場外乱闘
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──場外乱闘
賢人はヴィルトカッツェに襲われる直樹の様子を観察していた。
これでまたひとり脱落するならば、残るは凛之助、大河、鏡花、アリス、そして賢人だけになる。勇者同士の争いももう少しで終結だ。
賢人は、今、直樹を襲っているのは恐らくは鏡花ではあるまいと予想を付けていた。鏡花のプロフィールは公開されていたが、彼女は情報テロリストだ。それが日本情報軍の車列は逃がし、公安だけ襲っているとはどうにもおかしい。
大河が連続殺人鬼で、凛之助が魔王である場合、消去法で考えられるのアリスだけ。
誰だか分からないが、勇者たちについて情報を流してくれた人物には感謝しなければと賢人は思っていた。
自分の情報が流されたことは面倒だが、今のところ賢人は目立った行動をとっていない。このまま乗り切ることも可能だろう。最後のひとりになるまで待ち、そこで──。
「横合いからの強力な一撃を叩きつける、か?」
不意に声が聞こえるのに賢人は身を捻って背後を振り返った。
そこで軍用ナイフが賢人の腕を斬る。
「高みの見物とはいいご身分じゃないか。そういうのはもうちょっと周りに気を配ってからやつるべきだぜ?」
声がくくくと笑う。
「東海林大河……!」
「ご名答! どうせ死ぬお前には関係ないけどな」
そこで不審行動を検出した生体認証スキャナーと街頭監視カメラが警報を発し始める。そのことにはアリスも気づいた。
アリスは自らが生み出したヴィルトカッツェで賢人を捕捉した。
「目標捕捉。指示を乞う」
『今は公安の勇者の抹殺を優先しろ。その男はいつでも片づけられる』
「了解」
引き続き、アリスはヴィルトカッツェで直樹を追い詰めていく。
その間、賢人と大河は対峙していた。
「殺すんじゃないのか?」
「勇者って奴はどんなクソガキだろうが、妙な力を持たせる。そいつを警戒しているのさ。お前は何ができる?」
「私の力を知りたいか、殺人鬼?」
「ああ。知りたいね。知った上でぶち殺してやる」
そこで賢人が哄笑した。
「いいだろう。見せてやる。これが私の力だ! “ここに救世主はおらず”!」
次の瞬間、大河の姿が露になる。
それだけではない。アリスが生み出したヴィルトカッツェが4体とも消滅した。
「な、なんだ、こいつは!? 何をしやがった!?」
「私の魔術は偽りの魔術を全て無力化することにある。お前たちの使うような偽りの魔術はここでは意味をなさない。真の魔術師だけが、この状況で戦えるのだ。そう、私のような真の魔術師だけが」
賢人はそう言うと手の平に炎の玉を浮かべ、それを大河に向けて放った。
「ぐふっ……!」
大河は吹き飛ばされた。
彼は数メートル吹き飛ばされると壁にぶつかり、それと同時に炸裂した炎の玉の衝撃を受けてそのまま動かなくなった。彼の腹部には焼けただれた皮膚と裂けた皮膚が入り交じっている。
「口ほどにもない。残りの勇者も片付けてしまおう」
この時点で日本情報軍は異常を検知していた。
アリスの生み出したヴィルトカッツェが消えた。
東海林大河の姿が見えるようになり、殺された。
全ての原因が賢人という男のせいだと思われる。
直ちに第401統合特殊任務部隊は賢人の排除に乗り出した。狙撃手が配置に付き、強襲部隊が出動する。
「ははははっ! 無駄だ、無駄だ! 今の私は最強の存在だ! 敵などいない!」
賢人は高らかとそう笑うと放たれた銃弾全てを受け止め、そして日本情報軍の部隊に火球を放つ。火球は日本情報軍の訓練された兵士に命中することはなかったが、コンクリートの壁にすらも傷を残り、その威力を思い知らせた。
日本情報軍の兵士たちはじりじりと後退し、ついに撤退してしまう。
「土佐大佐。戦術級大型ドローンの動員を求めますか?」
「それしか手はないか──」
そこでドローンからの映像が途絶える。
「何が起きた?」
「分かりません。全てのドローンと通信不能」
「復旧を急げ」
土佐大佐たちは焦っていたが、結論は至極シンプルなものだった。
現れたのだ。彼が。
夏妃に指向性EMPで日本情報軍のドローンを排除させ、凛之助が現れた。
「敵などいない、か?」
凛之助が賢人にそう問いかける。
「いないな。魔王というものがどんな魔術を使うのか知らないが、私はこれまでずっと魔力を蓄積し続けてきた。それに容易に敵うなどとは思わないことだ」
賢人がにやりと笑う。
「魔力を蓄積してきた? 魔力とは蓄積するものではない。常に生み出すものだ」
凛之助が魔力を凝集させた砲弾を放つ。
それは賢人の顔の横を飛び去っていき、後方のビルの壁を完全に破壊した。
「ようやく勘を取り戻してきた。これでも40%程度だが」
賢人の顔がみるみる青ざめていく。
どういうことだ!? この空間では能力を使えるのは自分だけだったはずだ! それがどうしてこの男は魔術を使えるのだ!? おかしいではないか!? 魔王というのが別のルールで動いているというのか!?
「お前の能力は魔力を禁じるものだ。だが、魔法は禁じない。分かるか? お前たちの所詮は魔術という魔法のおままごとに過ぎない。魔法とは奇跡の力だ。奇跡を操ることこそ、魔法だ。お前の手品では私には、勝てない」
そして、凛之助はその狙いを賢人に定める。
「うわああああっ!」
賢人は恐怖に泣き叫ぶと、大急ぎでこの場から逃げ去っていった。
「夏姉。顔は記録できたか?」
「ばっちり。生体認証スキャナーと街頭監視カメラで追えるよ」
「そうか。ならば、あの男は後回しでいいな」
凛之助はそう言うと、ヴィルトカッツェに襲撃されてビルに閉じ込められていた直樹の下に向かう。直樹は唖然として目の前の光景を見ていた。
「百鬼直樹。お前が宰司を殺したのだな?」
「……ああ。その通りだ。お前は俺を殺しに来たのか?」
「そうだ。我が友宰司の仇を取らせてもらう!」
直樹に向けて魔力を凝集させた砲弾を無数に叩き込む凛之助。
「そう簡単に殺されるわけにはいかないんだよ! 死んだ母さんと兄さんのためにも! この日本国の秩序を担うのは警察でなくてはならないんだ! “魔弾の射手”!」
直樹が自動拳銃から銃弾を凛之助に向けて叩き込む。
だが、それらは凛之助には向かわず、迫りくる魔力の砲弾に向けられた。
砲弾が爆散し、暴風が吹き荒れていく。
「それがお前の能力か。その能力で宰司を殺したのか」
「そうだ。全ては日本国のため」
「ならば、貴様が日本国のために死んで見せろ」
まだ凛之助が無数の砲弾を叩き込み、直樹が相殺する。
だが、結果は分かり切ってた。
事実上、無限の砲弾を有する凛之助と限られた銃弾しかない直樹では。
「ぐふっ……!」
魔力の凝集した砲弾を受けて直樹の体が吹き飛ばされる。
「終わりだ」
「……畜生……。すまない。母さん、兄さん……」
そして、そのまま直樹は息を引き取った。
「母と兄、か。この男にも家族がいたのだろうな……」
凛之助はそう言って日本情報軍に捕捉される前に逃げ出した。
百鬼直樹死亡。
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