【短編】カペリンの戦い
トラス共和国軍の戦車部隊がカペリン平原を通じて南部にある日本の都市に侵攻していることが確認された。
日本側は迎撃のために現地に居た10式戦車を主力とした戦車中隊をカペリン平原へ派遣し、同地にて迎撃することとなる。
太陽が空高く登り切った正午のカペリン平野は物々しい雰囲気に包まれている。普段であれば、野生の馬などの動物が草を頬張り蝶が優雅に空を舞う平和な様子が広がる草原だったのだが、その光景とは似ても似つかない存在が草原の真ん中を走っていた。
地面に生えている草花をなぎ倒し、地面の土を掘り返したような無惨な跡を残して走り抜けていく無数の戦車の隊列が草原に広がっていた。合計して84両にもなる戦車の隊列は周囲に威圧的な空気を広げながら、淡々と目的地を目指して向かっていた。
「(特に異常はなし。あと1時間ほどすればカペリン平野を抜けれるな)」
無機質な戦車の中でも先頭を走っていた車両に乗っていた一人の男が頭の中で思考を巡らせていた。彼らの目的である敵の都市にたどり着くまでにかかる時間を計算していた。
「(カペリン平野を走って2時間ほど経つな。これぐらいのペースで進めば今日の夜頃には敵の都市に到着するだろう。そして奴らは間違いなく仰天するだろうな)」
その男は不気味な笑顔を浮かべる。ここまで敵と遭遇することなく順調に進軍できたことから多少の慢心が生じたともいえるだろう。彼の眼には敵が都市に奇襲を加えられてうろたえる敵の様子が浮かんでいた。
トラス共和国軍の最新鋭戦車であるイグニス戦車をもってすれば、たとえ敵がどれほど強大な相手であったとしても決して負けないだろう。そう思う程、彼は自国の技術の結晶であるイグニス戦車に大きな信頼を置いていた。
「サボン隊長、特に敵は見当たりませんね」
「ああ、そうだな。このまま進めば夜頃には奴らの都市にたどり着くだろうな」
「この様子だと奇襲攻撃になりそうですね」
「ああ、このまま都市まで進撃できれば敵は慌てふためくだろう。そして我ら第12独立戦車連隊がどれほど精強で恐ろしいかを奴らに見せつけてやろう」
サボンと言われた男は敵となる存在に強い敵意を燃やす。その敵は日本国と言われる新興国であり、現在トラス共和国と戦争状態に入っていたのだ。彼らの任務はその日本国の海外領土の一部のとある都市の占拠と敵軍の排除である。
彼ら第12独立戦車連隊は他の部隊とは独立して行動していた。他の部隊が正面から侵攻しているのに対し、他の部隊とは別のルートを迂回して侵攻する作戦は敵の迎撃が無いことから成功しているように彼らは感じていた。
サボンは煙草を取り出してライターを点火する。イグニス戦車に搭載された強力な750馬力のディーゼルエンジンの振動に揺らされながらも器用に口にくわえた煙草に点火した。
「ほら、お前も一服どうだ?」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
砲手のクリーマは差し出された煙草を手に取ると、サボンに煙草の火をつけてもらう。煙草の先端が赤く光りながら煙がモクモクと昇っていく。二人は時折、煙草の灰を砲塔の淵で落としながらも周囲の警戒は一切怠らなかった。
サボンらの戦車以外でも凡そ似た様子であった。煙草を吸うなどで気を楽にしながらも決して油断はしない様子から、彼らが他の部隊よりも精強なエリートである事は瞬時に見て取れた。
順調に進む戦車隊。そんな彼らを複数の戦車の影が待ち受けていた。
・・・・・・・・・・
「敵影確認、こちらに近づいてきます」
「了解。予定通りきやがったな……」
丘の陰から13両の10式戦車が砲塔上部のセンサーを出しながら、迫りくる戦車の列を確認していた。僅かに突き出たセンサーは巧妙なカモフラージュによって近くでなければ分からない程に周囲の草木に溶け込んでいた。
10式戦車の車内に搭載されているディスプレイに車外のセンサーから得た情報が映し出される。C4Iシステムによって全ての車両が得た情報が共有されており、いずれも40両以上の敵戦車を確認していた
48……54……60……と少しづつ敵の戦車の数が増えていく。やがて84両となった所でこれ以上、増える事は無くなった。
「敵の戦車の数、84両。凡そ1個戦車連隊に匹敵する数ですね」
「ああ。いくら性能ではこちらが上だとしても1個戦車中隊で1個戦車連隊を食い止めるのは骨が折れそうだな……」
中隊長の葛城が唸る。敵の戦車の性能はおおよそ第2世代主力戦車に匹敵することから第3.5世代の10式ならば倒すことは難しくないだろう。しかし圧倒的な数の差が存在する以上、苦しい戦いになりそうだと葛城は考えた。
「距離4000メートル、葛城中隊長どうしますか?」
「うむ、距離2000メートルまで引きつけるぞ。各車、戦闘準備をせよ」
葛城の命令はすぐさますべての10式戦車へと伝えられ、彼らは準備を整える。全ての車両に攻撃目標が割り振られ、敵の戦車を撃破する為のAPFSDS弾を装填が完了した。
戦車に乗る全員が固唾をのんで敵の様子を窺っている。誰もが迫りくる敵の戦車の大群に対して強い緊張感をもって万全の体制で挑めるように心の準備を整えていた。
「距離2500メートル、もうすぐです」
「覚悟は決まったな?……全車、前進せよ!」
少しの間を空けて葛城は大きな声で命じる。その指示に従う様に13両の10式戦車はエンジンを唸らせながら前進し、小さな丘から砲塔だけを出した。
丘から出てきた砲塔はすぐに予め定められた目標へと砲身を向ける。13門の120mm滑腔砲が一両たりとも重複することなく個々の目標を正確に狙っていた。
「距離2000メートルを切りました!」
「全車、撃ち方始めっ!」
先ほどよりも更に大きな声で叫ぶ。その声に応じる様に13両の10式戦車の主砲が一斉に轟いた。砲口から吐き出された燃焼ガスによって引きちぎられた草や花びらが土と共に空中に舞う。緑色と茶色の混合物は霧の様になった後、すぐに重力によって地面へと落ちて消えていった。
同時に放たれたAPFSDS弾は二秒未満の飛行を行った末に敵のイグニス戦車へと全弾が命中する。圧倒的な速度を誇る弾丸は敵に回避する暇を与えない。
いずれの砲弾もイグニス戦車の避弾経始の効果を受けることなく、深く傾斜した鋼鉄製の装甲を撃ち抜いた。装甲を撃ち抜かれたイグニス戦車の車内は一秒にも満たない短時間で車内に居た兵士は血と肉片へと変わり、車内に搭載されていた装薬と弾頭は飛散した破片が衝突したために、火薬が保有していたエネルギーの放出が行われる。
そうして13両のイグニス戦車は一瞬にして鉄の棺桶と化した。いずれの車両も炎に包まれ、爆発して空高く吹き飛んだ砲塔が地面に叩きつけられて轟音を奏でる。
「命中!」
「よし、このまま撃ち続けろ!」
砲尾から熱せられた底部のみの薬莢が吐き出され車内の気温が高くなる。これが戦いの始まりを告げる合図となるのであった。
・・・・・・・・・・
「何だ!?何が起きたんだ!?」
「敵襲だ!各車、戦闘配備につくんだ。急げ!」
狼狽するクリーマに対してサボンは瞬時に自体を把握し適切な指示を下す。そうして急な奇襲ではあったものの、混乱することなく戦車連隊はすぐさま形勢を整えた。
「敵は10時の方向の丘に居るぞ!全車、気をつけろ!」
サボンは敵の砲弾が飛んできた位置を特定し注意を促す。全ての戦車が方向転換し、装甲が最も厚い正面を敵の居る丘へと向けた。
「車長、弾種はどうしますか?」
「APDS弾だ、急げ!」
装填手のバトロネスはすぐにAPDS弾を取り出して薬室へと装填する。続いて装薬を取り出して薬室へと送り込もうとした時、敵の砲撃が再び行われた。
今度の発砲はサボンの目でもはっきりと見えた。その次の瞬間、味方のイグニス戦車が轟音と共に爆発する。その光景を見たサボンはすぐに相手の強さを悟った。
「クソッ!この距離からでもイグニスの正面装甲を撃ち抜くことが出来るのか!」
サボンは吐き捨てる様に叫んだ。あれほどの距離でこのイグニス戦車の正面装甲を撃ち抜く事ことはこのイグニス戦車の戦車砲をもってしても不可能に近いだろう。少なくとも敵の火砲はこっちの主砲を上回っているようである事が分かった。
だがもちろん、彼らも黙って撃たれ続ける訳にはいかない。主砲の照準を合わせ、装填を終えた車両から順次発砲を開始した。
「装填完了!」
「クリーマ、照準の準備はどうだ!?」
「大丈夫です、いつでも撃てます!」
「良し、撃てっ!」
サボンが命令を下すとほぼ同時に主砲が発射される。轟音と共に放たれた砲弾は空中で装弾筒が外れ、二回りほど小さなタングステン製の弾体となって敵の戦車へと向かって行く。
「命中しました!」
「よくやったぞ、クリーマ!」
轟音によって聴力が低下している中でもクリーマの大きな歓喜がはっきりと聞こえた。音速を超えて飛翔するタングステン製のAPDS弾は近くに居た10式戦車の砲塔前面に命中したのだ。
クリーマが嬉しそうな報告に車内が歓喜に包まれた。しかし全員が喜んだのも束の間、すぐに全員の期待を裏切る事で歓喜が消える事になった。
「敵戦車発砲!」
「なっ、効いていないのか!?」
クリーマの喉が割けんばかりの大きな叫びの内容に、サボンは目を大きく見開き驚愕する。敵の攻撃は先ほどと同様に13両のイグニス戦車を撃破した。
次々に撃破されていくイグニス戦車に対し、敵の戦車は命中弾を受けているにもかかわらず平然と撃ち返してくる状況にサボンは顔を歪める。数では圧倒的に優位であるにもかかわらず、全くと言っても歯が立たない状況に流石の彼も焦りを隠せないでいた。
「弾種変更、HEAT弾を装填しろ!」
「了解、HEAT弾に変更します!」
必死に砲弾を装填するバトロネスの額に汗が流れる。強力なAPDS弾が通用しない相手にどれだけ通用するかは分からないが、APDS弾よりも単純な貫徹力が高いHEAT弾を使用する事を決めた事に誰もが焦りを募らせていた。
砲手のクリーマは自分の手が濡れている事に気づいた。この一撃が自身と仲間たちの命がかかっているのが原因である。高まる緊張感でミスをしない様に彼はゆっくりと息を吐いて気を落ち着かせようとする。
「(発射速度が速い上に威力も高い。もしも、この一撃が通じなければ恐らくは勝ち目が無いな……)」
10両程度しか存在しない相手に苦戦している事に悔しさを感じながらも、サボンは冷静に分析する。自身の乗るイグニス戦車を上回る相手を想定していなかった彼は最後の切り札であるHEAT弾の攻撃が通じる事を願っていた。
やがてHEAT弾の装填が済んだバトロネスが装填完了を大声で告げた。
「装填完了!」
「よし、撃てっ!」
サボンが叫んだ次の瞬間、クリーマが戦車砲の引き金を引いた。強烈な反動によってイグニスの戦車砲の砲身は大きく車内側へと後退し、熱せられた薬莢が砲尾から吐き出される。
その次の瞬間、丘の向こうに居た10式戦車も発砲した。双方から放たれた砲弾が空中で交差した後、それらの砲弾が双方へと降り注いでいく。
まず最初に命中したのは10式戦車の放ったAPFSDS弾であった。放たれたAPFSDS弾は容易くイグニス戦車を撃破した。一方のイグニス戦車から放たれたHEAT弾は多くが外れ、数少ない命中したHEAT弾もセラミックス製の複合装甲を前に発生したメタルジェットが阻まれて貫通する事ができなかった。
「命中!」
「やったか!?」
思わずサボンはハッチを空けて向こう側に居た戦車を眺める。丘を覆っていた土煙が晴れ、丘の向こうにいた戦車の砲塔が見えた。
「(まさか効かなかったのか……?)」
彼は敵の戦車が撃破されている事を強く祈った。しかしその期待は砲塔が動いたことによって完全に砕かれる事となった。
「全車撤退だ!急げ!」
最後の切り札であるHEAT弾が通用しなかった事から、自分たちに勝ち目が無いことを瞬時に判断したサボンはすぐに撤退する決断を下す。彼の数々の経験と冷静な頭脳から下された判断は正しかったが、その時にはもうすでに遅かった。
彼の慧眼が発揮される頃にはイグニス戦車は32両になるまでに数を減らしていた。だが決して彼が無能というわけではなく、彼らの想像を超える強敵であったがゆえに起きてしまった一つの悲劇と言えるだろう。
サボンの命令に従って残った32両のイグニス戦車が退却を開始した。いずれの車両も決して敵に背を向けないようにバックで後退をする。
「(急げ……!急げ……!)」
バックで後退しているため仕方がないものの、ゆっくりと後退している状況にサボンは焦りを募らす。ほんの少しの時間が永遠のように感じられ、自身の心臓が破裂しそうな程に早鐘を打っているのが分かった。
死と隣り合わせの状況に誰もが恐怖する。戦争に死は付き物であることは理解していたし、戦いの中で敵の凶弾に倒れる覚悟を全員が持っていた。しかし手も足も出ず、まるで家畜が屠殺されるかのように自分たちが、一方的に相手に殺されるという状況への覚悟までは持っていなかったのだ。
50トンを超える巨体はゆっくりではあるものの、確実に後退していた。しかし逃げようとする彼らを逃すほど甘くはなかった。
「敵戦車発砲!」
再び放たれた攻撃によって13両のイグニス戦車が撃破された。相手はこちらを見逃すつもりは無い事にサボンは顔を歪める。
「装填完了!」
「よし。全車、主砲の他にも同軸機銃を使って応戦せよ!」
しかし残り19両になったとしても彼らはあきらめなかった。サボンの指示によって全ての車両が戦車砲と同軸機銃の両方を使って応戦を試みる。
再び放たれたHEAT弾は何発かが10式戦車の砲塔正面に命中する。先ほどの攻撃で装甲の強度が弱くなっていたものの、強固な複合装甲をイグニス戦車から放たれたHEAT弾は貫徹することができなかった。
同様に同軸機銃からシャワーのように放たれた機銃弾も次々に命中した。しかしHEAT弾ですら撃ち抜くことができなかった装甲を前に機銃弾は塗装を削る程度の被害を出すだけに終わる。ただ撃たれている10式戦車の乗組員にとっては、車外センサーの損傷を危惧させる程度のプレッシャーはかかっていた。
「クリーマ、このまま撃ち続けろ!奴らを牽制するんだ!」
「了解!撃ち続けます!」
クリーマは同軸機銃発射用のペダルを強く踏み込む。銃身が焼け付かないように一定の間隔を空けながら、何度も発射ペダルを踏みこむ。
ダダダダダッ……ダダダダッ……ダダダダダダッ……
サボンが乗るイグニス戦車の車内では同軸機銃の発砲音が断続的に響く。中には銃身が焼け付いても構わないと言わんばかりの勢いで連射している車両もいる。残る19両のイグニス戦車の同軸機銃による攻撃は第12独立戦車連隊の精一杯の抵抗であった。
しかし彼らの精一杯の抵抗もむなしく、その時がやってきた。
「敵戦車はっ……」
クリーマが敵戦車発砲と言い終える前に貫徹したAPFSDS弾が車内に飛び込んだ。彼らが何が起きたか気づく前にAPFSDS弾と装甲の破片は彼らの命を瞬時に奪い、彼らの肉体は原型がないほどに破壊される。さらに少しばかり遅れて車内に搭載されていた弾薬が誘爆を起こし、一瞬にして彼らの乗っていたイグニス戦車は四人の燃える棺桶へと化した
「クソッ!隊長車がやられた!」
「畜生!どうすればいいんだ!」
サボンが乗る隊長車が撃破された。それによって残された6両のイグニス戦車たちは混乱と恐怖のどん底に叩き込まれる。最終的に彼らは有効な反撃も何もできずに攻撃を受けて撃破された。
・・・・・・・・・・
「……敵戦車、全て撃破しました」
「了解。全車、少しばかり待機せよ」
中隊長の葛城は部下からの報告を受けてゆっくりと息を吐く。中隊規模の戦力であれだけの戦力と対峙することになった際には勝てるかどうか心配であったが、実際に戦った結果は一方的な戦闘に終わったのであった。
84両もあった敵の戦車は全滅し、こちらの戦車は1両たりとも撃破されていない。喜ぶべき大戦果ではあったが、熱気に包まれた車内では不気味な沈黙が広がるだけであった。
「(本当にあれだけ倒したんだよな……?)」
葛城はハッチを空けて外を見回した。同時に車内に籠っていた熱気が外へと逃げていく。ほんの一分程度の短時間で終結したが故にいまいち現実感を感じなかったのである。
だが彼の眼前には、緑広がる草原に84両の戦車の残骸が広がっているのが見えた。撃破された敵のイグニス戦車が此処で激戦が繰り広げられていたという事を証明していたのだ。
彼はふと横を見る。そこには弾痕がついたM2重機関銃があった。それを見た彼はM2重機関銃が破損した理由を思い出した。
「あの時の機銃か……」
残り19両になった時に敵が同軸機銃で反撃したことによってできた損傷を見て、思わず身を竦めた。この戦闘ではこちらの一方的な勝利で終わったが、自分たちにも死ぬ危険性があったことを再認識したのだ。
葛城は再度、平原に動く影が存在しないことを確認してから車内に入る。その頃には車内は戦闘で生じた熱気は殆ど消えて無くなっていた。
「敵戦車が全滅していることを確認した。よって、これより撤退する。中隊全車、俺に続け」
葛城は操縦手に命令を下して撤退の準備を始める。丘に隠れていた10式戦車は超信地旋回をした後、一列になって元来た道へと進んでいく。やがて13両ほど居た10式戦車の姿は水平線の先へと姿を消していった。
作者の文月之筆です。
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