転生守銭奴女と卑屈貴族男の花束事情 05
俺の名前ではなかったけれど、明らかに俺を呼んでいたのだから、出ていくしかない。
観念して三人の近くへと言ったが、以前、誰も口を開かず、沈黙のまま。
ノルテはおろおろと言葉を探しているし、『長兄らしくありたい』と常に堂々とした態度を心がけている兄上だったが、すっかりと元の姿で周囲をうかがっている。
一方で、祖母は、俺の顔を、食い入るように見ていた。その表情は、嫌悪ではなく、驚き一色だった。
「あの人は――……本当に……」
静かな場に、祖母の言葉が響く。小さな声で、誰かに聞かせるつもりもなかっただろう口ぶりだったが、誰も話していないので、その声は、よく聞こえた。
あの人、というのは、一体誰のことだろうか。少なくとも、父ではないだろうが……。自分の子供に対して『あの人』というのはあまりにも他人行儀過ぎる。
「――兄様?」
「あっ、おい、馬鹿!」
場の沈黙を破ったのは、祖母でも、ノルテでも、兄上でも、ましてや、俺でもない。
背後から聞こえてきた、ジェリーナとジェリクの声だった。俺がすぐに戻らなかったから、気になってやってきてしまったのだろう。ジェリーナの背後に回って隠れるようにしているから分かりにくいが、エリリアもいるようだ。
三人を見た祖母は、絶句、と言わんばかりに、手元に口をやり、驚きを隠そうとしているが、全然隠せていない、という風だった。
「こ――……こ、ここで何を……」
ようやく、ようやく絞り出した、という風な声音で、祖母が言う。誰に向けてか分からない質問を拾ったのは、ジェリーナだった。
「父様と母様の結婚記念日に花束を贈ろうと思って。兄弟皆で選んでるのよ」
人見知りをしなければ物怖じもしない性格のジェリーナだったが、ここまでくるともはや尊敬の域だ。
「結婚、記念日……」
「そう! 何年目だったかしら……。ジェリク、覚えてる?」
話を振られたジェリクは「知らないよぉ……」と小さく言った。ジェリーナとは違い、彼はこの空気に違和感を覚えているらしい。祖母が祖母であると気が付いているかは疑問だが、少なくとも、気軽に声をかけていい人間じゃないことを察してはいるようだ。
「ギリクト兄様が生まれる二年前に結婚したのよね? だったらそこから逆算して……」
指折り数え始めたジェリーナに、祖母は、「そこの子も、貴女の妹なのかしら……?」と、尋ねる。何故だか少し、おびえているような気もした。
「ええ! エリィ、挨拶を……エリィ?」
すっかり見知らぬ人物に怯えたエリィは、ひっしとジェリーナのスカートに抱き着き、一歩も動こうとしない。
しかし、むしろエリリアの方が正しい反応な気がした。ジェリーナは警戒心がなさすぎる。
「五人も……本当に……、嘘、でも、そんな……」
ふらふらと、数歩、祖母は後ろに後ずさる。そのまま、怪しい足取りで、この場を去った。
「あら、行っちゃったわ。なんだったのかしら」
きょとん、とした表情のジェリーナ。本当に何があったのか分かっていないような表情に、彼女は本当に、大物になるな、と、俺は現実逃避をするかのように、思った。




