アリスへの強襲
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──アリスへの強襲
「前回はアリスに反撃と逃亡の機会を与えてしまった。今回はそうならないようにしたい。つまり、アリスが移動指令所を離れてから仕掛ける」
凛之助は夏妃の問いにそう答える。
「アリスちゃんが移動指令所を離れてからね。分かった。その方向で準備を進めておく。だけどね、リンちゃん……」
「現地の官憲に察知されるな。そして、周囲を巻き込むな。そうだろう、夏姉」
「その通りです。慎重にね、リンちゃん」
夏妃の心配はすぐに分かるようになってきた。
今は魔王であるが同時に魔王ではないのだ。
凛之助を殺そうとしてくる人間にとって凛之助は魔王だ。殺せば願いの叶う存在だ。だが、凛之助自身は魔王としての暴虐さに鳴りを潜めている。
凛之助はその気になれば数千万もの人間を洗脳して、日本情報軍に叩きつけることもできた。そうしないのは、ひとえに夏妃の存在故である。
夏妃は、たとえそれがどれほど難しいことであれ、事態が平和裏に終わることを望んでおり、その彼女の意見を尊重する凛之助も同じようにこの魔法がないはずの世界で平和に暮らせることを望んでいる。
平和に暮らすというのは日本情報軍の手で台無しなったが、今でも凛之助は夢見ているのだ。自分が魔王としてではなく、ひとりの個人として暮らせる世界を。
その世界は徐々に崩壊しつつあるものの、全く以て見込みが皆無というわけでない。まだ見込みはあるのだ。日本情報軍に打ち勝ち、平穏な、平和な、誰かを従わせるでもなく、誰かを殺すでもない日々を過ごすことは。
それは勝ち取らなければならない。
すなわち勇者である敵を殺すことによって。
「アリスは慎重に叩く。日本情報軍に介入させず、市民に犠牲を出させず。それで、アリスの今の位置は?」
「移動指令所から動いてない。周囲の生体認証スキャナーに反応なし」
「今回は日本情報軍には介入させないし、相手を追い込む。だが、夏姉。相手は特殊作戦部隊なるものを動員しているのだろう? 市街地戦となった場合、それらの勢力が介入して来る可能性はどれほどだ?」
「ううんとね。それほど高くはないなと思うけど、少なくとも国内では公式な偽装IDを使っていると思うから判別が難しいんだよ。雪風、日本情報軍の特殊作戦部隊の行動パターンについて分析できる?」
夏妃が雪風に問いかける。
『日本情報軍の特殊作戦部隊については分析にたる情報が不足しています。ですが、今のオープンソースの情報から参照すると、日本情報軍は最大で小隊規模の特殊作戦部隊を正確に投入してくると思われます。それぞれが狙撃、強襲、野外戦闘、室内戦闘に優れた特殊作戦部隊を12名から36名の規模で投入するのがセオリーのようです』
「オーケー、雪風。そして、それらは生体認証スキャナーに引っかからないようになっているか、偽装IDを使っているというわけだね?」
『その通りです、マスター。日本国内で彼らが行動した形跡はありますが、痕跡は残されていません。完全に抹消されるか、あるいは偽装IDを使ったと見るべきでしょう。日本情報軍にはそれを行うに足る能力があります』
「私たち個人ですら偽装IDは作れちゃうんだものね。日本情報軍をもってすればなんとやらだよ。ところで、雪風。自己アップデートの方は順調?」
『リソース不足は否めません。もっと多くのリソースが必要です』
「ふむふむ」
夏妃は何やら思いついたようだ。
「私が前に仕事していた職場のスパコンを使ったらどう?」
『富士先端技術研究所でしょうか? それならば文句なしです』
雪風のアバターがグッとサムズアップする。
「よし。富士先技研のサーバーと接続したよ。そこから世界最強のスパコン“大和”に接続して。少なくとも今は稼働率が下がっているから空いている演算領域はあるはず」
『接続しました。当該スパコンの演算量は膨大かつ空いています。これより、自己アップデートはこちらのスパコンで行います』
「ところで、尋ねるけどさ。自己アップデートを重ねていったとして、日本情報軍の軍用防壁を抜けるまでに進化できる?」
『現状では不可能と言わざるを得ません。日本情報軍が使用している防壁は全世界のスパコンを総動員しても解析に90億年近くの年月がかかります。そして、その90億年の間に日本情報軍の防壁はさらにアップデートされるでしょう』
「やっぱり無理かー」
雪風が防壁を破れるくらい進歩してくれればいいんだけどと夏妃は漏らした。
「夏姉。攻撃についてだが」
「うん。アリスちゃんには市街地での戦闘の場合、護衛が付いていると見て間違いない。お姉ちゃんも宅配ドローンなどを使って妨害を試みるけど上手くいかない可能性があるのです。それでもリンちゃんはやれる?」
「ああ。やってみせよう」
「オーケー。では、移動指令所を潰してから1時間以内に行動。アリスちゃんの動きはこっちでマークしてる。アリスちゃんは……街を見て回ってるね。今のところ、奥村さんに接触するようすもないし、私たちの自宅を洗おうって気もないみたい」
「分かった。現場に向かう。夏姉は前のときのように攻撃開始の合図を」
「了解!」
夏妃は早速付近で爆発物を輸送中のドローンのハックを始める。
一方の凛之助は夏妃からのバックアップを受けて、アリスのいる方角へと向かいつつあった。アリスは凛之助の接近に気づけない。未だに総務省のサーバーでランダムで作成される偽装IDに惑わされて、凛之助は生体認証スキャナーに引っかからないのだ。
凛之助はほぼアリスの背後についた。
生体認証スキャナーからは逃れられないが、可能な限り顔を隠している。
そこでスマホが震えた。
「もしもし、夏姉?」
『攻撃開始のカウントダウンだよ。雪風に繋ぐね』
さあ、この瞬間がやってきた。
『凛之助様。これより攻撃開始のカウントダウンを開始します。30セカンド、20セカンド、10セカンド、3セカンド、3、2、1、攻撃実行』
アリスが慌てた様子を見せる。
まさかまたしても指揮通信が攻撃されるとは思ってみなかったようだ。
だが、間髪を入れず、民間警備企業の生体認証スキャナーのサーバーがダウンし、それと同時に凛之助が認識阻害の魔法を使う。
「吹き飛べ」
凛之助は手の平に魔法を弾にして集め、それを背中を見せているアリスに向けて放つ。攻撃は確実にアリスの息の根を留めるはずだった。
だが、アリスは寸でのところで攻撃を回避した。
「ドローン……!」
凛之助の予想は正しかった。
アリスの周囲を飛行するドローンは自律飛行に移行したのちに、背後で認識不可能な、もっと言うならば先の攻撃に使用された認識阻害の魔法を探知した。
アリスはそれを受けて背後を向き、寸でのところで攻撃を回避した。
「臥龍岡凛之助?」
「さあ、どうだろうな」
振り返ったアリスの問いかけに凛之助はそう答える。
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