移動指令所の追跡
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──移動指令所の追跡
凛之助は今のところは動けない。
アリスの動きは夏妃と雪風が追っている。相手は偽装IDで生体認証スキャナーをごまかせているつもりだろうが、夏妃と雪風は既に分析AIを完璧なものとし、アリスの行動を追っていた。民間警備企業が設置した生体認証スキャナーがハックされ、情報が夏妃たちに伝わってくる。
アリスの行く先に生体認証スキャナーがないということはほぼないが、ない場合は宅配ドローンのIDで飛行している夏妃の違法ドローンが追跡する。
違法ドローンの拠点はこの海宮市にいくつかあり、太陽光発電で蓄電される充電スポットに自律飛行して充電を行い、活動を続けている。中には飛行しながら太陽光で充電するタイプのドローンもあり、そちらの方の飛行時間は72時間を超える。
「アリスって子。私たちの家に入った。流石に探られるだろうと思ってパソコンで焼いておいたし、Webカメラも繋いでないけど、何しているんだろうね?」
「それは確かめることはできなくもない。アリスが立ち去った後に過去視をすればいいだけだ。それで全て分かるだろう」
「だけど、間違いなく自宅は見張られてるからなあ」
夏妃は糖質ゼロの野菜ジュースを飲みながら呟く。
「それよりも彼女たちの拠点。つまりは日本情報軍の拠点。指揮通信車両が海宮市にあったということは市ヶ谷から指揮を取っているわけじゃない。頭を潰せば、混乱が生じる。前みたいにね。そう何度も使える手じゃないから慎重にやらないとだけど、やるならやるでお姉ちゃんは頑張っちゃうのです」
『私も微力ながらお手伝いいたします』
夏妃が言うのに雪風もそう伝えてきた。
「確かに敵の指揮官を討ち取るのは戦争の勝敗を決する。将なき兵は弱い。だが、それは私の世界の戦争の常識だった。ここでもそれが通用するのかは」
「うーん。私も戦争は詳しくないから分からないけど、指揮通信車両を日本情報軍が喪失した場合、彼らはネットワークから再び遮断される。どうやっても彼らが民間の通信インフラで市ヶ谷とやり取りしている様子は窺えない。その点を踏まえて、日本情報軍の指揮通信車両を攻撃した場合の日本情報軍の現地部隊のパフォーマンスの低下について演算して、雪風」
夏妃が雪風にそう呼びかける。
『指揮通信車両が完全に破壊された場合について、過去の事例を参照しました結果、日本情報軍の実働部隊となる統合特殊任務部隊の活動能力はその規模が中隊レベルの場合は77%のパフォーマンスの低下、大隊単位の場合65%のパフォーマンスの低下が予想されます』
「意外と下がらないね」
『はい。日本情報軍の特殊作戦部隊を含めた統合特殊任務部隊はスタンドアローンでの活動も考慮されています。ですが、ネットワークから切り離された場合、各種援護が途絶えるためパフォーマンスの低下は避けられません』
「ふむふむ。少なくとも市ヶ谷との連絡は断てるし、ドローンも自律飛行に移行する、と。ただし、戦術級大型ドローンについては市ヶ谷と府中で動かしてるから、完全な分断は不可能。だけど、現場の要請なしに対戦車ミサイルを叩き込むことはないよね?」
『日本情報軍は基本的に地上部隊の誘導で攻撃を行いますが、国外での暗殺作戦の場合、ドローンのみで攻撃を決断することもあります。過去に何度かの誤爆を招き、人権団体から抗議を受けています』
「ありがとう、雪風。タスクを続けて」
『はい、マスター』
雪風は再び魔王と勇者の伝承と特異な事件の検索及び自分自身のアップデートを始めた。効率よく演算量を使い、タスクを着実に進めていく。
「というわけで、指揮通信車両を潰すと敵のパフォーマンスは半減するね」
「ふむ。だが、リスクも伴う」
「それは、まあ。だけど、戦争そのものがリスクで、私たちは戦争をしている」
日本情報軍と日本国を相手に、と夏妃は言う。
「確かに戦争だ。勇者たちとの戦争であり、日本情報軍という組織との戦争だ。それでも、リスクは低く抑えたい。リスクが高まれば……夏姉を危険にさらしてしまう」
凛之助は絞り出したような声でそう言った。
「もう、リンちゃんってばお姉ちゃんを囚われのお姫様だとでも思ってるの? 私だってリスクは承知の上で行動してる。現に雪風に警察庁や神奈川県警、民間警備企業のサーバーを探らせるのがバレたら刑務所行き。それでもやってるんだから」
「だが、奴らは人殺しも辞さないものたちなのだろう? 刑務所に入っても生き延びられるかもしれないが、日本情報軍という組織がそれを許すとは、私には思えない」
知れば知るほど日本情報軍が化け物に見えてくる。
現に日本情報軍は化け物だった。
日本国を守るために日本国を犠牲にし、日本国の自由民主主義を守るために日本国の自由民主主義を犠牲にし、日本国民を守るために日本国民を犠牲にする。
それでいて、その権力は強大かつ盤石だ。
日本の政財界を支配し、情報インフラを支配し、国民総監視社会を作り上げた。
あからさまな矛盾と正当性のなさをいくつも抱えているにもかかわらずこれなのだ。彼らが夏妃ひとりを殺すことを躊躇うとはとてもではないが思えなかった。
「大丈夫、大丈夫。私はリンちゃんを信じてる。だから、リンちゃんも私を信じて。日本情報軍は確かに危ない連中。この上ない程に危ない。情報に関わる仕事している人間なら、関わり合いを持ちたくはない相手。だけど、向こうが一方的に喧嘩を売ってくるのに、ただただ従うというのは──納得できない」
夏妃が決意を込めてそう言った。
「だから、お姉ちゃんも一緒に戦うよ。戦って勝利するよ。日本情報軍が相手だからって何だっていうんだ。私の大事なリンちゃんを殺しておいて、ただで済ませようなんて、そんな虫のいい話は絶対に認めない」
「夏姉……」
励まされた。夏妃の言葉に凛之助は励まされた。
彼女と一緒ならばどんな強大な敵とも戦える。そんな思いが浮かんだ。
「アリスちゃんを尾行して、移動指令所の場所を突き止める。アリスちゃんは車に乗って移動しているから、その車のIDも登録しておいた。さて、不思議の国は、ウサギの穴はどこかな?」
夏妃が生体認証スキャナーと街頭監視カメラの映像を駆使してアリスが帰る先を探る、恐らくアリスが帰る先に移動指揮所がある。そこで落ち合うのだろう。アリスに指示を出している人間と。
あれから無線は傍受できていない。無線を使うリスクを日本情報軍は考えたらしい。
「見つけた。ドローンに飛行回避命令が出ている。間違いなくこの先だね。ちょいとばかりドローンを侵入させて、と」
夏妃のドローンが間違って入ってしまったというように空域に進入する。
「レーザー通信のサイドローブを確認。間違いなく指揮車だ。これを──」
ドローンからの映像が途絶えた。
「どうなったのだ?」
「撃墜された、ね。指向性EMP攻撃を受けたみたい。対ドローン戦の必須兵器。こっちのドローンも似たような装備はあるから対抗はできるよ。ただし、相手の攻撃が防げるわけじゃない。軍用ドローンですら撃墜する指向性EMP攻撃に耐えられる民生品のドローンなんて存在しないからな」
「鹵獲されたドローンからこちらの情報は?」
「使ったのはピザの配達に使われてるドローン。私たちはそう簡単には足はつかないようにしている」
夏妃はそう言って凛之助を見る。
「それでどうする? 仕掛ける?」
夏妃はそう尋ねた。
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