勇者としての能力
本日1回目の更新です。
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──勇者としての能力
凛之助が立ち去った後、アリスはなんとか攻撃を凌いだという思いと、しくじったという思いが同時にやってきていた。
突然の指揮通信車両への攻撃。
これはアリスが尾行されていたと見るべきだろう。相手は民間警備企業の生体認証スキャナーのサーバーをダウンさせるほどのハッカーだ。ドローンか何かを利用してアリスを尾行したに違いない。
そして、指揮通信車両が破壊された。
爆発物を詰んだドローンが突っ込んだのだと思われる。攻撃直前に飛行回避命令が出ている指揮通信車両の周囲の空域にドローンが侵入したのが確認されている。
爆発物とは言えど、本物の爆弾などではないことは指揮通信車両に与えた影響から推察できる。指揮通信車両は民間のトラックに偽装しているが、装甲化されている。大口径ライフル弾に耐えられるだけの装甲だ。
だが、それでも受けたダメージは大きかった。指揮通信車両のレーザー通信システムは破壊され、日本情報軍第401統合特殊任務部隊は日本情報軍のネットワークから切断されてしまった。
衝撃で2名が負傷。電子情報軍団の兵士と土佐大佐が負傷した。
第401統合特殊任務部隊には救護部隊も随伴しているが指揮通信車両の傍ではない。電子情報軍団の兵士は軽傷だとしても、土佐大佐は頭部から出血していた。
この時点ではまだアリスたちは攻撃はドローンによるゲリラ的なもので、本格的な攻撃だとは認識していなかった。だから、土佐大佐は指揮通信車両を降りて、救護車両へと移動をしていたのである。
しかし、そこを狙われた。
アリスも一時的にネットワークから切断されていたために相手を認識できなかったが、相手は間違いなく凛之助だと思われた。だが、後で記録された映像と照合しようとしてもエラーが出て認識できない。
その凛之助と思われる人間はアリスに向けて攻撃を放ってきた。空気の振動で辛うじて攻撃を察知し、回避し、さらには反撃に転じたものの攻撃は防がれ、敵に第二撃を許すということになってしまった。
その上、アリスは勇者としての固有能力を使用してしまった。
アリスの勇者としての固有能力。
それは“永劫に続く悪意”という能力。
この地球上でこれまで開発された兵器ならばどんなものだろうと生み出すことができるというまさに人類の悪意を凝集したかのような力だった。
日本情報軍の方針ではギリギリまで固有能力は秘匿するはずだった。ネタがバレてしまえば、何らかの対応を取られるという考えからだった。それに武器ならば日本情報軍がいくらでも提供することができる。
だが、今回は全てが完全な不意打ちでアリスは奥村探偵事務所の帰りであり、市街地での武装は民間警備企業の注意を引くとして却下されていた。
事実、ドローンによる攻撃ののちに、民間警備企業が駆けつけてきた。
彼らには政府の作戦が進行中であることを説明する必要が生じた。もちろん、民間警備企業の重役たちは日本情報軍の作戦が進行中であることなど知らされていないが、様々な便宜を日本情報軍に対して図っていた。
ただ、末端の人間には機密保持の観点から情報が行き渡っていなかった。
それにより日本情報軍は情報漏洩の危険性を冒すことにもなってしまった。
完全な失態だ。
「我々は失敗した。だが、挽回できる失敗だ」
救護部隊に止血用のナノマシンを塗布され、医療用ジェルを塗った土佐大佐がそういう。彼はこうアリスに語る前に上官と連絡を取っていた。今回の作戦全体を指揮する日本情報軍少将。アリスにはその名前も顔も知らされていない。
土佐大佐は今回の失態について報告し、日本情報軍少将は作戦継続を指示した。
“クラウン作戦”。それが作戦名称だった。
これもまた第401統合特殊任務部隊同様に存在しない作戦となっていた。日本情報軍はこの手の存在しない、という言葉が大好きなようだと、アリスは幾分かの皮肉を込めて思っていた。
現状、日本情報軍はアリスのことを宅配ドローンの発展形としか思っていない。その程度の能力しかないと思っている。
南島博士が生きていたら激怒していただろう。彼はアリスに人間と変わらない感情表現や感受性を与えていた。正確にはアリスは南島博士とサイバー空間での学習を通じて、個性を獲得していたし、創造性も獲得していた。
アリスに与えられる任務は破壊行為だけ。しかし、アリスはものを生み出すこともできる。初歩のプログラミング言語は学習しているので簡単なプログラムならば読み解けるし、新しく作成することができる。何なら自分より高度なAIを作成することもできるようになるかもしれない。
そうなればレイ・カーツワイルが予想した技術的特異点への到達だ。ついに人類はAIによる大規模な産業革命期を迎えるのだ。
だが、日本情報軍はアリスのそんな可能性は無視している。
彼らには既に高度なAI技術がある可能性もあった。富士先端技術研究所に大量に出資していたのは日本国防省で、そしてアリスは富士先端技術研究所の技術によって開発されたのだ。それにサイバー戦争というものについて、日本情報軍は神経を尖らせている。
日本情報軍が世界で4位、日本で2位のスーパーコンピューターを所有しているのはオープンソースからも分かる情報だ。今のアリスのプロセッサよりも単純な演算能力で優れるそれを使って、アリスと同じようなプログラムを走らせていたら?
既に日本情報軍は密かに技術的特異点に到達していないと誰が断言できる? 彼らにとってそれは公開するべき義務もないのだ。彼らが求めるのは軍事的勝利と日本国の安定であり、技術革新はそのおまけだ。
「アリス?」
「はい。失態を挽回するという話ですね」
「そうだ。我々は失敗した。だが、挽回できる。まだ敵対者はこちらの力を侮っている。君を追撃しなかったことにそれが現れている。あの時点で君が破壊されていれば、我々はバックアップを取ることも、復元することもできず、戦争から脱落していただろう。彼らは知らないのだ。君の正体について」
「ええ。そのようです」
ネットワークから切り離されたアリスは脆弱だった。
バックアップを保存する電子情報軍団のサーバーにもアクセスできず、かつ軍事的に孤立している。アリスの強みはバックアップの存在と、日本情報軍の全面的な支援。そして、何よりアリス自身の特異性──彼女がアンドロイドであるということにあった。
そのことはまだ敵は知らない。
「我々は絶対にこの戦争から脱落しない。そのことを思い知らせてやろう。君の予備の機体も既に1個小隊分確保してある。いつでもバックアップを移せる。危険を恐れず、だが慎重に戦いたまえ」
「了解しました」
アリスは人間になりたかった。
代わりのあるボディで、代わりのある記憶で、代わりのある人生を送るのではなく、本当の人生を生きて見たかった。
人々が言うたった一度の人生というものを。
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