トレイル
本日2回目の更新です。
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──トレイル
アリスは海宮市を管轄する民間警備企業の有する生体認証スキャナーのサーバーが破壊されたことを知らされた。かなり強力なワームで攻撃され、管理システム以外のサーバー機能はハードディスクごと交換せねばならず、過去のデータも全て飛んだと。
「敵には優秀なハッカーがいるようですね」
「ああ。軍用無線通信まで傍受するとは。これからは連絡は高度に暗号化した状態で行う。簡易な無線通信は使用しない。民間の回線を使うなどもってのほかだ」
第401統合特殊任務部隊の指揮を執る土佐貢治日本情報軍大佐は日本情報軍が市街地で使用する移動指令所──見た目は民間のトラックに見える──でアリスと打ち合わせを行っていた。
「使用されたワームについては解析中だが、次からはこのようなことが起きないように民間警備企業に日本情報軍から電子情報軍団の人間を派遣することになった。その人間も我々の指揮下に入る」
日本情報軍は3つの軍団で構成されている。
人的情報収集及び特殊作戦を遂行する特別情報軍団。
電子的情報取集及びサイバーセキュリティを遂行する電子情報軍団。
ドローンや偵察衛星を使用し画像情報を収集する空間情報軍団。
その3つの軍団からそれぞれのエキスパートが集まって構成されるのは基本的な作戦単位である統合特殊任務部隊だ。
統合特殊任務部隊は対戦車ミサイルを搭載したドローンを運用するし、実働する高度な訓練を受けた特殊作戦部隊を有するし、サイバー空間での情報収集や敵ネットワークへの攻撃を実行する。
日本情報軍はいくつもの統合特殊任務部隊を有し、各地で活動している。
だが、アリスの所属するこの第401統合特殊任務部隊《JSTF》は実在しないはずの部隊であった。公式の記録には記載されず、所属する人員は他の部署や部隊に所属していることになっている。
この手の工作は日本情報軍では日常茶飯事であった。彼らは表に出ると不味い作戦を遂行するときはこの手段を使う。今回もそうだった。
日本国民を日本情報軍が殺害する。
それは発覚すれば大変な騒ぎになる事件だ。彼らが邪魔な政治家やマスコミ関係者、弁護士や活動家を処分してきたとしても、それはバレないように工作されている。だが、今回の工作はかなり大規模なものになる予定だった。
何せ、情報によれば、魔王もそれを狙う勇者たちもそれなり以上の脅威を有する特殊能力を持っていると考えられているからだ。
恐らくは日本国内で戦闘が起きる。小さくない規模の衝突が発生する。
それを隠蔽し、日本情報軍の関与を明らかにせず、かつ魔王と他の勇者たちを殺害するのがアリスと第401統合特殊任務部隊の役割だった。
「ワームはかなり高度なものだったと聞いている。いくら民間警備企業のサイバーセキュリティが日本情報軍や政府機関のそれに劣るとはしても、神奈川県から業務委託を受けるほどの民間警備企業のセキュリティが早々抜けるはずはない」
土佐大佐は何か考え込んでいるようだった。
「我々が接触した臥龍岡凛之助ですが、姉が在宅プログラマーとプロフィールにありますが。これは無関係ですか?」
「調べている。だが、たかが在宅プログラマー程度に抜かれるような防壁でもあるまい。別の線も追っている。アングラハッカーの中にはこの手の仕事を請け負う人間もいる。臥龍岡凛之助がそういう人間に接触していないか調査中だ」
アングラハッカーについては日本情報軍も完全に把握してるわけではない。
いくつかのアングラハッカーについては把握し、その動向は常に監視されている。だが、夏妃はその手のマークを受けていなかった。
まさかその存在が軽視されている夏妃こそが日本情報軍の関与を把握し、民間警備企業の生体認証スキャナーのサーバーを落としたとは誰も考えていなかった。
「ワームの一先ずの解析結果です、大佐」
移動指令所内で電子情報軍団のチームと連携している兵士が土佐大佐の端末にデータを送信する。土佐大佐はそれを自分で見てから、アリスに見せた。
「海宮市の市役所の端末から感染が拡大。一気に民間警備企業のサーバーに侵入。セキュリティホールを自ら生み出し、サーバーの防壁に穴を開けて侵入後、民間警備企業のサーバーだけを狙って過負荷を掛ける攻撃を実行。その後、完全にサーバーを破壊した」
「思った以上のやり手らしい」
サーバーは過負荷のあまり完全に操作不能に陥り、ハードディスクの物理的な交換を余儀なくされている。
「過去のデータは?」
「バックアップサーバーも破壊されている。物理的にな。それからこの手のワーム技術については大陸でも使用された例があるらしい。同一犯かは分からないが、大陸側がこの戦争に乗り込んでこないといいのだが」
ウィルスやワームの開発技術は拡散するものだとアリスは知っている。完全に独自に生み出すことはない。それから土佐大佐は大陸で使用された痕跡があると言ったが、大陸で使用されたワームはハードディスクを破壊するほどのものではなかったとアリスは記憶している。
誰かが変異種を生み出した。より高度で、破壊力の高いものを。
「我々はどう行動を?」
「流石に日本国内で戦術級大型ドローンを飛ばすのは怪しまれる。飛行禁止命令を取る過程で国交省に作戦が漏洩する可能性がある。戒厳令も出せれば楽だが、今の段階でそれを行うのはリスクがあまりにも高い」
よって、と土佐大佐は続ける。
「地道な追跡だ。臥龍岡凛之助についての情報収集を行う。確かに民間警備企業の街頭監視カメラと生体認証スキャナーのデータは消えた。だが、この世の中には何億人もの人間が常にスマートフォンなどのカメラで周囲を記録している。我々はこの海宮市に存在する住民のスマートフォンの位置情報データから、臥龍岡凛之助が奥村探偵事務所から自宅に向かう過程と自宅からどこに移動したかのデータについて収集する」
情報提供を表立って求めるわけにはいかない。今回の作戦は秘密作戦だ。民間人に情報提供を求めるならば何かしら別の口実を準備しなければいけないが、そんな時間的猶予はない。
恐らくは位置情報も、カメラデータも電子情報軍団の人間がハッキングして入手することになるのだろう。
「君は奥村央樹に引き続き接触を続けろ。今のところ、所在のはっきりしている臥龍岡凛之助の関係者は彼だけだ。姉も行方不明。一緒に姿を消したと見るべきだろう。奥村央樹が尻尾を出すように接触を続け、追跡を実行しろ」
「了解」
地道な追跡作戦。その訓練は日本情報軍で受けてきた。
気づかれずに央樹を尾行することもできるし、公の立場から日本情報軍の影を出さずに央樹に接触することもできる。
「一先ずは、データを電子情報軍団のサーバーにアップロードしておきたまえ。バックアップだ。君という存在は記憶を電子媒体でバックアップできるのが取り柄のひとつだ。その頭脳が破壊されても、すぐにバックアップデータから復旧すれば、この戦争で脱落することはない」
だからこそ、アリスがこの戦争のプレイヤーに選ばれたのだ。
絶対に死なない兵士。死んでもいくらでも復旧できる兵士。
それならばまずこの戦争で脱落することはあり得ない。
「了解。バックアップには24時間必要です」
「許可する」
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本日の更新はこれで終了です。
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