事の真相
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──事の真相
海宮市シティビルを爆破したテロリストのひとりである坂上宰司は死んだ。そのはずだった。海宮市シティビル爆破事件は半分は解決したはずだった。
「アーマードスーツ?」
直樹は突然その単語を聞かされた。
「日本情報軍が明らかにした。海宮市シティビルでアーマードスーツの襲撃があったという事実を。連中は自分たちの面子を保つために今まで黙っていたらしい」
警察庁から派遣された捜査官がそう言う。
「では、坂上宰司は無実だったと?」
「そうとも限らん。アーマードスーツが現れたにもかかわらず、当局に連絡しなかったのは、何か裏があるからだろう」
「……そうですね」
そうとでも思っていなければまだ若い少年を殺したという事実に耐えられない。確かに勇者候補は全て殺さなければならない。だからと言って、何の良心の呵責なくして、あんな子供を殺せるはずがない。
だから、直樹は必死に宰司はテロリストだと思い込もうとした。
だが、現実というものは冷徹で、直樹の予想から大きく外れた結果がでた。海宮市シティビルを爆破したのはアーマードスーツだ。
「日本情報軍のアーマードスーツですか?」
「いや。まさか。連中がそんなことを素直に報告するはずがない。アーマードスーツはドイツ製のヴィルトカッツェ。アトランティス・ランドシステムズ製だ。勇者の中にアトランティスの支援を受けたものがいるのかもしれない。既に大井の介入は確認している」
日本情報軍の次はビッグシックス。
この世は本当に権力を巡る闘争で構築されているらしい。直樹たちも警察の権力のために戦っているのだから。
「これからの行動方針は?」
「我々がバックアップするので、まずは海宮市シティビルを襲った犯人を探し出せ。日本情報軍は情報を共有するつもりはあると言っている。どこまで事実か分からないが、情報は得ておくんだ」
「了解」
日本情報軍がどこまで捜査に協力する気があるかによるが、彼らも国内で外国製のアーマードスーツが暴れまわっているのには苦労するだろう。しかも犯人は捕まっていない様子なのだ。ゴーストモードなるものがあるのは直樹も知っているが、それを利用して犯人は逃げおおせたのだろうか?
そもそも日本情報軍ならば全てのアーマードスーツを撃破できる火力が準備できただろうに。民間警備企業ですらも対戦車ロケット弾を保有しているのだ。
それが制圧できなかった。いや、制圧しなかった、か? 直樹は悩む。
いずれにせよ、日本情報軍と情報を共有しなければ。
日本情報軍との情報共有は神奈川県警の彼らの執務室で行われることになった。
警察にとっては屈辱的な時間だ。自分たちの城であるはずの県警本部に政治将校よろしく駐留している日本情報軍情報保安部の将校を相手にしなければならないのだから。警察は軍によって監視されているということをまざまざと見せつけられる。
「失礼」
「入りたまえ」
入り口で掌紋と網膜認証を行い、電子キーが外れる音がする。
「ようこそ。百鬼直樹警部。今回はこちらの手違いに手を煩わせて申し訳ない」
「いえいえ。気にしてはいません」
日本情報軍の将校が素直に謝るとは。明日は血の雨が降るのか? そう直樹は皮肉気に思ったのだった。
「それでアーマードスーツの件ですが。操縦者は?」
「無人機だった。いわゆるゴーストモード。指揮官機は発見できなかった」
日本情報軍は嘘をついている。
彼らは指揮官機を発見していた。そして、その中身が死体であったことも確認している。だが、その事実は日本情報軍の口からは語られなかった。
「アーマードスーツの出どころはやはりアトランティス・ランドシステムズで?」
「いや。流石に自社の製品を使うような馬鹿はしないだろう。仮にもビッグシックスだ。考えらえるのは輸出したものからIDを取り外したもの。我々はメティスこそ第一容疑者だと考えている」
意外な名前が出てきた。
メティス。世界の食糧生産の9割に何らかの形で関わっている巨大企業。
ナノテクノロジーとバイオテクノロジーでのし上がってきたビッグシックスだ。
「メティスの支援を受けているのは?」
「それを我々は調査するのだよ。今のところ、容疑者は不明だ。ただ、ひとつだけ思い当たる節がある。京極鏡花だ。奴は最近カナダに向けて出国し、帰国している。カナダにはメティスの本社がある」
「京極鏡花。情報テロリストですね」
「その通りだ。情報テロリストが相手だ。手を抜かないようにしたまえ」
そっちこそこれ以上情報を隠さないようになと直樹は皮肉気に思った。
「京極鏡花に関する我々の把握しているデータだ。かなりの電子情報戦の使い手だ。そこらのアングラハッカーとはレベルが違う。これを我々は相手にしなければならないのだ。警察でも電子情報戦に詳しい人間を動員してもらいたい」
「分かりました。手配しましょう」
正直なところ、警察には日本情報軍以上に電子情報戦に長けた人間はいないだろう。
「よろしくお願いしたい。我々もやるべきことが多くてね」
直樹はそう言われて日本情報軍情報保安部の将校の執務室を出た。
「京極鏡花。通称マリア・テレジア、またはカンタレラ。強力なウィルスとワームを使い各国の情報セキュリティ企業や、民間警備企業のサイバーセキュリティを攻撃し続けてきた。代表的な攻撃例は情報セキュリティ企業のサーバーのはいったビルの爆破90名が死傷。生体認証スキャナーに対する攻撃。これにより一部の監視システムが物理的にダウン。民間警備企業のサイバーセキュリティ担当者の殺害、と」
これを見る限り鏡花は直樹が憎むべきテロリストだ。許してはならない存在だ。倒さなければならない敵だ。
だが、同時にこうも思うのだ。本当にこの人物がそれをやったのだろうか、と。
直樹は宰司の件でミスを犯している。無実の人間を警察と民間警備企業で包囲してなぶり殺しにした。それが勇者という名のライバルを消すためだったとしても、直樹は無実の人間を殺した。
誘導されていたと言えば誘導されていたのかもしれないが、アリスは必死に宰司は本当にテロリストかと問いかけていた。彼女に耳を貸すべきだった。
しかし、アリスは日本情報軍側の勇者のはずだ。彼女がどうして直樹が宰司を殺すのを阻止しようとしていたのだろうか。結果として日本情報軍はその手を汚さず、宰司を抹殺すると言うことを成し遂げたというのに。
アリスの良心ゆえか?
直樹には分からなかった。アリスが何を考えているかなど。
だが、今回はテロリストのはずだ。恐らくは。後で警察庁のデータベースも参照しておくべきだろう。またしくじっては話にならない。勇者を消すための道具として日本情報軍に使われるのはごめんだ。
しかし、いずれはアリスすらも殺さなければいけなくなるのだ。
警察の復権という目的のために、アリスを殺さなくてはならないのだ。
相手がテロリストであるならば良心の呵責はない。だが、アリスのような少女を殺すというのはどうなのだろうか?
いや、間違えばアリスに殺されるのは直樹になってしまう。そうなれば日本情報軍による支配が確定するだけだ。
なんとしても日本情報軍の、民間警備企業の権力を削ぐ。
そして、警察がまた秩序の担い手となり、この世の中を守っていく時代が始まるのだ。それだけが直樹の願いであった。
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