友人の死
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──友人の死
テレビのニュースで凛之助は宰司が死んだことを知った。
『テロリスト死亡。市街地で大規模な戦闘』
民間警備企業の指揮官が誇らしげに会見に応じている。
『我々はテロを未然に防ぎました。もはやテロリストに怯える必要はないのです』
民間警備企業の対テロ部隊の指揮官はそう言っていた。
屋内からは爆発物300キログラムが“発見”され、次のテロが計画されていたのは間違いないという論調でテレビのニュースは報じていた。
「テロリスト、か」
凛之助はテレビを見て呟く。
この世界については理解を進めていたつもりだった。だが、ただ正義を成そうとした少年が社会の敵と罵られ、大衆に攻撃されるのは理解できなかった。こうも簡単に事実を隠し、罪を捏造することが可能なのかと。
「いた。現場にいた警官の中に勇者候補だった人間がいる」
そこで夏妃が声を上げた。
「百鬼直樹という男か?」
「そう。以前、見つけた勇者候補。この人が現場に出ている。公安だから不思議ではないんだろうけど、一瞬銃を持っているんだよね」
夏妃のドローンは密かに現場の様子を撮影していた。
そこには直樹が銃を握り、発砲する様子が撮影されていた。
「この発砲の後に宰司君は、その、死亡した」
「そうか」
夏妃が言いにくそうに言うのに、凛之助はただ頷いた。
「この男は結界を抜ける攻撃手段を持ってるということだろう。それがどのような能力なのかは分からないが、確かにこの男は攻撃を実行した。そして、我が友宰司を殺した。宰司をこの場に引き出した殺人鬼。宰司を殺したこの男。どちらも許さない」
凛之助は確かにそう誓った。
「リンちゃん。忘れないで、リンちゃんの目的は生き残ることだよ。宰司君もきっとそれを望んでいるはず。だから、無茶はしないで」
「ああ。できる限りのことをする」
どうして宰司が死ぬようなことになったのか。
殺人鬼のせいだ。あの男が宰司を動かざるを得ない状況に追い込んだせいで宰司は死ぬことになったのだ。あんなに大勢に兵士たちに取り囲まれ、死ぬより他ない状況に追い込まれてしまったのだ。
そして、宰司を直接殺したのは公安という組織の人間。百鬼直樹。この男は結界を抜く何かを使って、宰司を死に至らしめた。
このふたりは許しておけない。
確かに凛之助の目的はこの戦争を生き残ることだ。決して他者を殺しに行くことではない。勇者たちがいがみ合い、団結の兆候を見せない中、わざわざ宰司が動く必要性はないのである。
だが、それでも、この宰司を死に至らしめたふたりは憎い。
憎悪が臓腑の奥底から溢れ出てくる。
「この恨みを忘れられようか……」
凛之助はそう呟いた。
そのころ警察でも宰司の死体を見ているものがいた。
「間違いなく本人ですね?」
「はい。息子です」
宰司の両親だ。
宰司の両親は宰司の身元確認のために呼ばれていた。
「検死解剖後、そちらに遺体をお引き渡しいたします。それまでは今少し警察に」
「はい……」
宰司の両親は落ち込んだ様子で去っていった。
いくら問題のある息子だったとはいえ、死んでしまうなどとは思ってもみなかった。それも実際にテロリストであったなどとは、と。
「結局のところ、勇者であることを示す刻印は消えてしまっていますね」
「そうだな。まあ、こちらの身内に移したところで、身内で殺し合うことになるだけだ。バックアップになるのは誰だってごめんだろう。我々の勇者は百鬼直樹。君ひとりだ。なとしても成し遂げてくれ。
宰司を殺した男──直樹は警察庁の幹部にそう語っていた。
「了解。これからも任務に当たります」
「任せたぞ」
直樹の肩には今後の警察の在り方がかかってる。
日本情報軍による横暴を正し、民間警備企業の不正を正し、日本の警察による日本の秩序を回復させるためのことを成し遂げるには、直樹の勇者としての願いが必要なのだ。
直樹は願いを私利私欲のために使おうなどとは思っていない。この願いの力は、日本国と日本国民のために使うべきだと考えている。
だから、直樹はあの少年を、宰司を殺せたのだ。
何の大義もなく、あんな少年を殺すことができるほど直樹はイカれてはいない。直樹は願いの力で日本国を改革するために、そのためだけに宰司を殺すことができたのだ。それでも心のどこかでは、本当に正しかったのだろうかと疑問に感じていた。
確かに日本の警察は再び主導的な立場に付くべきだ。だからと言って、そのためのあんな子供を殺しても許されるのだろうかと。
子供と言えば日本情報軍のアリスもだ。
彼女も殺さなければならない。そうでなければ殺されるだけだ。
これも正義のため。いや、正義のためと名を付けて人を殺すのは直樹が憎むテロリストそのものではないのか? 本当に自分は正義のためと思って人を殺しているのだろうか。テロリストたちと同じような理不尽な大義を掲げて人を殺しているのではないだろうか。本当に違うと言えるだろうか。
直樹は迷いを振り切るように拳を握り締める。
迷うな。今の日本国の治安の守り手は間違っている。治安を守るのは日本情報軍でも、民間警備企業でもなはずだ。それは絶対に警察であるべきだ。警察がそのことを放棄するわけにはいかないのだ。
考えるな。正しいから、正しいのだ。正義は自分たちにあると信じろ。お前はテロリストのように理不尽な政治的大義のために大量殺人を犯してはいない。殺すのは最小限だ。勇者として選ばれ、それぞれの願いを叶えようとしているものたちだけだ。
信じろ。あの少年の願いが何だったか分からない。だが、他の勇者──日本情報軍の勇者や、連続殺人鬼の勇者が叶える願いは決してまともなものではないはずだ。それを防ぐためにも自分の願いを叶えるんだ。
忘れるな。あの少年の死はお前を決意させる条件になったはずだ。あの少年を殺したのはお前だ。あの少年の死という十字架を背負って、これから戦い続けなければならないのだ。お前が願いを叶えられなかったら、あの少年の死は無駄死にだ。
直樹は必死に自分に言い聞かせる。信じろ、信じろ、信じろと。
信じれば道は開ける。全てが無駄だったわけではないと分かる。
信じることが何より必要だ。
自分の正義を信じろ。この腐った秩序を破壊することは正義だと信じろ。そうしなければ、もう二度と引き金を引けなくなってしまうぞ、と。
直樹は自分の正義を信じている。信じなければならない。信じることは義務だ。
「すまない、少年。俺は俺の願いを叶えなければならないのだ。君の死は無駄にはしない。必ず、この日本国をより良いものにしてみせる。かつての日本国のあるべき姿を取り戻して見せる。警察による秩序を取り戻して見せる」
直樹はそう言い、死体安置所を離れた。
そして、今、ひとりの勇者が脱落し、新しいラウンドを迎えた。
その先にあるのは果たして直樹の望むような警察による秩序なのか。それとも全く異なるものなのか。今はまだ誰も分からない。
だた、ひとりの勇者が脱落したと言うことだけが事実であった。
坂上宰司、死亡。
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