各個撃破狙い
本日1回目の更新です。
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──各個撃破狙い
勇者が一時的にでも団結し、魔王に対抗する。
その最悪のシナリオを回避するために凛之助は行動を始めていた。
生体認証スキャナーのデータに天沢アリスのデータはない。彼女は幽霊のように動き回り、決して探知されることがない。
だが、今や海宮市を警備する民間警備企業の生体認証スキャナーの管理システムの中には夏妃が仕込んだトロイの木馬がいる。木馬は作動し、凛之助に関するデータを書き換えながら、同時にアリスを追跡している。
アリスを探る仕組みはこうだ。
生体認証スキャナーの通信量をまずは偽装し、生体認証スキャナーのデータをセーフハウスにある夏妃のサーバーに転送する。そこから雪風と夏妃が組み立てた新しいAIによってアリスの情報を認識するようにする。
アリスの認証データは新たに作成し、網膜、顔、音声、行動パターンなどなどの各種個人情報をセットし、後は分析AIが民間警備企業から盗み取ったデータから海宮市におけるアリスの位置を割り出す。
また、アリスの確認された付近には宅配ドローンのIDで行動しているドローンを飛行させ、アリスの動きを追跡する。生体認証スキャナーのない場所でも相手の動きを探ることができるわけである。
それと同時に夏妃は総務省のサーバーをハックして、凛之助のIDの書き換えを行った。民間警備企業の管理システムから生体認証スキャナーのAIをジャックして、凛之助を認識しないようにしているが、日本情報軍が行動に出ると別の分析AIが使用される可能性があったし、日本情報軍のドローンにも警戒しなければならない。
なので、偽装IDを作成する。
偽装IDを作るのはそう難しいことではない。というのも、2020年に起きた戦争が関係している。アジア全土を巻き込んだ大戦争だ。
中国本土も戦場の一部となり、彼らの管理していた国民の個人情報を収めたサーバーが電子攻撃と物理攻撃を受けて破壊された。これまで国民を電子情報で管理していた中国はその情報を完全に喪失したのだ。
戦後になって再建が始まり、個人情報の再登録が始まったが、大戦の影響で貧しくなった農村ではお金欲しさに個人情報を売る人間が現れ始めた。中国人の個人情報が海外のブローカーによって取引され、結果として架空の人間が生まれたのだ。
夏妃もその手の情報を購入していた。
中国人の個人情報が情報ロンダリングされ、日本人のIDとして使われる。存在しない架空の人間が総務省のサーバーの中に生まれ、そのIDを使ってで凛之助は行動することになった。これで街中の生体認証スキャナーは心配せずともいいし、日本情報軍のドローンもごまかすことができるようになる。
「夏姉。今、AAの位置は?」
スマートフォンの会話が傍受されている可能性に備えて敢えて天沢アリスという単語を使わずに凛之助と夏妃はやり取りする。
『奥村さんの事務所に入ったのが確認できたよ。……でも、どうするの?』
「先制攻撃だ。勇者は特殊な力を持っている。それを使われると不味い」
だから、使われる前に叩くと凛之助は言った。
『そっかー。気を付けてね。相手は女の子でも背後には日本情報軍がいる。いつドローンが飛んできて対戦車ミサイルを撃ち込んでくるか分からないから。連中が絶対に街中でその手の兵器を使わないっていう保障はないんだよ』
お姉ちゃんは心配ですと夏妃は言っていた。
「空にはよく気を付ける」
幸いにして凛之助は未来視ができる。空からの脅威があるならば空を見上げればいいだけだ。今のところ、1時間先にも、5時間先にも上空を飛行するのは宅配ドローンだけだ。恐らくはその中に夏妃のドローンが混じっている。
「奥村さんは未だに日本情報軍とやらに狙われてるのだろうか」
『そこら辺は分からない。奥村さんのスマートフォンには侵入された痕跡はないよ。だけど、アリスって子が近くにいるなら、やっぱり日本情報軍はそう易々と見逃してはくれないってことなんだろうね』
「奥村さんを巻き込んでしまったな……」
『大丈夫。奥村さんも元刑事だから。どうすれば日本情報軍から生き残れるは分かっているはずだよ』
「そうだといいのだが」
聞けば聞くほど日本情報軍という軍隊は危険に思えてくる凛之助だ。
これまで彼も軍隊を組織してきたが、日本情報軍は性質がまるで異なる。自由民主主義については凛之助の記憶にもある。これが守られているのは日本国の国是だからであるとも。だが、日本情報軍はそれを守るとしながらも、それに反した行為を行っている。
まるで国家が軍隊を従えているのではなく、軍隊が国家を従えているようだ。
そう、日本情報軍はまさにその悪しきプロイセン的状態にあった。自分たちの存続と任務こそが日本国を守るためだとして、日本情報軍のあらゆる任務を正当化し、存続を脅かすものを排除してきた。
『リンちゃん。奥村さんのところで暴れないでね?』
「短い間とは言え世話になった人だ。巻き込むことはしないよ、夏姉」
今は遠くからの監視に務める。
奥村探偵事務所の入った建物の監視。未来視を駆使して、アリスの動きを探る。アリスには勇者として洗脳魔法はレジストされたが、未来視の対象にならないことはない。まだ凛之助に魔王として務めを果たそうとしていた時は、この未来視で勇者たちの攻撃を読み、反撃してきたのだ。
それでも結局は魔王は勇者に倒される定めにあったとしても。
「だが、今回は勝利しなければ」
そうしなければ夏妃が、彼女が悲しんでしまう。
初めて魔王という責務に重みを感じた。
「……30分後に出てくるな」
未来視でアリスの動きを読む。
アリスは30分後、奥村探偵事務所を出て、車に乗る。
「車を追いかけるべきだろうな」
凛之助はフードを深く被る。
凛之助の存在が探知されて、かつ生体認証スキャナーが凛之助の存在を認識していないことが日本情報軍に発覚すると、偽装IDの存在が芋づる式にバレる。
央樹とのやり取りも気になるが、今現在アリスが去った後でも奥村探偵事務所は日本情報軍の監視対象になっていると見るべきだ。央樹に借りを返すつもりならば、央樹を巻き込まないようにするべきだ。
「車が来た。後は過去視だ」
流石の凛之助も街中でフィジカルブーストを使って車を尾行しようなどとは思わなかった。どう考えても見つけてくださいと言っているようなものだ。
過去視を使って車を尾行する。
車に動きに沿って歩道を進み、ゆっくりと、だが着実にアリスの後を追う。
生体認証スキャナーが凛之助を探知しないとしても、街頭監視カメラの分析AIは不審な行動を行う人物を検出するプログラムを走らせている。それによって犯罪を事前に防止したり、犯行後の犯人の足取りを追う手助けをするのだ。
ジョギング程度の速度ならばそのプログラムには引っかからないと凛之助は夏妃から教わっている。なので、走るとしてもジョギング程度の速度で後を追う。
車は途中で止まり、アリスはそこで降りた。
凛之助は後を追おうとするが、スマートフォンが振動した。
「もしもし、夏姉?」
『その付近に日本情報軍の戦術級小型ドローンが何機もいるから近づかないで。恐らくはその先に指揮所があるんだと思う。こっちのドローンで探るからリンちゃんは待機。何か分かったら知らせるよ』
「分かった」
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