釣り餌
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──釣り餌
日本情報軍はアングラ界隈を通じて情報を発した。
凛之助の物語について。
すわなち、魔王の誕生に関わるストーリーについて。
その件は既に情報検索のネットワークを確立しつつあった雪風の下にも届いた。
「半グレ集団が儀式を行い、魔王の器を準備した、だって」
「意図的に転生先を選ばせたということか。確かに不可能ではないが……」
これまでの何度も輪廻の中で、凛之助は魔王を求めるものたちから意図的に器を用意され、そこに転生したこともあった。
「しかし、この情報を流したのは?」
「分からない。痕跡は綺麗に消してある。だけど、逆にここまで綺麗に痕跡を消せるってことは、だよ。電子戦に長けた人間の仕業ってこと。日本でこういうことが可能な組織は日本情報軍以外にはないと思う」
他にも知らないアングラハッカーがいるのかもしれないけどと夏妃が付け加える。
「しかし、日本情報軍だとして情報を流して何のメリットが──」
そこで凛之助は思いついた。
「そうか。他の勇者を釣りだすため、か」
凛之助は日本情報軍の意図するものを知った。
「釣りだすって?」
「半グレ集団の仕業だと流せば、他の勇者たちがバックアップを受けており、この戦争の意味を知っている場合、魔王である凛之助について探るために半グレ集団に接触する。そこを確認すれば、日本情報軍は他の勇者についての情報が得られる」
「なるほどね。確かにその通りだよ」
ってことはだよ、と夏妃が続ける。
「私たちも情報が得られるんじゃない? 半グレ集団を見張ってれば、自然と向こうから勇者が来るわけだし。それもこの戦争の意味を知っている勇者が。それらを相手にするには、まずは相手が誰なのかを確かめないと」
「そうだな。だが、可能なのだろうか?」
「日本情報軍が意図的に生体認証スキャナーと街頭監視カメラを停止させるならドローンで。そうでないならば生体認証スキャナーと街頭監視カメラで。このご時世、相手を監視する方法はいくらでもあるよ」
「夏姉はいつも頼れる人だ」
「えへへ。もっともっと、お姉ちゃんのこと頼っていいからね?」
夏妃は嬉しそうにそう笑った。
「夏姉。情報の収集を頼む。私は今は動けない。まだ鍛えている最中だし、複数の勇者と遭遇した場合、厳しい状況に追い込まれることが予想される」
「オーケー。任せといて。ばっちり調査しておくから」
夏妃は早速半グレ集団の拠点である場所の生体認証スキャナーと街頭監視カメラをハックし、ドローンを傍に待機させて様子を窺う。
雪風は日本情報軍の動きに警戒し、近くに不審なIDを持った人間がいないかを捜索しつつ、一般的な陸戦マニュアルに則って、監視地点に憶測をつける。それからその付近をドローンで飛び回り、日本情報軍のレーザー通信のサイドローブを認識した。
日本情報軍の観測位置は認識した。
後は彼らに気づかれないように監視を続けるだけ。
日本情報軍も生体認証スキャナーと街頭監視カメラを監視してるものと思われた。だが、その映像に枝がついていることには気づいていないようだ。夏妃と雪風は監視を悟られぬままに、日本情報軍と肩を並べて現場を監視していた。
凛之助は体を鍛えている。
幻惑魔術で生み出した相手と格闘戦の訓練を行うことで体を鍛えながら、魔力も消費する。これで2倍の効率で体が鍛えられるようになるわけである。
格闘術で凛之助が知ってるものは限られる。魔王として幾度かの輪廻を重ねた後に学習した軍隊式とも呼べる格闘術。的確に敵の急所を突き、敵の攻撃を防御する。
幻影魔法は幻覚を見せるだけではなく、ある程度の実体も有する。相手からの打撃を感じることもできるし、こちらの打撃を反映させることもできる。
いや、それは実体があるのとは少し違うのかもしれない。まるで火傷したかのように痛みを感じても実際は火傷していないというように、幻影魔法は身体の影響を与えるだけだ。まるで実態があるかのように感じるが、実際にはそこには何もなく、体への影響だけが生じるのである。
これを戦闘にも使えないかと凛之助は考えたこともあったが、幻覚を常時出しながら、結界を張ったり、攻撃を行ったりするのは魔力のロスが激しい。だが、いずれ何かしらの使い道が生まれるだろう。
拳を突き出し、体全体を動かして相手の攻撃を躱し、次は蹴りを入れる。
汗を掻くのが今は心地いい。確実に体力が付いている証拠だからだ。
「……夏姉?」
そこで夏妃がじーっと凛之助を見ていることに気づいた。
「いや。ごめんね。リンちゃんがそんな風に体を動かすのは初めて見たから。リンちゃんどちらかというとインドア派で、昔体を鍛えるのに柔道を教わったけど長続きしなかったし。私はこんなだから昔から私の世話はしてくれてて体力はあると思ってたけど、そんな風に戦って見せるリンちゃんは、お姉ちゃん初めてなのです」
アリスちゃんと戦った時は魔法だったし? と夏妃は言う。
「そうだったか。知識としては戦い方は覚えているのだが、やはり体が追いつかない。フィジカルブーストも使って魔力の大量消耗に耐えられるだけの体づくりをしなければ。そうでなければ生き残れない」
戦わなければならないのだ。
勇者と魔王は戦い合う運命である。勝利しなければ死が待っているだけだ。
「そっか。そうだよね。リンちゃんも命がけなんだよね……」
夏妃が俯く。
「夏姉。約束しただろう。私は死なない。夏姉も死なせない。私たちは生き残る。他の勇者を屠ってでも、必ず生き残る。この残忍なゲームを絶対に生き残る」
もう神のいいようにさせたりなどしないと凛之助は言った。
神が日本情報軍という組織に代わろうと何だろうと、もう魔王として死に、勇者たちが争う宿命から抜け出す。勇者たちを屠り、魔王として生き残って見せる。
凛之助はそう決意していた。
「お姉ちゃんは心配なのです……。相手はあの日本情報軍。街中で銃撃戦が起きたのにネットメディアですらそれを一切報じていない。完全な沈黙を保っている。SNSで騒いでいる人がいても悪質なデマ扱い。そんなのがリンちゃんの相手なんて……」
夏妃はやはりひどく心配しているようだった。
「大丈夫だ、夏姉。万全を尽くす。日本情報軍は確かに強力な組織なのかもしれない。だが、私とてこれまで異能を駆使する騎士団や、勇者と戦ってきた。全く戦いの素人ではないのだ。確かに知識不足は否めないが……」
それから体力もやや不足しているが、と凛之助は付け加える。
「大丈夫? まだまだ余裕はあるわけだし、あまり積極的に行動しなくてもいいんだよ? まずはしっかり体力と知識を身に着けて。どうしてもやるなら、それぐらいはしっかりとやっておかないと」
「そうだな。戦いは戦いの準備の段階で半分以上が決まるという。私もこれまでの戦いで準備を怠らずにやってきたつもりだ。それでも負けてしまったものの」
「リンちゃん……」
夏妃が凛之助を見つめる。
「確かに私は負けてきた。負け続けてきた。神の定めた運命に逆らえなかった。だが、だが、今回は負けられない。負けたくない。死にたくないし、死なせたくない。やっと、やっと掴んだ。平穏が得られるかもしれない世界への道を……!」
凛之助はそう慟哭した。
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