公安警察
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──公安警察
次の男がやってきたのは日本情報軍の監視体制が復旧する前だった。
もっとも、彼自身は見つかっても問題がない身分だったが。
男がバーの扉を開ける。
「おやおや。穏やかじゃないな。随分と荒れてるじゃないか」
男は撃ち殺された男たちを見てそう言う。
「な、なんだ、お前。さっきの女の仲間か?」
「先客がいたか。で、そいつは手段を選ばずお前たちから情報を聞き取った、と」
男も銃を抜く、サプレッサーが装着された自動拳銃。日本の警察が正式採用しているモデルに近いが、微妙に仕様が異なっている。
「俺も聞きたいことがあるんだよな。大人しく喋ってくれたら見逃してやるぞ」
「畜生。何が聞きたい?」
「お前たちの儀式的殺人の被害者について」
入ってきた男はそう言って半グレ集団を見渡す。
「畜生、畜生、畜生! 何なんだよ! 俺たちはただやれって言われたからやっただけだぞ! さっきのテロリストの女といい、あんたといい、仲間なのか!?」
「テロリスト? そんな救いようもないクズと一緒にするな。俺はそうだな──正義の味方だ。理不尽な暴力から民衆を守る正義の味方だ。これで安心できたか? 俺は少なくとも暴力で世界を変えようなんてクソみたいなことは思ってない。いや、これからやることはそうなのかもしれないけどな」
入ってきた男は肩をすくめる。
「お前たちもテロリストの理不尽な暴力に晒されたんだろう? なら、協力しろよ。俺がとっ捕まえて、法の裁きを受けさせてやるからな」
「信用しろってのか? 銃をちらつかせておきながら?」
「お前たちのようなクズどもを喋らせるには暴力が一番手っ取り早いからな」
そう言って入ってきた男が2回銃撃する。それは見事に男たち2名を撃ち殺した。
「畜生! 分かった! 教える!」
「誰だ? 外見的特徴は?」
「名前は臥龍岡凛之助。ひょろがりのガキだった。高校生ぐらいの年齢」
「お前たちは高校生を殺したのか」
入ってきた男の目が冷たいものとなる。
「し、仕方ないだろ! 依頼だったし命令だったんだ! 俺たちの弱みを全部握っていて、それで俺たちは──」
そういう男の頭が撃ち抜かれる。
「予定変更だ。お前たちクズは生かしておけない。皆殺しだ」
「話が違うっ!」
「黙れ、クズ。俺はお前たちのせいで2度も同じ人間に死を与えなければいけなくなったんだ。それもまだ高校生ぐらいの歳の子に」
男が引き金を引くとそれが男たちを次々と貫いていく。
外すことはない。確実に頭部を銃弾が貫いていく。
男を銃撃したことも含めて10発あまりの銃弾は放たれたあと、生き残っている半グレ集団はいなかった。彼らは全員が死亡し、物言わぬ躯になっている。
「正義の味方が正義を執行するのは当たり前。殺されるお前たちが不正義だったのさ。お前たちはクズだ。死んで当り前の存在だ。市民の安全を脅かす存在だ。テロリストといい、お前たちのような犯罪組織といい、日本には存在してはいけないものが多すぎる」
そう呟いてから男はスマートフォンに番号を打ち込む。
「俺だ。そうだ。仕事を頼みたい。現場の清掃だ。民間警備企業に分からない程度にごまかしてもらえればそれでいい。ああ。報酬はいつも通りの口座に。よろしく頼む」
男はそう言ってスマートフォンの通話を切る。
「今の段階でまだ関与が発覚するわけにはいかないんでな。掃除は頼んでおいてやる。苛性ソーダでどろどろに溶かして、東京湾に捨ててやるさ」
男はそう言って入ってきたバーの出口を出ていった。
それから15分後。日本情報軍の監視網が復帰したときに1台のバンがバーの前に止まり、そこから3人の男たちが下りて来た。
「仕事はいつも通りだ。現場の清掃。使用された銃弾1発逃すんじゃないぞ」
「了解」
男たちはバーの中に入ると死体袋の中に死体を収め、現場の血痕を特殊な溶剤で溶かして拭い取っていく。壁にめり込んでいた銃弾も1発ずつ回収し、漏れがないように記録していく。
そして、日本情報軍の監視部隊が見張る中、45分余りの時間で仕事を終えて、何の痕跡も残らなくなった現場から走り去っていく。
全てがいなくなったのを確認してから、日本情報軍から神奈川県より業務委託を受けている民間警備企業に匿名の通報が伝えられる。それから政治将校よろしく同行する日本情報軍情報保安部の将校とともに、民間警備企業が現場を探る。
だが、彼らは銃弾の1発も血の染みの1滴も見つけることはできなかった。徹底的に周囲を探ったが、彼らは何も見つけることはできなかった。
店内に監視カメラはなく、犯行の現場を撮影することもできなかった。
日本情報軍情報保安部の将校は徹底的に現場を調査することを命じたが、分かったのはこの一室を貸し切っている半グレ集団が行方不明になったということだけだった。それ以外のことはなにひとつとして分からなかった。
日本情報軍情報保安部は事件に緘口令を敷き、秘密裏に事件を処理した。
だが、日本情報軍は情報を掴んでいた。
最初に来た女性については分かる点はなかったが、後から来た男性については分かる点があった。公式のデータベースに存在していたからだ。神奈川県警のデータベースに。
神奈川県警警備部所属の公安警察捜査官“百鬼直樹”。
彼は事件後の日本情報軍情報保安部による調査に対し『匿名の通報があったので駆けつけたが、自分が出向いた時には何もなかった』と証言している。
公安警察はかつては強力な組織だった。自衛隊時代には情報関係の部門──旧情報本部などに出向してくることもあったし、自衛隊のクーデターを警戒して、右翼団体や外国組織との接点がないかを調べることもあった。
だが、今は軍の方が力を持っている。
日本情報軍情報保安部の権力は絶大だ。こうして警察関係者ですら聴取できるし、他の砲執行機関同様に法的措置をとることもできる。彼らがそうすることより、犯罪者を脅迫して利用することのほうを好んでいたとしても。
日本国防四軍の情報保全に関わるはずだった部署の権力は今や日本全国、全国民に及び、悪名高いかつての東ドイツにおける秘密警察が復活したかのようであった。それもハイテク装備を有して。
だが、日本情報軍情報保安部もクラウン作戦を知らされてはいなかった。ただ、上から調査について圧力を受けただけだ。『この件について一切の調査を行わず、行わせるな』と日本情報軍情報保安部は指示を受けた。
それでいて第401統合特殊任務部隊の作戦は支援しろというわけなのだ。だが、そこは陰謀屋の巣窟である日本情報軍だ。上手く情報を管理し、クラウン作戦について暴露せずに、日本情報軍情報保安部を使う方法を獲得していた。
情報は分類され、整理され、管理され、必要とするものだけが必要とする人間にだけ与えられる。それ以外は沈黙を維持している。
事態はまさに日本情報軍という日本国の擁する、いや日本国を擁する巨大な化け物との戦いになりつつあった。
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