい。勇者と魔王と伝承を検索した結果。ひとつの有意義なデータを入手しました。ですが、信頼性に欠けていたので報告を遅らせていました。ですが、今ので状況証拠ですが、情報が揃いました』
「どゆこと?」
夏妃が問い、凛之助も雪風の答えに注目する。
『勇者と魔王についての関係について、内容が具体的ではありませんが情報を得ていました。これから起きることを予言したかのようなことでしたが、よくあるフィクションのように思われました。ですが、カナダというワードが出てきました。カナダで製造された可能性のあるID認証のない非合法な銃。そして、メティス・グループという巨大企業』
「待って、待って。メティスが魔王と勇者の文献を保存してた?」
『はい。2000年に作成された文章で今後50年以内に、勇者と魔王が戦い合って、勝者が世界を変えるだろうと。あまりにも突拍子もなかったのでリライアビリティに欠けると判断していましたが、カナダ製の自動拳銃と日本に大量の遺伝子組み換え作物や人工筋肉を輸出しているメティス・グループ。関係があるとは思えませんか?』
「むう。確かにね……。けど、鏡花の背後にメティスがいるということ? 確かにメティスは情報セキュリティ関係には手を出していないビッグシックスだけど……。テロリストを支援するような組織とは思えないんだけどな」
ビッグシックス。六大多国籍企業。
それが情報テロリストを支援しているのか?
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