トロイの木馬
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──トロイの木馬
アリスの記憶データーは日本情報軍電子情報軍団隷下の知能システムコマンドのサーバーにバックアップされている。そこさえ制圧できれば日本国防四軍のシステムを全て乗っ取れると雪風が断言した場所だ。
そして、夏妃はそこにワームを仕込むことに成功した。
アリスの記憶にワームのコードを仕込んだのだ。
アリスの記憶をそのままバックアップした日本情報軍はワームのコードまで保存してしまったのだ。後はきっかけを与えてやりさえすれば、ワームは発動する。
「起動!」
夏妃は引き金を引いた。
知能システムコマンドのサーバー内にワームが発生する。
それはコンマ秒で知能システムコマンドのサーバーを乗っ取り、日本国防四軍のシステムを乗っ取り始めた。
「ワーム発生! 知能システムコマンドのサーバー、制圧されました!」
「ワームなおも増殖中! 海軍のシステムに侵入しようとしています!」
「特別情報軍団のシステムも攻撃を受けています!」
電子情報軍団は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
完全に安全だと思っていた自分たちのサーバー内でワームが発生し、急速に増幅しながら海軍と特別情報軍団のシステムを攻撃しているのだ。
「防衛エージェントを総動員しろ! 残らず叩け!」
「ダメです! 数が足りません!」
電子情報軍団の司令官である日本情報軍中将が命じるのにオペレーターが悲鳴染みた声を上げる。
「海軍のシステム、乗っ取られました! 戦略打撃潜水艦のシステムが……」
「戦略打撃潜水艦“やましろ”が巡航ミサイルの発射体制に入りました……!」
海軍の大混乱に陥っていた。
戦略打撃潜水艦──ミサイル潜水艦の垂直発射管に収められた巡航ミサイルが勝手に発射体制に入り始めたのだ。
「日本情報軍に繋げ! 何が起きているのかと!」
「戦略打撃潜水艦“やましろ”が目標を決定! 目標、東京、大阪、札幌、福岡……」
「なんとしても発射を阻止しろ! “やましろ”の弾頭は電子励起炸薬だぞ! 一発でも炸裂すれば大惨事になる……!」
海軍の必死の努力もむなしく、“やましろ”は垂直発射管に注水。発射準備を整え始めた。残り僅かな時間で日本の主要都市が吹き飛ばされる。
「ほらほらほら。急いで、急いで。海軍がミサイルを発射しちゃうよ。防衛エージェントをそっちに向けないと」
攻撃の実行者である夏妃自身も焦っていた。
日本情報軍が自軍のシステムを守ることに専念し、海軍のシステムを放棄したら、本当にミサイルが発射されてしまうのだ。
「防衛エージェントを全て海軍のシステム防衛に……」
「しかし、司令!」
「ミサイルが発射されては終わりなのだ!」
「……了解」
だが、日本情報軍は夏妃の思ったように動いた。
自軍のシステムを放棄し、海軍の防衛に回ったのだ。
ここで夏妃は日本情報軍の全てのシステムに対してフリーハンドを得る。
「全ユニット武装解除! 無人戦車に向けて対戦車ミサイル発射!」
作戦行動中の屠龍が全ての武器をパージし、さらには上空から飛来した対戦車ミサイルが30式無人戦車を吹き飛ばす。
日本情報軍第401統合特殊任務部隊は一瞬で丸裸にされたのだ。
「何がどうなっている!」
現場にいる土佐大佐が大混乱の中にあった。
そこでアリスの腕に自動拳銃が握られ、土佐大佐を銃撃した。
土佐大佐は地面に倒れ、アリスは走って自分の腕を回収する。
「まだ勇者としての権限はあるか?」
「ある。それにしてもこれを仕込んだのはあなたのお姉さん?」
「ああ。夏姉は電子の女神だからな」
「本当に凄い」
アリスはまじまじと凛之助を見つめる。
「臥龍岡凛之助。私は──」
そこで爆発音が響いた。
屠龍が燃えている。
「何が……」
「熱光学迷彩を使用している何かが接近してきている! 音は把握できる! そこだ! 伏せて!」
まるで第401統合特殊任務部隊が全滅するのを待っていたようなタイミングでそれは攻撃を仕掛けてきた。
全身を熱光学迷彩で覆った機体。
やがてゆっくりと熱光学迷彩が剥げる。
「ヴィルトカッツェ……!?」
現れたのは市街地戦で日本陸軍に出血を強いた機体。ヴィルトカッツェだった。
『はーい。勇者のお嬢ちゃんと魔王の少年! 殺したぜ』
その機体から響くのは鏡花の声だった。
「京極鏡花……? 死んだはずじゃあ……」
『あんたらが吹っ飛ばしたのはあんたらが誤認するように成形した死体だよ。あいにく、本人はこうしてぴんぴんしてる』
鏡花はそう言って機関銃を構える。
『というわけで、残るはあんたたちだけだから死んでくれ』
激しい発砲音が響き、ヴィルトカッツェから銃弾が遮蔽物に隠れる凛之助たちに叩き込まれる。
「私が攻撃して気を逸らす。その隙に逃げろ」
「ダメ。あなたには帰りを待っている人がいる。その人の下に帰ってあげて」
「だが、お前は……」
「大丈夫。私がどうにかする」
アリスはそう言ってRPG-6対戦車手榴弾を取り出す。
「本気か?」
「本気」
アリスの決意は固かった。
『アリスさん。あなたの判断はAIとしては褒められるものではありません。タスクの放棄と自己犠牲。全く以てナンセンスです。ですが、ひとりの“人間”としてはあなたのことを高く評価します』
「ありがとう、雪風さん」
アリスはそう言って微笑むと対戦車手榴弾を持って鏡花の操るヴィルトカッツェに突撃していった。
鏡花はヴィルトカッツェから機関銃を速射し応戦するが、アリスの方が速い。
瞬く間に懐にアリスが飛び込んだ時40ミリグレネード弾が彼女を吹き飛ばした。
だが、対戦車手榴弾は既に放たれていた。
対戦車手榴弾は鏡花のヴィルトカッツェに打撃を与えると、鏡花をヴィルトカッツェから強制排出させた。そして、鏡花のヴィルトカッツェが吹き飛ぶ。
「やってくれる……!」
鏡花は生きていた。だが、その両手は傷に覆われている。
「京極鏡花」
「だが、あんたを殺せば、あたしの願いは叶う。死んでくれ、夏妃ちゃんの弟君」
鏡花が凛之助に自動拳銃の銃口を向ける。
「京極鏡花。自害しろ」
「ははっ! 何を言って……」
鏡花がそれを笑い飛ばそうとしたとき、鏡花は自分の手が自分の頭に自動拳銃を向けているのに気づいた。
「もうお前は勇者でもなんでもない。刻印が汚れた。大人しく、死ね」
「冗談……──」
乾いた発砲音が響き、鏡花は自分で自分の頭を吹き飛ばした。
「これで終わりか……」
凛之助はついに勝利したのだ。
輪廻を続けて数百年。始めてこの戦争に勝利したのである。
勇者たちは全滅し、魔王である凛之助だけが生き残った。
『臥龍岡凛之助。おめでとうございます』
そこでメッセージが耳に響いた。
「神々か?」
『その使いです。あなたは戦争に勝利しました。おめでとうございます。あなた自分の願いをひとつだけ叶えることができます。そして、これからあなたは勇者と魔王の戦争に関わることはありません』
「事実か?」
『事実です。あなたは生まれ変わってもまた魔王になることはありません』
そう言ってメッセージは途切れた。
「そうか……。本当に終わったのか……」
凛之助はただただそう呟いた。
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