転生守銭奴女と卑屈貴族男の二年目結婚記念日事情 03
嫌味っぽくなる――とはいえ、途中まで口にしてしまったので、しかたなしにわたしは説明を続ける。ここで説明をごねる方が意識しているみたいで不自然だ。
「セーヌの木っていうのは、少し変わった木でして、植えてから四年から六年経ってから実をつけるんですけど、それまでほとんど葉っぱをつけないんです」
セーヌの木になる実は与える水や土によって変わるものの、いつ実をつけるのかは固体差なので、いざ実をつけるまでどのくらいかかるのかは分からない。
「で、その葉っぱをお湯で煮だすとお茶になります。それを夫婦茶器で飲んで、結婚記念日を祝う、んですけど……」
作り方自体はミントティーみたいな感じ。
実をつけたらお茶にできる葉ができる、というのを、子供ができて新たに文化が続いていく、というのに見立てているからこそセーヌの木が結婚記念に植えられる、という説がある。スウィンベリーがグラベイン特産の縁起物だというのなら、セーヌの木がマルルセーヌの特産で縁起物だと言えるだろう。国名から名前を取っている木だし。
ちなみにこの木、植木鉢でも育てることができる。庭に植えて育てるよりも手入れは大変だが。
そんなわけで、結婚と同時に庭つきの家を買うなり借りるなりできなかった夫婦でもこの木は購入ものだ。
代わりに、特別な木なので、葉っぱは流通しない。セーヌの木の茶が飲みたかったら結婚するしかないのである。
わたしが四年目、と言ったのと、セーヌの木が葉をつけるタイミングが四年目から、という情報とで、ディルミックは察したらしい。
本来植えるときにわたしたちは植えていないことを。
「――……今から植えて、四年目には間に合わないのか?」
「……植えてくれるんですか?」
ディルミックの質問に、わたしは思わず聞き返してしまった。
わたしとしては、グラベインに嫁いできているのだから、そこまでマルルセーヌの文化にこだわらなくてもな、と思っていた。
いくらマルルセーヌでは、結婚したらセーヌの木を植えるのが当たり前、といっても、誕生日に茶葉をプレゼントする、というのとはまた違う。わざわざ木を取り寄せて植えるというのは、なかなか大変だろう。
例え、陸続きですぐ隣とはいえ、すでに流通があるであろう茶葉と、マルルセーヌ内だけで完結しているセーヌの木では入手難易度が違う。手に入れられない、ってことはないんだろうけど……植物だしなあ。生態系がどうの、という理由で、こういうの、輸入が厳しいもんなんじゃないだろうか。
けれども、ディルミックはわたしの不安なんて知らぬと言わんばかりに植える木満々のようである。
「君が、四年目に間に合わなくても嫌でなければ」
「全然! ものによっては六年かかるものもありますし、誤差みたいなものです」
本当に植えてくれるのだろうか。
夫婦茶器は絶対譲れなかったけど、セーヌの木は流石に厚かましいかな、と思って言わないでいた。茶器はともかく、植える場所も育てる労力も必要だ。
「――……毎年、君がその葉で茶を淹れてくれると約束してもらえるだけで、今年の僕は、十分だ」
そう優しく笑うディルミックに、思わずぐぅ、と唸ってときめいてしまった。
前世で言う、毎朝君の味噌汁が飲みたい、みたいな、プロポーズの意味がある文言なのである。
二回目の結婚記念日に、またプロポーズされたちゃった。
ぎゅう、と胸が締め付けられるような想いを味わったわたしは、「何年後でも、お茶を淹れます」と答えるのが精一杯で。
ちなみにこれもまた、プロポーズを受けるのに定番の台詞であるのは――今のところ、内緒である。




