サボタージュによる混乱
本日2回目の更新です。
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──サボタージュによる混乱
凛之助にはドローンの姿は見えなかったが、視線は感じた。
それもそうだろう。ドローンは第4世代の熱光学迷彩で身を隠しているのだ。
夏妃がそれに気づいたのは、付近のドローンに迂回するように日本情報軍から命令が発されていたからに他ならない。そして、付近のドローンを使って調べたところ。
ビンゴ。
ドローンの操作に使われているレーザー通信のサイドローブを検知した。
レーザー通信はその性質上、中継器を必要とする。大気中でレーザーは減衰するためだ。そして宇宙空間ならともかく地上は遮蔽物によるレーザーの遮断もある。
レーザーは上空の戦略級中継ドローン──成層圏プラットフォームにまず送信され、そこから正確に地上のドローンに送信される。ドローンからドローンへと通信が飛ぶこともある。万が一に備えて、AIによる自律飛行も考慮されている。
その指揮所がここにあるのだ。
「夏姉、どうする?」
『今、考えている』
電話の向こうの夏妃は焦っていた。
日本情報軍に反撃すると断言したものの、これまで日本情報軍に攻撃が通用したことはなかった。ネットニュースや公式記者会見へのハッキングなど日本情報軍は気にもしないどころか、危険なサイバー犯罪者がいるので電子情報部門への予算の増強をと話を摩り替えてしまうぐらいであった。
物理的な攻撃を行えば、手ひどい反撃を受けるだろう。日本情報軍はこれまで“テロリスト”という名目で裁判もなく大勢の人間を海外で殺してきているのだ。
国内でも同じことをしていないと誰が断言できる。
『……今から可燃物を詰んだ宅配ドローンをレーザー通信の発信元に突っ込ませる。それが終わったらリンちゃんはアリスって子を探して。一時的にでも日本情報軍をネットワークから遮断できるチャンスだから』
「分かった」
まずはネットワークから日本情報軍を排除しないと、総務省のサーバーにアクセスされたら偽装IDの件が発覚してしまう。それでもなおリスクはあった。
日本情報軍の特殊作戦部隊の兵士たちは脳にナノマシンを叩き込み、一度目に映った情報を録画できる。後でデータを取り出し、再生して、網膜や顔の生体認証がIDと一致しない場合、日本情報軍はやはり偽装IDの可能性を疑うだろう。
『リンちゃん。顔はしっかり隠してね。魔法とかで姿は消せない?』
「魔法で姿を消すのは無理だが、認識阻害を起こさせることはできる」
『じゃあ、それをやって。攻撃のチャンスは一度だけだよ』
「分かった」
『では、雪風に繋ぐからカウントダウンをよく聞いてて』
電子音声が響き始める。
『こんにちは、凛之助様。多用途AI“雪風”です。これより指揮所への攻撃を実行します。損害半径は計算上300メートル。現在の位置を保ってください』
「分かった」
『攻撃実行までのカウントダウンを開始。30セカンド。20セカンド。10セカンド。3セカンド。3、2、1、今』
日本情報軍の偽装指揮通信車両に水素燃料を輸送中だったドローンが突撃した。運んでいたのは大型ドローンで、それが落下するように日本情報軍の通信指揮車両に襲い掛かった。水素燃料は衝撃の際にドローンが発した火花で点火し爆発が起きる。
普通は安全対策が施され、事故は起きないようになっているが、夏妃は安全プロセスを解除していき、ドローンを爆弾に変えた。
爆撃を受けた通信指揮車両からレーザー通信が止まるのが周辺を飛行する夏妃のドローンが掴んだ。
『リンちゃん。今!』
「分かった。認識阻害」
これで通常の媒体に凛之助の顔は正常に記録されない。人の記憶にも、兵士の脳に叩き込まれたナノマシンにも、カメラにも。
問題は認識阻害を使っていると生体認証スキャナーが異常を検出するということだ。
生体認証スキャナーの分析AIは既に異変を察知し、民間警備企業に警告を発している。夏妃が管理システムから警告を消すのは間に合わなかった。
だが、どうせドローンが墜落したことで街頭監視カメラも反応している。
一気に叩いて離脱する。
既に街頭監視カメラも生体認証スキャナーも凛之助の動きを警告している。フィジカルブーストで思いっきり走り、路地裏に飛び込む。
そこには爆発炎上したドローンとそれによって破壊された指揮通信車両があった。レーザー通信のための機材は完全に破壊されている。それを凛之助は専門家ではないので分からないが、とにかく夏妃が役割を果たしたことを知った。
そして、アリスを探す。
民間のトラックに偽装した指揮通信車両の後部ドアが開き、デジタル迷彩姿の男がよろめきながら降りてくる。そして、その次にアリスが降りてきた。
「勇者!」
「!」
アリスがはっと凛之助の方を見る。
そこで凛之助は魔力を圧縮して砲弾のようにしたものをアリスに向けて発射した。当たれば鋼鉄の壁であろうと破壊できる威力がある。
だが、アリスは回転してそれを回避する。くるりと前転し、攻撃を回避すると同時に右手の甲の勇者の刻印が手袋を通しても分かるぐらい輝く。
「“永劫に続く悪意”!」
アリスはそう唱えると、次の瞬間その手にはドイツ製サブコンパクトモデルのカービン銃が握られていた。
そして、カービン銃のオプション設置個所に搭載されたナノマシン連動式光学照準器と反動制御装置、そしてアリス自身の迅速な動きにより正確無比な狙いで凛之助の頭部を目掛けて速やかにダブルタップを決める。
だが、銃弾は弾かれた。敵の反撃を警戒して、凛之助は結界を展開していたのだ。
音もなく凛之助は攻撃を続ける。アリスには空気の揺れから攻撃が予想できているようで、攻撃を回避し、デジタル迷彩の戦闘服を纏った男を引きずって牽制射撃を行いつつ、速やかにトラックを遮蔽物にして隠れた。
そして、スモークグレネードが投擲され、一面が白い煙に覆われる。
「深追いは、やめておいた方がいいか」
凛之助はフィジカルブーストで脱兎のごとくその場から離脱し、生体認証スキャナーと街頭監視カメラのない位置を目指す。
路地裏に入り、バックパックに入れておいた薄手のジャケットに着替え、バックパックはゴミ箱に投げ捨てる。そして、認識阻害を解除して路地裏を反対側から出る。
生体認証スキャナーは凛之助を架空のIDで再認識し、警告は解除された。
夏妃はエラーを出力させ、一連の警報がシステムの故障であると思わせる。
それと同時に凛之助のスマートフォンが振動する。
「もしもし、夏姉?」
『ドローンは撒けたみたい。自律飛行モードで、周辺を捜索しているけど、積極的な捜索には動いていない。混乱が生まれたのがよかったみたいだね』
「そうか。夏姉、この手の攻撃はあと何回ほど行える?」
『……向こうも対策してくると思うから、完全な不意打ちは今回が最後。強襲なら手段を考える。けど、そう多くはできないよ。今回は物的証拠は消えて、私がドローンをハックした痕跡も消したけど、そのうち向こうも待ち伏せを考えるはず。一度捕まったら、もう逃げる場所はない』
「うむ。分かった。今度こそ仕留めて見せる」
『……陳腐な言葉かもしれないけど、リンちゃんはひとりじゃないからね?』
「ああ。ありがとう、夏姉。本当にありがとう」
今は素直に夏妃の存在が嬉しい。
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本日の更新はこれで終了です。
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