マーシャル・ロー
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──マーシャル・ロー
神奈川県に戒厳令が布告された。
度重なるテロへの対応とされ、首都圏を管轄する日本陸軍第1師団及び富士教導団の展開が決定した。また日本陸軍もその支援のために派遣されることになった。
そう、なかなか捉えられない鏡花と凛之助にしびれを切らした日本情報軍はついに表立って行動する権利を手に入れたのだ。
30式無人戦車がトランスポーターによって運ばれてきて展開し、32式強襲重装殻“屠龍”がヘリから降下する。日本陸軍の部隊は迅速に展開していき、歩兵戦闘車や装甲兵員輸送車が兵士たちを輸送して配置につかせる。
『阿蘇より富士。展開完了』
「富士了解」
司令部では戒厳令下での司令官に命じられた日本陸軍中将と日本情報軍少将が地図を見ていた。テロリストたちを探し出すための地図だ。
「民間警備企業の生体認証スキャナーと街頭監視カメラは我々が一時的に接収した。すぐにでも解析を始められる。我々の分析AIにやらせるか、それともそちらの分析AIにやらせるかだ」
日本陸軍中将は日本情報軍少将にそう尋ねた。
「あなた方のAIを信頼しましょう。すぐにでも分析を始めてください」
「では、そうしよう。すぐに我々のAIに情報を」
日本陸軍中将がそう命じたときだった。
「閣下。国民ID機能が停止しています。全く動作しません」
「何? 総務省のサーバーが破損したのか?」
「分かりませんが、市ヶ谷のサーバーにもつながらず」
「そんな馬鹿な」
市ヶ谷のサーバーは核攻撃にも耐えれる地下に収めれており、レベル6の軍用防壁によって守られているのである。
「アクセスを試み続けろ。繋がるまで試せ」
「了解」
日本陸軍の電子戦部隊が市ヶ谷へのアクセスを試み続ける。
「閣下。市ヶ谷からです」
そこで電話が渡される。
「私だ。何? 市ヶ谷のサーバーが爆破された?」
それと聞いた日本情報軍少将は渋い表情を浮かべた。
「テロリストの仕業ですな」
「テロリストが市ヶ谷の地下サーバーに忍び込んだと?」
「ええ。それが可能なのが今の状況なのです」
一体それはどんな状況なのかと日本陸軍中将は問いただしたくなかったが、相手は日本情報軍だのらりくらりと躱されてしまうことだろう。
「テロリストの情報は?」
「京極鏡花。情報テロリストです。間違いなくそいつの仕業かと。まあ、何の情報も残してはいないでしょうがな」
確かにサーバーの爆破は鏡花の仕業だった。
「ふんふんふーん」
大河から奪った“何者でもない”の力によって、不可視化した鏡花は難なく市ヶ谷に侵入した。
そして、地下に降りると、サーバールームを探し出し、事前に準備した軍用ワームで電子キーをこじ開ける。
サーバーにプラスチック爆弾をたんまりと盛り付けると、そのままサーバールームを去り、そして起爆。市ヶ谷の核爆発に耐えられるはずだった国民IDの運用サーバーは呆気なく爆破され、同時に総務省のサーバーも軍用ワームに食い荒らされて、国民ID制度は崩壊した。
全く一瞬の出来事で日本国はこれまで秩序の根幹をなしてきたID制度を喪失したのである。それは秩序の崩壊を意味していた。もうスタンドアローンで稼働している機械しか、個人の生体情報を有していないのだ。宅配ピザの1枚たりとて、もう誰も受け取れなくなってしまっている。
いや、しかしこれは一時的なものだ。
中国が戦争で個人情報を喪失したのを見て、日本も対応に乗り出していた。総務省と国防省とは別に警察庁の地下データサーバーに国民IDの非常事態用のバックアップが存在する。完全なスタンドアローンで稼働しているそれには流石の鏡花も気づかず、今後のID制度の復活を可能としていた。
だが、現状、総務省がやられ、国防省がやられるとなると、復旧には1ヵ月どころじゃない時間がかかるだろう。
「これでは生体認証スキャナーと街頭監視カメラも意味がない。別の手段を考えなければ。京極鏡花そのものの生体情報あるのか?」
「いいえ。ですが、顔写真はあります」
「仕方ない。ドローンを飛ばして捜索させよう。そちらの情報要員は?」
「活動中です。京極鏡花を追っています」
「そちらにも追跡を続けさせたまえ。我々はしらみつぶしに探していく」
動員された日本陸軍第1師団と富士教導団の戦力は2個連隊規模。
それに加えて第1空挺旅団から1個大隊が派遣され、市街地戦の準備を進めている。
日本情報軍は第401統合特殊任務部隊を中核に1個大隊規模の戦力を情報戦の補助として展開。ドローンの運用や、通信簿呪、そして街頭監視カメラの映像分析を行っている。
無人化してスリムな形をしている30式無人戦車が指令車両からの指揮を受けて歩兵を支援し、街の要所要所を制圧して行く。
マスコミは不在。あらゆる情報は切除された。
インターネットも民間回線のものは軍の権限で切断されている。携帯電話のこのエリアは不通になった。
誰がもが不安を感じる中で、鏡花は海宮市に戻りつつあり、アリスは鏡花を探し、夏妃はいざというときの非常回線で富士先端技術研究所のスパコン“大和”を使い続け、凛之助も鏡花を追う。
戒厳令は発された。
もはや民間警備企業でも、日本情報軍の小部隊でもなく、日本国の国防四軍が敵に回った。それはあまりにも重々しいことであった。
日本国戦後史において戒厳令が発令されたのは、これで2回目。
1度目はアジアの戦争時。そして今回が2度目。
テロに対する深刻な打撃に対応するために軍が動員された。警察力ではもうどうにもならないとして。
「へへっ。連中、ビビり散らしてやがる。ざまあみろだ」
海宮市に向かう公共交通機関は全てストップしている中、鏡花は車で海宮市に帰還しつつあった。神奈川県は封鎖されており、途中で車も乗り捨てなければならなかったが、海宮市そのものには辿り着くことができた。
そして、鏡花の戦いが始まる。
上空は日本情報軍の戦術級大型ドローンが小型の対戦車ミサイルを搭載して飛行している。暗殺用に弾頭の大きさを小さくしたものだ。
ドローンは完全な飛行禁止区域なった海宮市上空を何度も旋回し、目標を探し出す。
第一目標京極鏡花。情報テロリスト。
第二目標臥龍岡凛之助。テロリストの支援。
ふたりの目標が探され、上空をドローンが飛び回る。
『リンちゃん。まだ大丈夫? もう敵は戦術級大型ドローンを投入してきている。いつ対戦車ミサイルが降ってきてもおかしくないからね?』
「ああ。未来視で十二分に気を付ける」
凛之助は上空から撮影されない建物の中にいた。
このまま放っておけば日本情報軍なり日本陸軍なりが京極鏡花を殺してくれるかもしれないという甘い憶測がありながらも、凛之助はいまいち彼らを信頼しきれていなかった。何か彼らがヘマをするのではないかと言う思いがあった。
「結局は自分の手で勝ち取るのが一番いい」
今のところ臥龍岡凛之助の生体情報は失われていた。
顔写真もまともなものが残っていない。
そんな中で凛之助は勝利を手にするべく、外に飛び出した。
上空を戦術級大型ドローンが飛行していく。対戦車ミサイルは降ってこなかった。
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